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神話の里出雲 いよいよオオクニヌシノミコトとご対面! その1

ども にぽぽです=*^-^*=



神話の国 出雲の本丸の出雲市に来ているということは、お目当ては、当然!
出雲大社~パッパカパーン


なんですが、その前にちょっと。
スサノヲ関係で、行っておきたい場所がある。

20141008出雲1

須佐神社です。

出雲市から須佐へ向かう国道184号は、神戸川に沿って、山陰を縫う景色は、どのお話とはなく、“日本昔話”の舞台に紛れ込んだかのようで、素晴らしい景色が続くのです。
特に、立久恵峡は旅の目的地として何日か滞在したいと思うほど素晴らしい景観でした。ぜひゆっくり訪れてみたい!

なのですが、やはり地元の車の猛烈なスピードにあおられて、車を止める余裕もなく須佐神社へ到着。


須佐神社は、スサノヲが諸国を開拓した後にたどり着いた、スサノヲ終焉の地。
『出雲国風土記』の須佐郷の条には、

『 スサノヲが「この地は小さい国だがよい国だ。自分の名前は岩木ではなく土地につけよう」と言って「須佐」を命名し、自らの御魂を鎮めた』

と記されているそうです。


境内に入ると、進行方向右側に半端ない存在感の物体があります。

20141008出雲2

何の説明もないのですが、カメ・・・ですね、どう見ても。
平成9年に奉納されたものだそうですが、なぜカメなのか?
頭にたくさんお賽銭を乗っけられていて、なんだかユーモラスで可愛らしい



須佐神社には七不思議があります。
その中で最も有名なのが、スサノヲが自ら水を汲み、この土地を清めたという井戸“塩ノ井”。

20141008出雲3

海からかなり離れている場所なのに、この井戸には塩水が湧いていて、潮の満ち引きに関係して湧き出る水量が違うのだそうです。

20141008出雲4

覗き込んで見た水は、とても澄んでおりました。


20141008出雲5

社は入り口の右側に偏っており、これは他に例のない事だそうです。
そして、この社の参道もやはり、真っ直ぐではない・・・。


     20141008出雲6

拝殿の左から側面に回り込んでみると、境内から直接川に降りられるような小路がありました。

     20141008出雲7


須佐神社の本殿は、出雲大社と同じ大社造で、島根県の重要文化財です。

     20141008出雲8


本殿のすぐ後ろには、「大杉さん」とばれるご神木がそびえ立つ。樹齢1300年!

     20141008出雲9

近年、須佐神社はパワースポットとしてとても人気が高まっているとのことですが、その中でもこの大杉は出雲でも指折りのパワースポットとして有名だそうです。
にぽぽは帰ってきてこのブログを書くために資料を読んだりネットをググって知ったのです。遅っ!

そんな最強のパワースポットも、にぽぽが訪れたときは誰もいなくて、清らかな空気感を満喫することができました。



参拝を終えて、駐車場に戻ろうとすると、須佐神社と向かい合うようにして須佐神社の境内の先に続いていることに気付く。

20141008出雲10

須佐神社の参道が伸びているのかと思いきや、

20141008出雲11

おねー様のアマテラスではありませんか!

神社が向かい合っているのだけども、お互いの参道が“くの字”を描き、なんとなく目線が合っていないところが、姉弟の仲の微妙さを表しているのでしょうか?
神社を笑うのは不謹慎に思えるけど、なんとなく笑えてしまう。

周囲は観光化されておらず、ただひたすら、この地にスサノヲの御霊があり続けるのだ、そんな厳かさが感じられる場所でした。


さあ!これで心置きなく出雲神話のスーパースター、オオクニヌシノミコトに参ろうではないか!
出雲大社に向けてレッツらゴー



到着、出雲大社ーーー!!

20141008出雲18


と、その前に(え?!)
出雲大社の鳥居の前を通り過ぎ、「国引き神話」を実感できるという奉納山公園へ。


20141008出雲12

奉納山公園への入り口もわかりにくく、ここ?という細い道を入っていくと、どんどん、どんどん、道は細くなり、

20141008出雲14

行き止まりになって、このガードレールも無い山道をバックで戻らなくてはならなくなるのではっ!という心理状態においこまれたところで、

20141008出雲13

駐車場!
よかったー(けれど、にぽぽの車のみ。)



「国引き神話」は、『古事記』にも『日本書記』にも出てこない、、『出雲国風土記』にのみ残されている非常に古い神話。

『 その昔、ヤツカミズオミツノノミコトという巨人神が、「出雲の国は細長くてまだこれからの国だ。どこからか国を引いてきて縫い付けなくては」と考えたそうです。
 海の彼方の新羅を見ると、国が余っているようなので、大きな鋤で土地をぐさりと切り離して、強い綱をかけると、
「国来、国来(くにこ、くにこ)」と言いながら引き寄せて、出雲の土地に縫い付けたのです。』

巨人は突然進撃を始めたのではなくて、日本の初めの頃からいたんだね(笑)。

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縫引い付けられたのが出雲市小津町から日御碕までの杵築(きづき)の岬。
その時の綱がここから見える“薗の長浜”なのだそうです。

その後も、北の方の国から、小津から東の鹿島町佐陀までの“狭田(さだ)の国”と、松江市島根町のあたり“闇見(くらみ)の国”を引っ張ってきてつなぎ、最後に北陸地方の高志(こし)の国から引っ張ってきた国が松江市美保関町のあたりの“三穂の埼”になりました。



約2000年前の島根半島は、今よりもかなり海に沈んていたと考えられています。
いわゆる“縄文海進(じょうもんかいしん)”。

20141008出雲80
(弥生の森博物館の床に描かれた古代の島根半島の様子)

その後、寒冷化で海水面が下降し“縄文海退(じょうもんかいたい)”が始まり、。
“古宍道湾”の西部では、斐伊(ひい)川や神門(かんど)川によって大量の土砂が運び込まれ浜もどんどん広がり、現在の出雲平野となっていったのです。。
「国引き神話」は、縄文人が地形の変化を語り伝えたものが核になっているという説があります。

出雲神話って、縄文時代からの記憶を引き継ぐものなのかもしれませんね。


それにしても、日本海、きれいーーーーーっ

20141008出雲16



昼時はお店も混むかなと思い、ちょっと早めにお昼にすることにします。
今日のお昼は絶対に“出雲そば”と決めていたんですよね~♪

20141008出雲55

そして、出雲大社の門前に数あるお蕎麦屋さんの中で、
江戸時代後期の天明年間に創業した、200年以上続く出雲そばの老舗に行こうと、ウキウキお店に向かっておりますと、

     20141008出雲56

お店まであと170mというところで知った事実!
目当ての荒木屋さん、「水曜日定休」。
うそーっっ
(この日、2014年10月8日は水曜日っ)
ショック―――っ

他のお店は全くノーチェックだったので、どこに何があるのかもわからないまま、出雲大社の鳥居まで戻って、目に入ったお蕎麦屋さん、田中屋さんへ。

20141008出雲57

とってもいまどきで、小粋な感じな店内。
メニューで目を引いた名前、“あご野焼”

20141008出雲58

焼いてあるけど、東京で食べる“チクワ”よりしっとりしてるし、かまぼこ・・・よりしっかりしてる!
ちゃんとおさかなの味がするし、美味しいです。
飛魚をつかっているのだそうです。


出雲で食べたかったのは“割子そば”

20141008出雲59

具が入っている“三色割子”を選んでみました。
思っていたよりも、一枚の割子が小さかった、お椀よりちょっと大きめって感じでしょうか。

汁を直接割子い注いで、一枚ずつ食べていくのですが、蕎麦徳利の中の全体量がわからないので、最初の一枚にどのぐらい使っていいのかが難しかった。
一枚目と二枚目が遠慮がちだったので、汁気のないお蕎麦になり、三枚目はジャボジャボに(苦笑)。

薬味のみのスタンダードな割子そばなら、一枚目の汁を次に移しながら食していけるので、初心者にはそっちの方がよかったなーというような失敗も、旅の楽しい思い出。
念願の割子そばも食べられて満足、ちょっと腹ごなしに浜の方まで歩いてみることにいたしました。



20141008出雲17

稲佐の浜です。

『 ある時、高天の原のアマテラスは「葦原の中つ国はく私の子孫が治めるべき国です」と宣言し、アメノオシホミミ、アメノホヒ、アメノワカヒコを次々に派遣しますが、オオクニヌシに次々に懐柔されてしまい、なかなかうまくいきません。八百万の神々と相談し、タケミカヅチを送り込むことにしました。
 地上に降り立ったタケミカヅチは、伊那佐の小浜に座り込むと、オオクニヌシに「国を譲るのか、譲らないのか、否、さ?!」とせまったと言います。
 オオクニヌシは自分の息子たちに答えをださせます。一人の息子のコトシロヌシは国を譲ることに同意し、もう一人の息子のタケミナカタは「力比べで勝負を決めよう」ともちかけます。この力比べでタケミナカタは手をタケミカヅチに手を握りつぶされ、体ごと放り投げられてしまった。タケミカヅチはタケミナカタを信濃の諏訪湖まで追い詰め、諏訪から出ないことを約束させる。
 出雲に戻ったタケミカヅチに、オオクニヌシは高天の原にも届くほど高くそびえる御殿を作ることを条件に、国を譲ることを承諾したのでした。』

この「国譲り」に出てくる、高天の原まで届くほど高くそびえる御殿が出雲大社、オオクニヌシの息子のタケミナカタが逃げたのが諏訪神社なのです。


さあ、いよいよ、いよいよ出雲大社へ参りまーっす!



今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
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