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芝 増上寺 徳川家霊廟

注)本日のお散歩は、お墓画像が出てまいります。
そういうのはちょっと・・・という方は本日ここまで、また違う日記の時に来てくださいね!



ども にぽぽ です=*^-^*=



こちら、江戸時代の増上寺三門前です。

     名所江戸百景/芝神明増上寺
安藤広重『名所江戸百景』 芝神明増上寺


そして、同じようなアングルで、現在の増上寺前。

     2012増上寺1


と、いうことで、本日は徳川将軍家菩提寺の増上寺にやって来ております。
勤務地のそばなので、過去も幾度か日記に登場しましたが、徳川将軍家の菩提寺としてご紹介するのは、初めてかも。



徳川家菩提寺となった経緯は、家康が江戸入府の折、増上寺の前で住職源誉存応上人にたまたま出会ったことがきっかけになった・・・というのが通説のようです。
ちなみに、源誉存応上人は武蔵国多摩郡由木(←現東京都八王子市)の出身ということで、あら!にぽぽと同郷じゃないのっ(喜)!



家康は、葬儀を増上寺で執り行うようにと遺言を残しましたし、
5代将軍綱吉の頃には、浅野内匠頭が

「二百畳もの畳替えを朝までになど・・・おのれ吉良め、またしても・・・」

くっと泣き崩れ、家臣達が

「とのっ!われらにお命じください、朝までに成し遂げよとっ。われら命に代えても必ずや、とのーっ!」

ってことになる、にぽぽの大好きな“忠臣蔵”の名場面、畳替えの舞台もここであります。
(また、話がそれている・・・)




2012増上寺2


ところで、昨年のNHK大河ドラマは、徳川2代将軍の、御台所(正室)“お江”でありました。
歴史好き視聴者からは、「ファンタジーかっ(怒)!」と大不評だったらしい・・・にぽぽもまったく食指が伸びず、一回も見ないで終わったのですが。

何をしたいのか、どうしたいのか、さまよい続けるNHK大河ドラマ部。
もっと骨太な歴史ものをみせてくれよーっ!

ドラマの出来はさておき、大河ドラマに取り上げられるとその人物にスポットライトが当たり、縁の地で、いろいろと特別企画が催されるのは嬉しい限り♪


お江が眠る増上寺でも昨年は“徳川将軍家の霊廟”を特別公開(2012.1.31まで)していたのでした。

     2012増上寺3




東日本最大級という増上寺の三門、三解脱門をくぐります。

2012増上寺4



徳川家の菩提寺であるとともに、僧侶の養成所である檀林がおかれ、隆盛を誇った増上寺。

2012増上寺6

どーんと威厳のある本堂に広~い境内でありますが、江戸時代は現在の数倍あり本堂を中心に70余棟の建物があったそうです。



2012増上寺7

本堂の南側(東京プリンスパークタワーの辺り)に2代将軍秀忠の霊廟を中心として6代将軍家宣の父・徳川綱重霊廟などがありました。
そして、北側(東京プリンスホテルの辺り)には、6代将軍家宣・7代将軍家継・9代将軍家重・12代将軍家慶・14代将軍家茂の霊廟がありました。



その美しさは永井荷風をして、

「自分の目の前に広がっている世界はあまりにも荘重美麗である。
自分はただ断片的なる感想を断片的に記述する事を以って足れりとせねばならぬ。」
霊廟/永井荷風随筆集(岩波文庫)から

と、言わしめるほどでしたが、昭和20(1945)年3月9日の東京大空襲によって、ほとんどが灰燼に帰してしまいました。



戦後は宝塔や燈篭が雑草に覆われたまま、打ち捨てられた姿となっていたようですが、昭和33(1958)年に敷地売却が決まり、発掘調査と改葬が行われました。
6人の将軍たちは現在、本堂右手奥の塀に囲まれた一角に、ひっそりと眠っていらっしゃいます。

幕末の頃の霊廟の写真は長崎大学付属図書館、長崎学デジタルアーカイブズ( ⇒HP )で見ることが出来ます!
検索は“撮影対象から探す⇒信仰⇒増上寺”


2012増上寺8

現在の霊廟入り口の鋳抜門は、6代将軍家宣の宝塔の直前にあった門だそうです。
青銅製のため、戦災で焼け残りました。


門の横からお邪魔します・・・・

2012増上寺9



中央に大きな玉砂利を配した方形のスペースに、整然と宝塔が並べられております。

2012増上寺10



霊廟内は、このように配置されております。

霊廟内配置図
(クリックしてフル画面にすると見やすくなると思います。)



こちらが2代将軍秀忠とその御台所お江の宝塔。

2012増上寺11

そもそもは将軍、御台所それぞれの宝塔があり、宝塔の下の石室のようなスペースに数々の埋葬品と共に埋葬されていましたが、調査・改葬された後、ご遺体は桐ケ谷斎場で火葬され(!!)、現在はお骨のみとなって、将軍と御台所をいっしょに埋葬したということでした。

昭和33年の調査については、いろいろな成果とともに、技術も未熟だったこともあり不備もたくさんあったことを何かで読んだ記憶がありましたが、火葬したとは知らなくて、にぽぽとしては結構ショックを受けました。

だってーーー、当時は土葬だったので、改葬するにしてもそのまま埋めれば、未来になって調べられることもあったかもしれません、それなのに、焼いてしまったらねぇ・・・・。
しかも、すでに何百年もたっているのに、改めて熱い思いをさせることもないような・・・気の毒というかなんというか。


あ、ちなみに、お江だけは将軍家で唯一火葬されております。
それはなぜだったのかというのも、さまざまな憶測とともに語られておりますので、このお話はまたいずれ、うっとおしく語りたいと思います。



宝塔を右回りに、7代将軍家継です。

2012増上寺12

わずか4歳で将軍に就き、7歳で亡くなりました。
江島生島事件が起こった時の将軍です。



9代将軍家重。

2012増上寺13

“暴れん坊将軍”吉宗の長男であります。
言語不明瞭であったという記述や、残されているさまざまなエピソードから、脳性麻痺だったのではないかと推測されております。
発掘調査の際の顔面復元では将軍たちの中で一番顔立ちの整った美男であったとのことです。



12代将軍家慶。

2012増上寺14

11代将軍家斉が壮健だったため、将軍となったのは45歳の時でした。
浦賀に黒船がやってきて、幕府が対応に追われている最中に亡くなりました。暑気あたりだったようです。



正面にもどって、6代将軍家宣。

2012増上寺15

“犬公方”と呼ばれた綱吉の後継です。
綱吉が「後々まで残せ」と遺言した“生類憐みの令”をさっさと廃止したりして、庶民にはなかなか人気であり、賄賂や不正も厳しく取り締まるなど、名君の誉れ高き将軍でありました。



14代将軍家茂。

2012増上寺16

我らが新選組が仕えたのはこの14代将軍であります。
わずか13歳で将軍に就き、開幕以来の危機的な時代を治める運命となりました。
京の動乱を鎮めるべく赴いていた大阪城で薨去。享年21歳(満20歳)でした。



14代将軍御台所 和宮。

2012増上寺17

仁孝天皇の第八皇女として生まれ、朝廷と徳川幕府の関係を修復し国論の統一を図る“公武合体策”の一環として、14代将軍家茂の御台所として降嫁しました。
日本史を通じて、皇女が武家に降嫁し、関東下向した、唯一の例であります。


和宮については、語りたいことがたくさんあるので、これもいずれ、暑苦しく語りたいと思いますが、和宮が薨去したのは明治10(1877)年で徳川幕府瓦解後のため、増上寺には宮内庁により埋葬されたとのこと。

そして、昭和の改葬の際にも、皇女という地位のため、他の御台所のように将軍といっしょにされることなく、個々の宝塔のまま残されました
徳川家歴代の将軍と正室の中で最も夫婦仲が良かった二人だったのに、なんとなく可哀想だなと思ってしまいます。



可哀想・・・といえば、もう一度秀忠とお江の宝塔を見ていただきたいのですが、

2012増上寺11

他の将軍の宝塔と形が違うでしょ。
これ、実はお江の宝塔に秀忠が入っているので、御台所サイズの宝塔なのです。

恐妻家でお江の尻に敷かれていたと語られている秀忠、ここにきてまでもか・・・と同情を禁じ得ないです。


本来はこのような立派な拝殿(本殿の写真だったかな?メモしてくるのを忘れてしまった。)が建てられており、

2012増上寺22


その中に納められた秀忠の宝塔は、だれのものより美しかったのですが、

2012増上寺21

木造だったため、戦火に焼けてしまったのでした。



最後は合祀塔。

2012増上寺18

将軍となる後継ぎを生んだ側室、将軍の子どもたちを埋葬しています。


戦前までは、ちゃんと一人一人、宝塔ではないにしろ墓石が設けられていたのですが、なんとなく雑というか情緒の無い扱い。
戦後高度成長期の余裕のなさだったのか、土地のスペースの問題だったのか、いろいろ検討してこうなったのでしょうが、死してなお、正室と側室の差を生々しく見せられているよう。
側室の立場に思いを寄せると、ちょっと悲しい。



徳川将軍家霊廟は、そんなに広いスペースではないのですが、過ぎた歴史の重みとか、文化財の保護の仕方とか、なんだかいろいろ考えさせられることが多いです。
特別公開は終わりますが、毎年何日かは公開日が設けられるそうですので、興味のある方はぜひ行かれるといいと思います。
きっと、いろいろなことを感じること、間違いなしです。



いやー、すごい字が多い!
ここまでたどり着いてくださった方、お疲れ様でした。

にぽぽも疲れました、お腹もすきました。




浜松町といえば、いつもの蕎麦屋“芝大門更科布屋”。

2012増上寺23

創業寛政3(1791)年は、11代将軍家斉の時です。



寒かったけどあえて天せいろ~。

2012増上寺24

熱燗を頼もうと思ってたのに、お昼時だったので食事のみだった、残念。




ほんとに、字が多いわ、長いわ、スミマセン(汗)
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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theme : 国内、史跡・名勝巡り
genre : 旅行

NoTitle

こんにちは フムフム…と興味深く読みました。
以前は、あまり歴史に興味がなかったけど、テレビの「今夜はヒストリー」を通じて、少しわかってきたので、にぽぽちゃんの解説もとてもよくわかりました(本格歴女・にぽぽちゃんには邪道番組かな?)。
あれれ「昭和33年(1945)に敷地売却が決まり」は、1958年だよね。東京タワーができた年なので、付近の一体整備が進み、歴史的なものも見直されたのでしょうね。

Re:ようこさん

歴史バラエティものの番組、見ますよー!!
結構好きです(^^
> あれれ「昭和33年(1945)に敷地売却が決まり」は、1958年だよね。
ほ、ほんとだっ!!
ありがとうございます、修正しました(汗っ)

高度成長、好景気。
いろいろな資料を見てみると、ここを境にして日本の文化や道徳観がガラリと変わった感じがします。
そして、今も変換期なのかもしれないなーと感じます。

NoTitle

お江さんが火葬だった訳が~
気になります!!!!
今期のNHKは平清盛~
神戸は今盛り上がってますよ♪

NoTitle

今日も素晴らしく充実した内容!
にぽぽさんのオタクぶりが十分に発揮された記事ですね。
広重の絵と同じ角度で写真が撮れること自体凄すぎ。
江だけが火葬になったのが凄く気になります。
日本はエジプトみたいにミイラ文化がないから、発掘した時には既に白骨化しててわざわざ焼く必要もなかったんじゃないかと思うけれど、不思議。
正室よりも愛された側室もいただろうけれど、こればっかり仕方がないですね。
大河ドラマは内容よりも配役重視の傾向にあるのかも。

NoTitle

いや、まあ今の時代も徳川家はいまだに朝敵なんでしょうね~( ̄∇ ̄;)

神社とかの取り扱いもここまで?ってカンジですもんね。人ってこわい(* ̄▽ ̄)ノ

NoTitle

にぽたん、こんにちは♪  **ヽ▼o・ェ・o▼ノ** ♪

今日はお休みだから、
お昼前にちょっくらお邪魔しようと思って
にぽたんのお部屋を覗いてみたら…
   ∑o(*'o'*)o ウオオォォォォ!!
こりゃ、腰を据えて読まねばと
お昼食べてからお邪魔しましたょ。
大河ドラマは、いつの頃から見なくなったなぁ。
ダーリンも歴史は好きでね…。

たくさんのお墓が、並んだねー。
徳川将軍家菩提寺のことを知って
とってもお勉強になりましたし、
見事であります。
昭和33年の調査は、ちとガッカリだったね!!
って、にぽたんの残念がる様子にウケたゎ。
   ヾ(@°▽°@)ノアハハッ♪ 

熱燗飲めなかったのも、残念ね。
  マァマァ、オヒトツ(* ̄ー ̄)_凸”ささっどぉぞっ!! v-286v-380

NoTitle

写真に雪が残っているのを見つけて
「あ!本当に最近のだ」って
にぽぽちゃん完全復活!って嬉しくなっちゃったわ~
やっぱり、こうでなきゃね☆

この辺りは地価も高いから仕方ないんでしょうけど・・・
残っていたら重要文化財だったでしょうにね。

NoTitle

楽しかったわ~
私は結婚してから 夕食作りながら BSでNHK大河見るようになったんだ!!
篤姫とか天地人とか竜馬とかお江とか・・・
歴史背景がわかってくると楽しなってきました。

ちなみに・・・
寺カフェしてるお寺って・・・どこか知ってます?
今日の夕食でそんな話が出まして・・・
徳川ゆかりの・・なんて言ってたから・・・
増上寺だったか 違ったか・・・そんな話になってたのだ~
知ってたら教えてくださいな ^^)

NoTitle

こんにちは♪
いつも訪問&コメントありがとうございます。
自分も歴史は昔から好きでした。
でも、ここまで深く掘り下げることはなかった。
もはや好きを越えて病んでます(笑)
でも、知らなかったことを知る喜びは、幾つになっても
変わらずです。
寒い時こそ、冷たい蕎麦だって。
暑い時は、蕎麦自体が美味しくないのでね。
昼から熱燗・・・
休みの午後の楽しみですね。

本領発揮♪

流石にぽぽさんです、実に明察なる解説でした。
谷中の慶喜の墓は行ったけど、増上寺は門を潜っていません。
芝プリンスホテルへ行く時にありますね。
大河ドラマはイメージ壊れるから見ない!
こっちのお話しがよっぽど楽しいわん(^o^)
波乱万丈の徳川家ですが、今の東京の礎だものね。
お江、和宮を語ってくださるのー?
わーい、飽きるほどうざいほどやって下さい。

NoTitle

いっつも勉強になっちゃうなぁ。
正室と側室・・・仕方ないかもね。
だって、今の時代もあるのか、奥さんと愛人1号、2号、扱いが差別すれるのは仕方ないかもね。
徳川のお墓もそうだけど、関わったお寺がいっぱいあるのよね。
埼玉の川越の喜多院もそうですもんね。
そこで、和宮が使ってた箪笥などの調度品はまったく質の良い上等なものでした。
大河の江はまったく観なかったのよ。なんか軽いドラマになってる気がしたの。
NHKの歴史のヒストリーは面白いよね。

NoTitle

せっかく天せいろにしたのに熱燗無しとは残念!
お昼も2時頃にならないと、
ゆっくり座らせてはいただけないのかしら。
気分が盛り上がっていたら、私なら
2件目に飲みに行っちゃいそうです(爆)

NoTitle

いやぁ~
いつにも増して、にぽぽちゃん絶好調の語り部ですなぁ
アタシ、何度 読み返したことか
でも、楽しいんだよ(〃^∇^)o_彡☆
歴史、好きなのよアタシも!
ただ、なかなか頭に入らないだけv-356
増上寺、東京タワーの上から見下ろしただけなんだけど
今度行ったときは ゆっくりとお寺拝観しなくちゃね☆

“忠臣蔵”の、畳替えの場面、なんど見ても聞いても
いいシーンだよねぇ
だって 殿のために家臣が江戸中のたたみ職人を集めて
徹夜で~なんて 泣ける話じゃあーりませんか(ё_ё)

松田翔太くんの

顔が見え隠れ~。
20歳は、若い・・ですよね・・。
心労も重なって・・。
お江さんは、春日局さんとの
確執があったのですね。
毒をもられた・・?

Re:hisamiさん

気になりますよね、火葬!!
大河になって、お江さん関係の本もたくさん書店に並び、
え、そうだったの?!と、初めて知ることもたくさんあって、そういう面では嬉しいのです。
今年の平清盛も、すでに沢山本が出てますしね。
神戸も盛り上がっているのですね!
うーん、行きたいっ!

Re:タヌ子さん

独りよがりに書きまくりました(汗っ)
オタクぶりをほめられると、なぜか嬉しいです(笑)
それがですねー、白骨化していないものもあったのだそうですよ。
昨日埋葬されたかというよううな状態の方も!
だけど、空気に触れた途端、皮膚がピピピーっとめくれ上がってしまって(生々しくてスイマセン)・・・と、今では考えられないような雑な調査というか、お粗末さだったそうです。
その当時の発掘技術の限界だったのでしょうが、もったいない限りです。

Re:shimicciさん

朝敵!!
まさに、その感覚の通りだったと思います。
にぽぽの小中学校時代でも、歴史の授業は江戸時代は酷い時代で、明治維新派素晴らしいって雰囲気で教わりましたものねぇ。

Re:berry-berryさん

>    ∑o(*'o'*)o ウオオォォォォ!!
> こりゃ、腰を据えて読まねばと
。。。す、すいません、ご飯食べてから再訪していただいて(^^;
字が多くなりましたねぇ~、今回。
ビョーキですね、これは完全に(笑)

>   マァマァ、オヒトツ(* ̄ー ̄)_凸”ささっどぉぞっ!! v-286v-380
やや、これは恐縮です!
ありがとうございます~♪

Re:ROUGEさん

このお散歩は25日なのですよ。
仕事休んで行ってしまいました~(コラッ!)
空襲で焼けてしまう前は、霊廟はすべて国宝だったのですって。
日光の東照宮みたいな建物がこの辺り一帯にあった感じだそうですよ。
それを聞いて、文化を破壊してしまうことからしても、戦争はやっぱりイカンなと、
改めて思いました。

Re:イノぶたちん

お墓の写真ばっかりでどうかと思いますが、遺骨があるのかと拝見すると、実在した人たちだったんだなー
なんて、身近に感じてしまいました。

最近お寺もブームですよね。
歴史散歩していると、若い人たち(←ばばくさい言い方だっ)がたくさんお寺に来ていて驚きます。
寺カフェといえば、行きたいと思っていた場所があったのに、メモを無くしてしまって、どこだったかなぁ~気持ち悪い思いをしている場所が一つあるのですが、あれはどこだったか・・・。
徳川家康縁のお寺カフェといえば、神谷町光明寺でやっている“神谷町オープンテラス”のことかもしれませんね。
冬の間はお休みしているとどっかで読んだような・・・。

Re:hirokunさん

> もはや好きを越えて病んでます(笑)
↑言いえて妙すぎて笑いました!!
病んでますよね、これは完全に(笑)

まずは熱燗でキューっとしてから冷たい蕎麦を〆にする予定だったのです。
もう少し時間をずらしていけばよかった・・・。

Re:だんだんさん

いやいや、恐縮です。
書いている本人は楽しくて仕方ないのですが、この字の多さ、読んでくれる方がいるとは思いませんでした。
ありがたいです(^^;
そうです、芝プリンスホテルのところに門が残っていますよね!
他にも若干焼け残った遺構があったようなのですが、ホテルを建てるときに、移動させた先が西武球場をつくることになり、さらにどかしてユネスコ村に若干残っているとか・・・また出かけて見に行かなくてはと思ってるところです。
お江、和宮については、いずれうざったいほど語らせていただきます!

Re:mu.choro狸さん

ほんとに、いつも字が多くてすみません・・・。
側室も、この時代ですから、なりたくてなった方ばかりではないので死してどの方もいっしょくたにしてしまう・・・という埋葬の仕方になんとなく気の毒になったのです。
そして将軍といっしょにされた正室にしたって、いっしょにされたくなかった方もいたかも・・・と思ったりして(^^;
仕方ないのかもしれませんけどもねぇ~。
川越は未踏の地なので、近いうちに行きたいと思うのです、もちろん第一の目的は喜多院です。
見てみたいです♪

Re:らいむさん

そうなんですよー、熱燗なし、残念すぎました。
実は仕事を休んで行ったもので、平日のお昼時は食事オンリー。。。
時間をずらすべきでしたっ!

Re:こまいぬさん

ほんっとに、字が多くてすみません。
こんなにちゃんと読んでいただいて、コメントいただけると思っていなかったので、いいのいいの、にぽぽが好きだからいいのよーって、好き勝手書いてしまいました。

> “忠臣蔵”の、畳替えの場面、なんど見ても聞いても
> いいシーンだよねぇ

ですよねーーー♪
畳替えのシーンでしょ、あと吉良さんに教えられて裃で登城したら衣装が違ってて、でも烏帽子大紋を家臣がちゃんと用意していたところとか。もー、忠臣蔵はいつ見ても泣けるシーンが盛りだくさんですよ(><)

Re:はなこころさん

篤姫で家茂を演じていましたものね。
あのときは、大河見てしまった・・・(笑)
お江と春日局といえば、フジテレビの大奥が思い出されてしまいます(^^;

NoTitle

大河ドラマはいつの頃からか演技派ではなく、人気重視と云うか、
知名度で選ばれる様になりました。
「風と雲と虹と」が一番真剣に見たかな。あと「草燃える」
「信長」以降は時間の無駄とばかりに見なくなりました。
龍馬は2/3は見ましたが、香川照之の演技が・・・この作品の
彼に関しては×。お江は絶句で2回TVをつけていた程度。
にぽぽしゃんの脚本とプロジュースで見たいものです。

NoTitle

ひとりひとりの人物像は把握していても、
こうして読ませていただくと、改めて「徳川一族」なんだなぁ~と感じました。
お江は不評だったようですが篤姫は見ました。
篤姫の「一方聞いて沙汰するな」は、
私にとって 忘れてはいけないストッパーのようなもの^^;;


NoTitle

にぽぽさん、こんにちは。

今回のお話も面白くて勉強になりました。
ところどころ、私には難しくて理解が・・・・・というトコもあったけど。 ^^:
青銅製の門、カッコイイですね!

今回の大河ドラマは、「篤姫」ぶりに楽しんで見ています。 ^^

Re:ソーニャさん

ほんとに、人気重視の大河になってしまいましたよね。
でも、その結果で評判の悪いものになってしまったら、出演者にとってマイナスになってしまいそう・・・。
人気者だよりのドラマ作りは、もう結構という気分ですよね。

Re:サプリメント管理さん

徳川一族で264年もの間、戦争も起こさず日本を治めたということは、最近評価されなおしているようです。
徳川幕府を支えた幕臣たちも偉かったのだと思います。
篤姫は、よかったですよね。
「一方聞いて沙汰するな」、ありましたね、そのセリフ!
篤姫の時には、結構ぐっとくる場面があったように記憶しています。
お江は、篤姫にあやかり同じ脚本家で取り組んだらしいですけもねぇ・・・。

Re:こまさん

写真だとわかりにくいと思いますが、この青銅の門の両側は上向きの登り龍と下向きの下り龍が描かれていて、辰年の今年のパワースポットだと、触っていく人が多いのだそうです。
龍、かっこよかったですよ♪
今年の大河は、映像がものすごい力はいってますよねー!
どこぞの知事が、小汚いといってバッシングくらったそうですが(笑)、にぽぽはなかなかいいと思いました♪

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NoTitle

にぽぽしゃんらしい記事に
国内旅行に行きたい気分
国内もわからず 海外旅行じゃないだろう!
ってのが 私のモットーだったんだけど
それが次第に 海外旅行にいけない言い訳みたいに
なってます。。
旅行に行くなら その地の歴史やら風土を勉強して行きたいと思ってます
勉強嫌いの私は どこもいけないかも。。

Re:MOMOさん

国内も行ききれないほど素敵なところがありますもんね。
にぽぽも、すっかり国内旅行オンリーです。
旅行はいろいろな楽しみ方がありますけど、にぽぽもその土地の事を知って行くのが好きです♪

お参りに行きました

今年もお参りに行きました。すごくうれしかったです。また来年もお参り出来たらいい。それが希望です。

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Author:にぽぽ
東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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