ども にぽぽ です=*^-^*=
5月に入って雨ばかり・・・うつうつしちゃいますね
前回の日記に『この春京都に行った』と書きましたが、本日は少々過去にさかのぼり
その時の事を書きたいナと思っております、歴史の散歩といいながら新選組ネタばっかり(笑)
2008年3月6日 京都/

去年の夏に突然、新選組にはまり、 いろいろ小説なり歴史書を読み漁っている訳ですが、
どうも京都の地理がわからない、
祇園と二条城って歩いたらどのぐらい?
距離感をわかりたい 空気を感じたーーーーーーーい “o(><)o”
と、いう事でとうとう京都に行った訳なのでした。
しかも 初めての一人旅 o(^-^)o ワクワクッ
こちらの本をもって歩いてきました〜
新選組ゆかりの場所の写真も沢山載ってるし、場所、場所の解説も盛りだくさん、ルート案内も詳細なのでにぽぽのような新選組初心者が京都を歩くのにはとても参考になりました♪
読み物としてもグゥです('ー^*) b
ただし・・・電車やバスなどの乗り物案内はないので、それは別に把握しておくべきだった・・・・と後に思いましたが(;^_^A
さて! 京都旅行の始まりは絶対に『三条大橋』でなければなりません、ねばらないのです!

文久3(1863)年2月8日 江戸を出発した浪士組約300人は 中山道68次533kmを踏破して、2月23日夕方、京に到着します。
どれだけ草鞋を履きつぶしたことだろう、
どれだけ疲労困憊していたことだろう、
三条大橋に着いた後の新選組一行はそれでも、希望と野心をかかえて意気揚々と歩いていたに違いない!!(と妄想を膨らますにぽぽ)
その5年後、近藤局長、罪人として東京板橋で斬首。
首は焼酎漬で京まで運ばれ、三条大橋の河原に晒される事になるとは、まさか夢にも思わなかったろうに・・・

京に入った浪士組でありますが、その宿は三条大橋(当時は三条小橋?)からまだ遠く 烏丸通、堀川通を超え 右に二条城を見ながら歩きます。
(にぽぽは、地下鉄に乗って一気に大宮まで移動します!)
大宮通りを南に入り、さらにしばらくいったろところの細道、綾小路通を曲がります。
光縁寺です。

新選組で切腹した隊士達のお墓があります、そして脱走の罪で切腹となった山南さんのお墓もここにあります。
なぜ切腹となったのか、いつか真実を教えてくださいねと合掌いたしました。
光縁寺から八木邸に向う綾小路通の景色

この通りの突き当たり左角が前川邸、角を左に曲がって斜め前あたりが八木邸となります。
道幅は車1台がやっとの狭さ、隊士達が歩いた頃と変わらない (と思われる)スケール感♪♪
新選組屯所となった旧前川邸の長屋門

旧前川邸の角

山南さんが切腹の前に、恋人の明里と最後の対面をした窓は、取り壊されてしまってないそうですが、こんな感じだったのかなぁ…(゜。゜)
旧前川邸のおむかい八木邸長屋門(春先だったので植木の手入れ中でした)

浪士組約300人が、前川邸や八木邸のような壬生村の郷士の家に泊まったのです。この辺りの人にしてみたら、えらい迷惑だったでしょうねぇ。
特に前川邸と八木邸は浪士組解が江戸に帰った後も、近藤一派と芹沢一派が残留し、2年間新撰組の屯所として使われる事となる訳です。前川さん一家が家族で避難してしまうのもうなずけます 。というか、和気藹々と付き合いながら暮らしていた八木さん一家のおおらかさが素晴らしい。
にぽぽのひいおじいちゃんも浪士組に参加していたので、多分この辺りに宿泊していたんだろうなぁと、なかなかに感慨深いものがありますです。
八木邸を見学し、土方・沖田・原田・山南が芹沢鴨暗殺の時につけた刀の傷もしーーっかりと見てきました。
見学後には屯所もちとお抹茶を出してくれます。

お抹茶がしみる〜(>。<)
屯所餅は地名の由来でもある壬生菜が混ぜてあるおもち、美味しかったです。
壬生寺、八木邸のすぐ横というぐらい近い。

近藤局長の像がありました。

このお寺にも新選組隊士のお墓が建てられています。写っているのは会計方・河合耆三郎のお墓、50両紛失した罪での切腹でしたが、その真実はどうだったのか、気になるところです〜。
壬生寺本堂前

ここで沖田総司くんが近所の子供達と鬼ごっこをしていたのかぁ(o^-^)oと、しばし妄想にふけるにぽぽなのでした。
ここから島原に向いますが、それは次回につづく・・・
最後まで読んでくれてどうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
ぽちぽちっと応援、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


はじめまして。Akiと申します。
新選組を巡る旅はいかがでしたか?
祇園と二条城って歩くとかなーーーりの
距離になりますよね〜(苦笑)。
現代人のワタシにはとても無理です。ギブアップ(笑)。
当時の人々の剣客…じゃなかった健脚っぷりには脱帽します!
Akiさん コメントありがとうございますっ!
小説を読んでも現地に行くほど入り込んだものはなかったのですけども(^-^)楽しかったです〜
こんな狭い部屋で刀を抜いてどうやって斬り合いをしたのかな?とか、結構近いとか遠いとか感じ取れて♪
東海道をずーっと歩いて京都までとかねぇ、ホント当時の人達に比べたら現代人はやわやわですね(;^_^A 。旅行以来、ちょっと反省してなるべく歩くようにしてるんですよ!
[2008/05/23 22:28]
にぽぽ
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