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青森 しゃこちゃんの故郷 亀ヶ岡遺跡

20151024青森1

♪上野発の夜行れぇっしゃ 降りたときから~
  あ~お森っ駅ぃは・・・・ 

20151024青森2

雨です。



あ、
ども にぽぽです=*^-^*=


金曜日、
仕事の山と残業してくれている部下を見捨てて東京発19:20の“はやぶさ33号”に飛び乗り、首をガックンガックンさせて爆睡しながら新青森に到着したのは22:30。

翌朝目覚めて、「ぐっ~にん、あおもりぃ」とハイテンションで部屋のカーテンを開けたら、雨でした。
さすが、雨女にぽぽ。



青森第一日目の目的地に向けて、青森駅からJR奥羽本線に乗り込み川部へ。
川部から五能線に乗り換えると、車窓からは一面、りんご、りんご、りんご!

20151024青森3

♪りぃぃん ごぉぉぉ~の故郷はぁ、 きたぐぅぅにの は てぇぇぇ~ 

と、美空ひばりさんの『津軽のふるさと』が頭の中でぐるぐるリフレイン。
その山肌にりんごを抱いて、夢見せるはずの美しい岩木山も、どよ~んと薄霧の果て。


1時間半、電車に揺られて到着しました。

20151024青森4

木造。

20151024青森5

ここは、太宰治の「父が生まれた土地なのである」 

20151024青森6

にぽぽの旅の目的は、太宰。


じゃなくて。

20151024青森7

縄文が、まだ、 熱いっ!(にぽぽの中でだけ)


縄文の里 木造!!

20151024青森8

縄文時代といえば、誰もが思い浮かべる遮光器土偶。
THE JYOUMON!のしゃこちゃんは、ここの生まれなのであります。

♪しゃぁこちゃん~~の故郷はぁ、 きたぐぅぅにの は てぇぇぇ~ 


駅もしゃこちゃん、マンホールもしゃこちゃん。

20151024青森9



タクシーに乗り込み、しゃこちゃんの生家である“亀ヶ岡遺跡”へ向かいます。

20151024青森10

降ったり、薄日が差したりの繰り返しの天気。
木造駅に着いた時には、雨もやんでいたので、「これなら亀ヶ岡遺跡の辺りを思う存分、うろつきまくれるかも!」と、高まる期待感。


20151024青森11

にぽぽの目論見とはうらはらに、亀ヶ岡遺跡跡である“しゃこちゃん広場”に着いた時には、びっくりするぐらいの豪雨で、タクシーから出ることもできないありさま。


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しゃこちゃん銅像は、津軽平野を眺めて建っていて、その背後は丘陵になっています。
ここも平野に面した台地の突端に造られた、縄文時代の典型的な村ということがわかりました。

亀ヶ岡遺跡は、元和8(1622)年に津軽藩の2代目藩主・津軽信枚が城を築こうとした際に、土偶や土器が出土したことで発見されたそうです。
徳川2代将軍・秀忠の時代です。

この地区には湿地帯が多く、築城の際に地面に木を敷いて道路としたことから、「木造村(きづくりむら)」と呼ばれるようになったそうで、その湿地の中に多くの遺物が眠っていたのでした。

お城は、徳川幕府により一国一城令が出されたため、完成を見ずに廃城となりましたが、ここから発掘されたものは芸術性の高さから「亀ヶ岡物」と言われ好事家に喜ばれ、一万個以上の完全形の土器が乱掘りされて売られたらしいです。
遠くオランダまで売られたものもあるとか。Σ(||゚ロ゚)ヒィィィィ なんてこった・・・・


亀ヶ岡遺跡の出土品が展示されている“縄文館”へ。

20151024青森13

“縄文館”は、二階建ての小さい町の公民館のような佇まいで、お城が建つ予定だった丘の上にあります。



20151024青森14

展示室はこじんまりと一室。
ここの展示物はほとんどが畑作業の中で出てきたものを大事に保管していたなどの、個人所有のもの。

日本の考古学は、出土品重視で始まって、出土品を出土状態や遺構と合わせて調査することの重要性が認識されたのは昭和も半ばを過ぎてからだったらしい。亀ヶ岡遺跡は発見が早かっただけに多くの出土品が持ち出されてしまったことが残念すぎる。

本来ここにあるべき遮光器土偶のしゃこちゃんも、個人によって掘り出されたものを文化庁が買い上げて、今は上野の国立博物館に展示されている・・・。
しゃこちゃんは、故郷に帰りたがっているに違いないぞ。

生活跡や遺構の調査は未発掘であるということなので、今後の調査で驚くような縄文時代の遺構が発見された折には、ぜひに縄文テーマパーク的に遺構を保存して、しゃこちゃんを故郷に返してあげて欲しいものです。


しゃこちゃんはいないけど、展示されている出土品は、それはそれで素晴らしい!

20151024青森15

頭のない土偶ではありますが、これなんて、文様が美しすぎる。



20151024青森16

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明らかに遮光器土偶とは時代が違うのだろう、こっちの土偶も、なにやら魂に訴えかけてくるような迫力がありますよ。
出土状態の説明も、学術的説明も何にもないので、なんだか芸術品を見るような感覚。



お城を作る際、丘から甕がたくさん出てきたので「亀ヶ岡」と呼ばれるようになったという名前の由来の甕。

20151024青森18

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ほとんどが継いだ形跡が無いような・・・完全形?!


20151024青森20

これなんて、にぽぽの好み( ̄▽+ ̄)キラーン



植物の入った土器

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人の営みを感じられる出土品ですよね。



赤漆で塗った土器。

20151024青森23

縄文時代に漆製品があったなんて、知らなかったよ―――w(゚□゚)w


これは「赤漆塗り壺型土器」

20151024青森21

しかも、この形ったら美しすぎ。



こっちは「赤漆塗り皿型籃胎漆器」

20151024青森24

竹などの植物で編んだ籠に漆を塗り重ねもの。
土器じゃない?????
漆器が縄文時代にすでにあったのか?! すごすぎて眩暈がしてくる(((。o゜)))



「赤漆塗り骨製垂飾品」 

20151024青森25

垂飾というのは、ペンダント?



20151024青森26

耳飾りは、多摩センターでも同じような形のものを見たけど、ここのものは赤漆塗り!


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20151024青森28

石の原石を丸く加工するのに使った砥石。
これは、出雲に行ったときの松江市立出雲玉作資料館で見たもの(2015年2月15日の日記⇒神話の里出雲 古代の玉作り工房を訪ねて)と同じ!


20151024青森29

こんな風に加工してアクセサリーを作ったんですね。

20151024青森30

にぽぽが小学生の時には、縄文時代は食べ物を得るのが大変だったというように習ったけど、オシャレをする余裕があったなんて。
静かな、静かな亀ヶ岡の“縄文館”で、にぽぽ一人、興奮しまくりなのでした。



待っていてもらったタクシーに再び乗り込み、木造駅の方へ戻る。

20151024青森31

道路の両脇は田んぼ。
そして道路わきに連続している電柱には街灯が無い!
ということは、この道は夜は真っ暗・・・なんだろうね、などど考えているうちに、“つがる市縄文住居展示資料館カルコ”へ到着。

20151024青森32


入り口を入ると突然に大きな木の柱と竪穴住居がドーーーーン!

     20151024青森33

一階部分はほぼ、この住居だけ。
住居の中には縄文人のご夫婦がいて
「ナムタチタライチョ(あなた達は) インズクヨリキタリチモノチョ(どこから来たの)
アハハハハ(笑) チャンゴチャ(ゆかいゆかい)
 マンズ ユルルカニ(まあ ゆっくり) ミチュキタマビア(見ていって下さい)
アンガ ツクユタチ(わが友よ)」
と、突然にしゃべりだして、にぽぽを激しくビビらせてくれました。


それと、しゃこちゃん!

     20151024青森34

のレプリカ。
レプリカなのに、完全にガードされて本物のようだね。


二階部分は、亀ヶ岡他、つるが市近郊で発掘されたものを展示してあります。
土器の特徴で分類してある一角がありまして、

20151024青森35

20151024青森36

いくつかある文様のうち、アイヌの文様に似てる気がする「大洞BC式 羊歯状文」が一番好みだった。
にぽぽは、こういうフォークロアに接すると血がざわめくようななつかしさを感じるのであります。(2010年8月21日の日記⇒フォークロアファッション)


20151024青森37

さらにこれなんて、このまま持って帰って、お香を焚きたいぐらい。
縄文時代に見つかったものなんですよねぇ。美に対してすごく高い意識があったんだわねぇ。



血をざわめかした後は、騒ぐ腹の虫をなんとかすべく、資料館に併設されている“四季彩喰処華かるこ”でお昼ご飯。

お店はすべて靴をぬぐ個室になってて、食事処というより居酒屋さんのよう。
お酒が進みそうなメニューもたくさん!

そんな中、とっても素敵なものがあったので、注文!


20151024青森38

どんっと、縄文土器のような器の一番上に、うどんと天ぷらが乗せられて運ばれてきました。


パカっと、二段目には、地場産品をつかった料理の小鉢類。

20151024青森39

さらにパカっと、最下段に、これでもか! と、とどめのシャコちゃんごはんがあるんです。

20151024青森40

これぞ「シャコちゃん縄文弁当」

出発前に、ネットで見ていたのですが、予約が必要ってなっていたのあきらめていたもの。
用意できますよーと言っていただき、食することができました~~!

小鉢がどれも美味しかったし、うどんも、にぽぽの地元で売ってるものとちょっと違ってた。
大満足だ。



行きはタクシーでバビュってしまったので、駅がわからず、お店の方に聞いたら、歩いて10分そこそことのこと。
雨もやんでいたので、腹ごなしを兼ねて歩くことに。

20151024青森41

道路にそって一面サッシ?
中に入ってみると、なるほど!
太宰治が『津軽』の中で「木造は、コモヒの町である」と書いている、これがコモヒなのね!!

20151024青森42

コモヒは豪雪の北国特有の設えで、店の軒を通りまで張り出した回廊のことなんだそうです。
昔はこんな風にサッシじゃなくて木で囲まれた通路だったのかなぁ。
江戸の頃、明治、大正の頃、夜に灯りはともっていたのかなぁ・・・・灯っていても暗かったろうしね。
時代を超えての一時期、東京の同じ街に暮らした太宰(2008年9月7日の日記⇒三鷹 玉川上水の散歩道)と、青森に旅して会うというのも、なんだか感慨深い。

太宰の小説は、ほとんど読んだことがないけど、こんどじっくり読んでみようかな。



街並みには、古くて立派な建物も残っていて、こちらは酒屋さん。

20151024青森43


最近見かけなくなった塩の看板。専売制だった頃の名残。

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そして軒下に半鐘。

生活に欠かせないお米やお酒を扱うお米屋さんや酒屋さんが、地域の重要な役目を果たしていたんだろうなぁ~とか、昔ながらのコミュニティとかを考えながら歩いていたら、目の前のドン突きにしゃこちゃんが見えてきました。

20151024青森45


木造駅に着くと、青森に戻る電車は行ったばっかり。
次は1時間後?!

げーっと思っていると、駅員さんが臨時便があることを教えてくれる。
駅員さんといっても、定年を過ぎた年齢と思われるお父さんが一人きり。

臨時便は全席指定だというので、指定が取れるか聞いてみてくれるという。
パソコンとかじゃなく、問い合わせ。
そして手渡してくれた切符には、ものすごくきれいな字で、木造 青森 座席番号が書かれていて、その丁寧さにジーンとしてしまった。

駅員のお父さんと、お客はにぽぽだけ。
寡黙なお父さんと電車を待つこと、会話もなく30分ぐらいを過ごす。


もう少しで電車が来るというタイミングで、お父さんがわざわざホームに追いかけてきて、
「川部で乗り換えだからね。」 と、まるで親戚の子に言うように声をかけてくれて、またもやジーンとしてしまったのだった。


まるで、お父さんに見送られて、故郷から東京に出ていくような切なさを感じて電車に乗り込んだとたん、

20151024青森47

車内は、にぎやかに三味線がかき鳴らされ、ふくふくしたおばさまが、満面の笑顔で
♪いやさか いやさかさーーーー
と津軽民謡を披露しておりました。


にぽぽは乗り込んだのは、車内で行われる“津軽三味線”の演奏や“津軽弁語り部体験”が人気の“リゾートしらかみ”なのだった。

20151024青森48


木造から川部まで、思いもよらず楽しひと時を過ごしたのでした。

20151024青森49

にぽぽ興奮の縄文旅ははまだまだ続きます。


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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青森 三内丸山遺跡で感じる縄文時代の息吹!その1

ども にぽぽです=*^-^*=



青森二日目。
“青森魚菜センター”に、朝ご飯を食べにやって来ました。

20151025青森1


お魚の市場になってます。

20151025青森2

ここはですね、食券を買って、どんぶりご飯を購入したら、お店で好きな具材を好きな量だけ買って、オリジナル丼を作ることができるんです。
“のっけ丼”というシステム。

あれこれ目移りした結果・・

20151025青森3

ビジュアル的にはパンチのない仕上がりになってしまいましたが、ホタテは珍しいヒモもついていたし、お刺身の子持ちヤリイカも、コリコリして美味しかったし大満足。



さて、JR青森駅から20分ほどバスに揺られて到着した丘陵部。

20151025青森4

もう秋ですねぇ~。


ぐるぐるっと体を右に回すと、山肌を連続させたような地層模様の壁。

20151025青森5

さらに右にまわると、じゃ~ん!

20151025青森6

縄文が、 熱すぎる!(にぽぽの中でだけ)


縄文沸騰中のにぽぽが、おうちのパソコでググればググるほど、見たい、行きたい、触れたいーーーー!
と、堪え切れなくなった三内丸山遺跡。

三内丸山の文字を見るだけで、ちょっとした感動なのでした。


が、文字に満足して帰る訳にはいかないので、中へ突入!

20151025青森7

天井のたか~い、清潔館あふれるホール。
荷物を入れるコインロッカーや、雨用の貸し出し傘まであって、入場料は、 無料!

なんて太っ腹!



タイムトンネルをくぐると、

20151025青森8


そこはもう、じょーーーーうもーーーーーーーん!!

20151025青森9

さ・・・・寒いっ!
この日、気温はぐぐーーっと下がり、青森の気温11度。
さらに、風がびゅーびゅーだったので、体感気温的には6~7度って感じでしょうか。
青森でもさすがにダウンはまだ早いだろうと、薄めのコートを着ていったにぽぽ、感動に震えた後は寒さにマジで震える。

三内丸山遺跡では、何分かごとにボランティアガイドさんの案内があるようで、ちょうど出発するタイミングだったので、にぽぽもガイドを受けながら遺跡を歩くことに。


20151025青森10

ここは遺跡への誘導路ではなくて、発掘された縄文時代の道です。
幅7~12m。縄文前期から中期(約5,500~4,000年前)に造られた、確実に縄文時代の人々も歩いた道です。
現代と違って浅い溝のように地面を掘って造られています。


徐々に見えてくる遺跡の全貌。

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広~い!

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県営野球場を造ろうとしていた場所。
その広さ分の発掘結果ですもんね、広い訳です。


こんもりとした小山は、造りかけた野球場のマウンドの名残・・・

20151025青森13

ではなくて、これも発掘で見つかった“盛土”。
建物を作る際にでる大量の土砂を長期間にわたり同じ場所に捨てた結果、小山になったものです。
遺跡の北、南、西に“盛土”が見つかっているのですが、現代の残土処理とは、ちょっと意味合いが違うようです。


20151025青森14

盛土の断面が見られるように保存されているドームに入ってみます。

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土だけではなく、土器や土偶、ヒスイなども埋まっています。

北側の盛土では、

20151025青森26

約4.500年前の土器がまとめて捨てられていました。
土器を平に捨てて、その上にまた土を積んでいくというように整地の作業をしているので、地層は水平に堆積しているのです。

アイヌ民族は、この世にあるすべての物は、カムイ(神)が姿を変えた物であると考えていて、この世での役割を終え、天上に帰る場合には、集落の近くの川辺などに“送り場”を設け、祭壇を建て、火を焚いて感謝を込めて送る風習があるということです。

三内丸山に暮らしていた人々にも、例えばある代のリーダーが亡くなると、その時に使っていた道具も一緒に神に送って、その次の代の世を迎えるとか、そんなことがあったのかもしれません。



20151025青森16

縄文時代といえば、竪穴住居。
三内丸山では、茅や樹皮屋根のものも復元しています。


中に入ってみると、

20151025青森17

暖か~いo(´ー`*)


20151025青森18

入っていたのは、土屋根の住居。
最近では、垂木の上に草、枝、樹皮などの屋根葺き材を置き、さらに土で覆った土屋根が各地の遺跡で確認されているそうです!

土屋根が熱を吸収するので、夏は涼しく、冬は炉の熱を逃さないため暖かいそうで、寒かったこの日に土屋根のお家に入ってみて実感!
茅葺きの竪穴住居のお家よりも暖かい!!


20151025青森19

住居エリアを過ぎて海の方向に伸びている縄文時代の道。
道の両側に盛り上がっている土は、土坑墓といって、大人のお墓です。

20151025青森20

穴の大きさから手足を曲げた屈葬で埋葬された可能性が高いそうですが、手足を伸ばしたまま埋葬された大型の墓も見つかっていて、それは道を挟んて互いに足を向けた格好で並んでいたそうです。

20151025青森21

お墓の中に骨は残っていなかったそうですが、ヒスイのペンダントや狩りは調理の道具が出土した例があるとか。
生前に使っていたものを入れてあげたなんて、死者に対する思いは、縄文時代の人も、現代人も変わらないんですね。


生まれてすぐや、5~6歳までの幼児は大人の墓には埋葬されず、深い鉢型の土器に子供と白い石を入れて埋められました。
東京の多摩センターでは、住居の入り口に埋葬されたものが発見されていますが、三内丸山では、北側の盛土のそば、住居エリアに近いところにまとまって埋葬されていたようです。

350ほど見つかった土坑墓に比べて、子供の墓は800ほど見つかったそうです。



20151025青森22

高床式の建物は、約4.500年前に立っていたそのままの場所に、建物の大きさ、柱の位置、太さも忠実に再現してあるそうです。


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このように柱に穴をあけた加工した建築部材の一部が見つかったとのこと。
何に使われた建物かはわかっていないそうですが、縄文時代に高床式の建物があったなんて驚きました。

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北側には谷があり、湧水が豊富です。
ここは湿地になっていることから、本来は残りにくい有機質のもの、漆を塗った容器や動物の骨、魚のウロコ、木の実などがたくさん見つかったそうです。

多くの種も見つかり、それを調べた結果、三内丸山はクルミや・・・

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クリの森に囲まれていたことがわかったそうです。

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三内丸山といえば、この大型掘立柱建物。

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3個ずつ2列に、等間隔で並んだ6個の柱穴が見つかりました。

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柱穴は直径が約2m、深さが2mを超える非常に大型のもので、柱穴の中には直径約1mの栗の柱がそのままで残っていました!

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にぽぽの持ってる栗の木のイメージって、細い木なんですけど・・・。
1mの太さの幹っていったら、ものすごい大木ですね。


柱穴の土には、1㎡に15tの圧力がかかっていたそうで、その圧力を考えて復元すると、

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このぐらい(約15m)の高さの建物になるそうです。
床があったのか、柱だけだったのか・・・謎。


次も大きい!

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大型竪穴住居は、日本海側の降雪地帯の縄文遺跡に多く見つかったそうですが、最近は太平洋側の関東地方でも見つかっているそうです。


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コミュニティセンターの役割とか?共同作業場とか?


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三内丸山によって、にぽぽの持っていた縄文時代は一新されました。

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三内丸山遺跡は、縄文時代前期から中期にかけて(約5.500~4.000年前)の集落跡であることがわかっています。
その間、約1.500年、人が暮らし続けていた場所なのです。


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にぽぽの好きなお江戸の時代から現在までで400年です。
さらに1.100年の未来までなんて・・・想像もできないなぁ~、なんて思いながら後にする三内丸山遺跡なのでした。


小規模ながら、三内丸山遺跡の調査は続いているそうです。

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青森 三内丸山遺跡で感じる縄文時代の息吹!その2

ども にぽぽです=*^-^*=


遺跡を見た後は、遺跡から出土したものが展示されている“さんまるミュージアム”へ。

“縄文のこころ”コーナー。

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まずは「栗の大型木柱」が、迎えてくれます。
存在感が半端ない!!

このコーナーの中心にあるのは、にぽぽ憧れの「縄文ポシェット」

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遺跡北側の斜面、縄文前期の捨て場から出土したもの。
植物を利用して編まれた袋状の編み物。中には、クルミの殻が入っていたそうです。

高さ15cm、幅10cmぐらい。
斜め懸けしたポシェットだったのか、それともウエストポーチだったのか。
女の子がつけていたものなのか、それとも・・・妄想が止まらない。

編み方は、「網代編み」で今でも使われている編み方です。
こういうのを見ると、縄文時代って今と変わらないなーと感じます。


     20151025青森41

組紐だって!
三内丸山は、縄文時代の捨て場が湿地だったことから、こういう有機物が残っていたんですね。



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片口のお皿なんて液状のものを注ぐことに使うデザイン。
何に使っていたんだろうか。



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縄文時代の出土品としてはおなじみの“石鏃”ですが、

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水晶の石鏃なんて!!!
初めて見たーーーーーーーーーーーーーーーっ!
狩りに使ったというより、祭りの道具だったのでしょうか。



“テーマ展示-縄文人のくらしをひもとく-”コーナー。

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三内丸山で食べられていた魚は、イワシ、サケ、タラ、ニシン、ホッケ、スズキ、ブリ、タイ、ヒラメ、カレイ、マグロ・・・
今、食べられているものがほとんど見つかっているとのこと。


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骨で作った釣り針や、網の修理や仕立て加工に使う網針や網を沈めるために使ったと思われる加工した石が見つかっています。

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漁の方法も今と変わらない!



三内丸山で食べられていた動物の骨が展示されています。

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動物はウサギやムササビなどの小動物が多いのが特徴みたい。
イノシシやシカは少なかったようですね。


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弓や銛には、石鏃をつけて使っていたのですが、石鏃の接着には、アスファルトが使われていたそうです。



縄文時代の人々が最も多く利用した食べ物は植物。

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三内丸山遺跡からは多くの植物の種も見つかりました。
中でもクリやクルミは多く食べられていて、栽培していた可能性が高いことがわかったとのこと。
クリの木は建設部材としても使われていますし、一番身近な木だったのでしょうね。


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栽培されていた植物としては、ヒョウタン、ウルシ、アサ、エゴマ、ゴボウなどが見つかっているそうです。


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さらに、サルナシ、キイチコ、ヤマブドウ、ニワトコなどの種もたくさん見つかっています。
特にニワトコは普通は食べられないことから、実を発酵させたお酒を造っていたのではないかと考えられています。

『はじめ人間ギャートルズ』で、猿酒を美味しそうに飲んでいるシーンが印象的だったけど、あんな風景が実話だったのかも!ギャートルズの設定は石器時代だけどさ。
ちなみに、猿酒とは、サルが木の洞や岩のくぼみなどに溜め込んだ果実などが自然に発酵して酒になったもののこと。
サルナシはサルがこの果実を猿酒にしたとされることから名づけられたそうですよ。


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種が見つかった状態が展示されていましたが、虫眼鏡を覗き込んでもどれが種でどれが土なのか解らなかったよ!




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亀ヶ岡遺跡で見てきたのは、圧倒的に甕だったけど、北海道南部から東北地方北部では、縄文時代前期中頃から中期頃(5.500~4.500年)にかけて、筒状をした土器がたくさん造られたそうです。
「円筒土器」と呼ばれていて、外側の下が熱を受けて赤くなっていたり、吹きこぼれの跡が残っていたり、明らかに煮炊きに使われていたことが解っています。


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時代によって土器の形が違っていて、前期のものは円筒型で複雑な縄文が施されています。
中期のものは円筒型の他に胴部が膨らむものも見られ、注口、片口、皿型なども見られるようになります。
生活が複雑で豊かになったのかもしれませんね。

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にぽぽが好きなのは、やっぱりこの辺り。縄文中期頃のもの。



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漆工芸の技術は、縄文時代にほぼ完成していたものと考えられています。
赤い顔料はベンガラ(酸化鉄)。
岩石を砕いて粉になるまですりつぶし、漆に混ぜて使われていたそうです。

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漆の樹液や赤い顔料が入った土器も見つかりました。

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縄文時代前期の赤漆を塗った櫛なども見つかっています。

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こんな風に使ったようです。

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縄文時代の遺跡からは、多くの装身具が見つかりますね。

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土製や木、石などバラエティにとんだアクセサリー。
ヒスイは、約700km離れた新潟県糸魚川周辺から持ち込まれたもの。

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土製や木のものは、普段使いで、石は特別な時に使われたのかな。
特に、ヒスイは別格だったんだろうなー。


ミニチュアの土器も見つかっています。

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ミニチュア土器は、土偶など同様に“送り場”と考えられる盛土から多く出土したことから、祭りの道具と考えられているそうですが、大人たちが土器造りの合間につくった子供へのおもちゃ・・・だったらホッコリするなーと思ったりしました。

でも、そこまで長閑な時代ではないですもんね。


残念ながら衣服そのものは見つかっていないのですが、服の可能性がある編布片が出土しています。
出土したものと同じ編み方で推定復元した縄文服。

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縦糸と横糸を絡ませて編んだもの。

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衣服の制作に使用したと思われる骨製の針も多く見つかっています。

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ちゃんと糸を通す穴もあって・・・だんだん、縄文時代のものを見ているとは思えなくなってきているにぽぽです。


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ここから見つかった土偶を見ると、丸首の服ではなくV字ネックのものだったのかも。

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さらにこの土偶を見ると、

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複雑な模様を編み込んでいたのかもしれないなーーーと、またもや妄想が止まらない。

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縄文時代は、日本文化の基礎が仕上がった時代と言えるかも。

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コーナーの最後には、黒曜石の原石。

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鉱物好きのマニア心がむずむずする~(笑)

それにしても、ここのミュージアムは展示の仕方がとても素敵で、ものすごく楽しかった!


ミュージアムショップで、縄文時代の書籍を買い込んで、レストランの前に来ると、
「縄文人もびっくり 栗ソフト栗夢」
と、ダジャレまくりの幟が乱立しておりました。

きらいじゃない、このセンス。
ソフト栗夢・・・クリユメと読んじゃダメですよ、クリームね。

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もちろん、購入して食す!

栗夢というだけあって、栗のまんま!
縄文人もびっ栗でしょうが、にぽぽもびっ栗のおいしさでした。


で、食べ終わって思い出す。

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♪かぁぜぇたちぃぃぬ~~いーまーはーあき~~
・・・・寒っ!!


慌ててあったかいお蕎麦を注文。

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こういうところのお蕎麦って、いわゆるこういうところのお蕎麦なんだろうなーと思ったら、お蕎麦、美味しかった!!
縄文人も食べていた秋の味覚とともに。



ミュージアムショップでにぽぽが購入してきた本。
縄文時代のことが、ものすごくわかり易く書いてあります、お勧め!





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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青森 ホタテの美味さにグラリと酔って

ども にぽぽです=*^-^*=



一日目、亀ヶ岡遺跡を見て帰ってきた青森駅。

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青森といえば“ねぶた”だよねと、駅のすぐ近くにある“ねぶたの家 ワ・ラッセ”へ。


ミュージアム入り口から、ねぶたの雰囲気を感じられて、気分が盛り上がります。

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天上からつり下がっている“ねぶた金魚”が可愛い!!

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通路が下っているので、上を見ながら歩いてツンのめらないように注意。
(ツンのめった人、にぽぽ。)



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大ホールにつくと、大迫力の“ねぶた”。
にぽぽのコンデジ写真じゃ伝わるはずもない美しさ、迫力ですよ。


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“ねぶた”は、針金と和紙で仕上げられています。

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和紙を重ねていくことで、色の濃淡や、強弱が表現されているようです。


設計図などは無いそうですよ。

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流し目が色っぽいし、肌の色は艶っぽい。


“ねぶた”版ハロウィン?!

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の、訳ではないのですが、にぽぽが訪れたのは10月だったので、時期的にばっちりな蝙蝠だったのでした。


“ねぶた”を制作する人を「ねぶた師」と呼ぶそうですが、現在活躍している「ねぶた師」の“ねぶた面”が並べられているコーナーは、作風の違いがみられて、とっても楽しい!

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“ねぶた”、“ハネト”という言葉も、「ラッセラー、ラッセラー」という掛け声も、日本語?というぐらい不思議だし、エネルギーの爆発!というお祭りの力を感じてドキドキしてしまいました。
本番のネブタ祭りは、そうとうすごいんだろうなぁ~。



さてと、夜ご飯。
青森ならホタテが食べたいぞと思っていたら、目の前に“帆立小屋”の文字。

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あまりにそのまんまなので、離れがたくて入店。


まずは、郷土料理の“ホタテ貝味噌焼き”

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ホタテにネギとシイタケを味噌で焼いているのですが、卵でとじてあるのでしょっぱくなくてマイルドな味。

初めに頼んだハイボールは、ただのハイボールではなく、“青森りんご酢ハイボール”
これが、リンゴの酸味が美味過ぎる!
健康にいい飲み物って思うほど、体に染み渡る飲みやすさなのでスルスル飲んでしまう。


火にかけた蛤がパカっと開いて、旨み汁がジュワジュワあふれだし、い~匂い。

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待ちきれないのをじっと我慢している間に、匂いを肴に日本酒。

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今日のお酒は、青森の“田酒” (*^¬^*)ノ□ カンパーイ
もともと“田酒”は好きなお酒なのですが、今日はとびきり美味い。

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ホタテの塩気とお酒の組み合わせで十分、お醤油とか一切要らないです。
酒、ホタテ、酒、酒、蛤、エビ、酒、ホタテ、酒、酒・・・・・エンドレス。

十分堪能して、お腹もあったかくなりました。


津軽海峡冬景色、津軽平野、津軽恋女、りんご追分・・・・青森には演歌がよく似合うなぁ~っと
♪湯のみのぉ酒にっ ラリ  と酔えばぁ故郷がっ うかぶぅ~
『望郷じょんがら』を鼻で歌いながらホテルに帰るほろ酔いのにぽぽなのでした。



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東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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