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本日1月15日 小正月

ども にぽぽ です=*^-^*=




本日は旧暦だと1月15日で、“小正月”です。

小正月は、正月(1月)の満月の日(15日)のことです。
1月7日までを“大正月”と呼ぶのに対して、“小正月”と呼びます。
“女正月”と呼ぶ地方もあるそうですね。



大正月には“七草粥”を食べますが、この日の朝は“小豆粥”を食べる習慣がありました。

2012小豆粥1

小豆粥は、邪気を払い1年の健康を願って食べるものでした。
15日は望の日(満月)なので、“望粥”とも呼ばれたそうです。


望から餅に転じて、江戸時代は小豆粥にお餅を入れて食べるようになりました。
11月22日が「いいふーふの日」とか、日本人は語呂合わせやダジャレが昔から好きだったのね(笑)



もともとは、小正月までを“松の内”としており正月飾りも出ていたのですが、江戸時代の初めの明暦3(1657)年1月18日に江戸の大半を焼失するにいたった火事が起こった後、徳川幕府は燃えやすい門松などはさっさとしまうように“松の内”を1月7日までと定めたそうです。


そして、元服の儀も小正月い行っていたことから、1月15日は“成人の日”となった訳ですが、この名前から小正月との関連がわかりにくく、さらに小正月自体がなじみの薄いものとなってしまい、現在は第一月曜日が“成人の日”とされております。

3連休になるのは、にぽぽも嬉しいのですが、物事の意味とか、文化の継承などの面から考えると、どうなのかなーと考えてしまいますね。




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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江戸の味 体ぽかぽか 山くじら

ども にぽぽ です=*^-^*=




     2012ももんじや1
安藤広重 『名所江戸百景』 びくにはし雪中


びくに橋は、京橋川に架っていた橋で、現在の銀座一丁目、西銀座ランプ付近付近にありました。


あ!今日は江戸散歩ではなく、お目当ては“山くじら”の方でした(^^;



明治時代以前の日本では、肉食の習慣はなかったというイメージがありますが、たぬきやら、兎、鯨、もちろん鳥のお肉は食べておりました。
将軍のお正月は、鶴の肉団子が入ったお椀を食すのが恒例だったとか・・・
鶴を食べるなんて、今では考えられませんけどね。


その他、猪や鹿などの獣肉は、表向きは肉食忌避があったので、「薬喰い」と称し、体に滋養をつけるものとして食べられていました。
猪を「山くじら」や「牡丹」、鹿を「もみじ」と呼ぶなど、肉であることはあまり大っぴらにはしていなかったのですね。


江戸時代後期になってくると、獣肉を扱うお店も多くなってきたようですが、獣肉を好む人は、どちらかというと奇異な目で見られたようではあります。




江戸時代から続く「山くじら」を看板にしているお店が、

     201202ももんじや2


JR両国駅から歩いて数分、両国橋のたもとにある“ももんじや”さんであります。

     201202ももんじや3

“ももんじ屋”とは、獣肉を扱うお店のことで、“百獣屋”の字をあてたとか、尾のある獣や毛深い獣が嫌われて「モモンジイ」と呼ばれたから、などの説があります。



2月中旬までが猪の狩猟期間でありますので、友人を誘って行ってきました。
予約したのは、『野獣肉コース』。

野獣ですよ、女二人で野獣!!(笑)



お店に入ると“元”野獣たちがお出迎えしてくれます。

     201202ももんじや4


用意されていたのはお店の2階のお座敷。
それほど広くないお店なのに、お客様それぞれに個室対応・・・密室だ!



先付けで出てきたのは、猪の煮込み。

201202ももんじや6

ぜ~んぜん臭みはなく、硬くもなく、ホロっとまろやかな味。
おーいし~♪




そして、閉ざされた部屋の中で、女二人、真剣に鍋を見つめて・・・

201202ももんじや5

黒いお鍋に何かが浮いているように見えて、

「なんだろね、コレ」
「大きいキクラゲ?」



にぽぽたちのお部屋担当の若くてかわいらしい女性が、

「八丁味噌です。」


味噌だったかっ!


ということで、お味噌をときつつ、鍋の中に猪の肉をぎっしり投入。

201202ももんじや7


「煮込めば煮込むほどお肉はやわらかくなりますので、すこしお待ちください。
後でお野菜入れにまいりますね」

と、前出の女性退場。


201202ももんじや8

ビールから変えた芋焼酎をなめつつ、お肉が煮えるのをゆっくり待つというのもいいものです♪



201202ももんじや9

野菜が入ると、一層美味しそうな風景になりました。
食べごろまでもう少しかな~・・・ワクワクしますね。


お皿に肉を取り、山椒や七味を好みでつけて、ガシっと肉を齧る。
想像以上に猪はやわらかくて、前歯でハッシリとで切れて口の中へ。

でも、噛んでも噛んでもへこたれない肉らしい感触と、うま味がたまりません。
もともと赤い肉が好きなので、なおさら満足の美味さです。



一心不乱に肉を噛んでいるところに出された次のお皿。

201202ももんじや10

鹿肉の刺身!

今の日本で、生肉を出すとは!
しかも鹿だし!
伝統から来る揺るがない自信なんでしょうね、素晴らしいです。

「鹿だよ、しかー」
「猪はさあ、山にいるあるけど、鹿が山にいるイメージってないよねぇ」
「奈良にはいるよね、沢山」
「あの鹿は神様のお使いだから!獲っちゃマズイんじゃないの」

「でも、これからは奈良の鹿も美味しそうに見えちゃうよね」
「すごい付きまとわれたりして、鹿に」
「なんか、こいつから仲間の臭いがする とかいって」

と、どーでもいい事を言いながら、さらに鹿の竜田揚げ。

201202ももんじや11

鹿の肉も美味しい!
猪よりも、ちょっとやさし気だけど、しっかり肉だった。


芋焼酎もかなり進んでいるのですが、赤い肉との相性がいいのか、焼酎が水のようにスルスル入っていながら、酒に飲まれていく感覚はなし。
なんでしょうかね、飲んだそばから肉が焼酎のアルコールを分解していくのでしょうか!
いくらでも飲めちゃう感じがして、コワイ(^^;



コースの最後に大物登場。

201202ももんじや12

熊汁です。


201202ももんじや13

熊だと聞くと、肉も黒いような気がするけども、これも臭みはぜーんぜんなくて、ホロホロと崩れるほどやわらかく、うま味たっぷりのお肉でした。


先付けも、鍋も、お椀もすべて味噌味なのですが、不思議と同じ味に感じないのは、肉のうま味のせいなのかしら。



〆のうどんとアイスクリームを食べて、お腹はほどよくポンポコ。
結構な量の“野獣”を納めた割には、ズッシリくるような不快感もなく、軽やかな満腹感♪
そして、体の中からホカホカと温かい。


寒~い冬に最適な“山くじら”でありました。




ちなみに。
浮世絵びくにはし雪中 の右端にある“○やき 十三里”は何屋さんなのかというと、

栗(九里)より(四里)美味い→十三里 

201202ももんじや14

ということで、焼き芋屋さんなのでした。




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はっぴー ばーすでー

ども 若 ですU^ェ^U





今年は、とっても寒いんだってね。

201202お誕生日1

オイラは、床に一番近いとこでウロウロしてるからさ、寒さが身にこたえるぜ。



そんな時は、オイラの得意技の、お目目うるうる~ってして、にぽぽねーちゃんをを見上げるとさ、

201202お誕生日2

こうやって、ストールに巻いて抱っこしてくれるんだぜ。
ホコホコで気持ちいぜ~(><)


オイラを抱っこしてたら、
「何にも用ができない!」
って、にぽぽねーちゃんは言うんだけど、もともと何にもしてないくせに、よく言うよって、オイラは思っているんだよ。




昨日は、いきなりテープルの上に乗せられて、へんな丸いものといっしょに写真を撮られたんだけど。

201202お誕生日3

そんで、
♪はっぴバースデーって、歌を歌われて、おめでと~って言われたんだけど、
どうやら、オイラの17歳のお誕生日っていうもんだったらしい。


このちっちゃい丸いもんは、おいらの食べ物かと思って、クンクンしたら、
にぽぽねーちゃんが、
「ダメダメダメー」
って言って、自分で食っちまいやがったぜ。



そういうもんなのか、誕生日ってやつは・・・。




201202お誕生日4

オイラのご飯は、
内臓サポートのドッグフードと、ささみとキャベツのみじん切りが入ったいつも通りのものだったぜ。




201202お誕生日5

そういうもんなのか、誕生日ってやつは・・・?
オイラ、なんとなく納得がいかないぜ。




17歳になったけど、元気に食べて、元気にお散歩して、楽しそうに暮らしている若ちゃんです♪
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日本橋 お江戸のへそ

ども にぽぽ です=*^-^*=




201201日本橋1

日本橋に来てみましたぁぁぁ!
ブログを初めて4年目になろうとしておりますが、なんと日本橋界隈を歩くのは初めてなのです。
お江戸といえば日本橋というのにね。



江戸時代の日本橋の風景はこんなでしたよ。

201201日本橋2
安藤広重 『東海道五十三次』 日本橋朝ノ景



同じ方向で撮った現在の日本橋。

201201日本橋3

日本橋南側からの景色になります。

日本橋七つ(午前4時)立ちという言葉通り、朝焼けの中、日本橋を北から南に渡ってくる大名行列は、参勤交代を終えて、東海道を品川へ向かい、知行地(地元)へと帰るところなのでしょうか。




日本橋の南詰西側には幕府の通達や禁令を知らせる“高札場”がありました。

201201日本橋4



向かいの東側、現在の野村ビルの前の広場辺りには処刑予定者の晒し場があり、男女の姦通者、女犯の僧侶、心中未遂者などが晒し者にされました。
見せしめの意味があったのですが、物見高い江戸っ子達には格好の娯楽になってしまったようです(^^;

201201日本橋5

高札場跡には解説板がありますが、晒し場跡にはまったく何の形跡もなし。
ダークサイドの歴史は、触れず残さずなのでしょうね。

この場所に交番があるのは、晒し場も交番も犯罪抑止の意味で同じ・・・と笑っていいのか悪いのか。




晒し場の当たりをうろうろしていたら、橋のたもとに船を発見。

201201日本橋7


株式会社ジール主催の日本橋川観光ガイド付きミニクルーズで、乗船可というではありませんか♪
(不定期運行のようで、お散歩した1/8にたまたま運行されておりました。)

30分1000円也でしたが、喜び勇んで乗船いたしましたので、本日の写真は地上からと川からのものを織り交ぜてUPいたします(^m^)



現在の日本橋は12代目で明治に架けられたものです。
今年で架橋100年になるそうです。

201201日本橋8

茨城産の白御影石の橋は、テレビCMで流れる通り、某ケルヒャー社により“日本橋クリーニングプロジェクト”として、高水圧洗浄機によって100年分の汚れが落とされ、石本来の白さがよみがえり、ピッカピカの日本橋になっております。

それにしても、激しく景観を損ねる首都高、邪魔~っ!
戦後復興、東京オリンピック、高度成長、日本改造計画・・・・。
景観のことなど考える余地もないほど、必死だった当時を悲しいぐらいに感じますが、やっぱり橋の上に首都高は無い方がいいな。




ところで、誰でも知ってる有名な橋ですが、その実、日本橋がいつ架けられかは明確ではないのだそうです。

日本橋が最初に記録に登場するのは、江戸時代初期に書かれた随筆の『慶長見聞集』で、
「此橋を人間はかつてもって名付けず 天よりやふりけん地よりや井でけん 諸人一同に日本橋とよびぬる事奇体の不思議と沙汰せり」と記されています。

つまり、誰が名づけた訳でもなく自然にそう呼ばれるようになったということです。
不思議ですねぇ~。


江戸幕府開府とほぼ同時の慶長8(1603)年に架けられたという説と慶長17(1612)年説があるとか。
ただ、日本橋を起点として東海道を始めとする五街道の整備が開始されたのが慶長9(1604)年2月なので、その時点で橋が無かったとは考えにくく、慶長8年説をとるのが妥当と考えられています。




橋の北詰の東側(下の絵の右下の部分)には、魚河岸がありました。

     201201日本橋10
安藤広重 『名所江戸百景』 日本橋雪晴

大正12(1923)年に起こった関東大震災以後、魚河岸は築地に移転しましたが、江戸時代は魚を運ぶ多くの船が日本橋川を行き交い、一日に千両のお金が動くと言われるほどの活気だったそうです。



201201日本橋9

行き交う船の影もなく、ビルばかりなり。


ところで、日本橋が架かる川を日本橋川といいますが、京橋が架かる川は京橋川だったし、新橋が架かる川は新橋川でした。
名もなき川は、橋によって特別な川となったという事なのかしら。




橋の上に戻って、

     201201日本橋6

橋柱文字は、徳川幕府最後の15代将軍慶喜の揮毫です。
明治時代の欧米化日本の象徴とも言うべき、ルネッサンス式の石造橋に、江戸時代の象徴である徳川の最後の将軍の毛筆の文字が掲げられているというのは、江戸好きにぽぽには感慨深いものがあります。
江戸時代と明治、そして今は、間違いなく連続して存在しているのだなぁと・・・・つい、橋のたもとにじーっと佇む不審な女になってしまいました(まぁ、いつもの事ですが)。



徳川家康により、五街道の起点とされたことは、明治時代にも踏襲され、日本の道路の起点となりました。
橋の中央には「日本国道路元標」が埋設されております。

     201201日本橋13


道路の真ん中まで見に行くのは危ないので、橋の北詰の西側にあるレプリカで我慢しましょう。

     201201日本橋15

201201日本橋14

橋柱文字が徳川慶喜ならば、こちらは当時の総理大臣の佐藤栄作の筆です。


何を見てもスゴイものばかりです。
さすが、現役の国道道路橋で初めての国の重要文化財に指定(平成11年5月13日)されただけはあります(上から目線 笑)。




再び、日本橋川上流(西側)より側面に注目してみますと、

201201日本橋11

向かって左側(南側)のアーチが茶色くなって石が削れているようなところがあります。
洗浄したばかりなのに、もう汚れ?


201201日本橋12

汚れではなくて、これは関東大震災の時に、燃えた船が激突した跡なのだそうです。
歴史の遺構として、修復せずに残されております。

また、橋の上や欄干に、いくつも黒や褐色になった部分が見られますが、それも昭和19(1944)年3月の東京大空襲の時に、日本橋に降りそそいだ焼夷弾の跡なのだそうです。



見どころ満載すぎるので、橋のことだけですでに字が飽和状態に!

     201201日本橋16

日本橋周辺エリアは、江戸時代から続く老舗もたくさんあって、そのどこかでお昼にしようと考えていたのですが、あまりに多すぎて絞り切れず・・・。


結局わかりやすい日本橋三越へ(笑)。

201201日本橋17



本館7階の”特別食堂”

201201日本橋18

よき時代のデパートの食堂という感じが素敵です。
食堂の中にクロークがあったり、待ち合わせロビーがあったりするのが、普通のデパートの食堂とは違うところですが。



洋食にしようか和食にしようか迷って、ホテルオークラ山里の“フォアグラ&ヒレステーキ丼”

201201日本橋19

フォアグラは濃厚だし、ヒレステーキは火の通り具合がばっちりで、そりゃー美味いに決まってるではありませんか!

が、

どうなのかなー・・・・。
丼にしなくてもいい気がするな、フォアグラとステーキは(爆っ!)。

付け合わせの香の物とお味噌汁がものすごく美味しくて、デザート(メロンとイチゴ)に添えてあったミントの葉をものすごく美味しいと感じたということは・・・フォアグラとご飯の組み合わせは、にぽぽにはノッタリしすぎだったのかもしれないわ。

ああ、なんて贅沢な事をいっているのだろう、罰あたりもんだ。




罰あたりだけど、やっぱり丼は海鮮系が好きだなーと思ったのでした、チーン。
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本日2月8日 事始め

ども にぽぽ です=*^-^*=





本日は旧暦だと2月8日で、“事始め”です。


“事始め”は、正月を納めて通常の生活を始める日であり、12月8日の“事納め”とセットで“事八日”と言われます。

12月8日を年を納めて正月の準備を始める日として“事始め”、2月を“事納め”とする地方もあります。
ここがややこしいのですが、もともと“事始め”は2月8日に農家がその年の作業を始めることを意味しており、2月を“事始め”とする場合は農事に関するもの、12月を“事始め”とする場合は正月に関するものの場合が多いようです。



この両日は、武家も町屋も竹竿の先に目籠をつけて、軒に高く掲げました。

     鮮斎永濯『温古年中行事』事始め

ニンニクや目籠を庭先に置くという地域もあるようですが、これは、天からもたらされる災害や病魔を防ぐためのオマジナイでした。


特に東日本では、妖怪や厄神が家を訪れるという伝承が多く、この日に現れるので有名なのが“一つ目小僧”です。
目籠を使うのは、“一つ目小僧”は目がたくさんあるものを嫌うからなのです。



新品の籠を使ったそうなので、籠屋さんはこの時期大忙しだったかもしれません。

節分の鬼は柊、一つ目小僧は目籠・・・
こんなもので追い払えるなんて、日本の妖怪ってかわいらしいですねぇ(^^




2月8日には“針供養”(2009年2月9日の日記⇒ 2月8日の針供養 )も行われますが、これも針(=目が一つ)を使わずに休めることが、一つ目小僧を鎮めることになっていたとか。

そういえば、屋根から沢山の目籠が出ている景色と、お豆腐に沢山の針が出ている風景は、なんだか似ている気がします。



さて、“事始め”に食べるのは“御事汁”です。

201202事始め


魔除けの呪力をもつと信じられていた赤小豆の他、ゴボウ、イモ、ダイコン、豆腐、焼き栗、クワイなど野菜を6種類入れて味噌で煮込んだものです。
無病息災を願って食べました。



6種類の野菜を煮るので“六質(ムシツ)汁”とも呼ばれ、無実汁と語呂合わせされ、無実の罪をまぬがれることができるとされました。

天からの災害からも、人がもたらす災害からも逃れることができる汁という訳です。




旧暦に注目すると季節の行事や昔の行事食に関連する日記になります。
行事食というからには、普段の食事より、ちょっとご馳走だったのだろうと思のですが、ささやかですよね~。

現代の食事からすれば、どこがご馳走なのだという感じ・・・。
それだけ、今は普通が贅沢なのかもしれないなぁ~というか、食べ過ぎ(汗)を反省したりします。
 
昔の食事を意識して生活したら、すごく健康になりそうです(笑)





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東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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