07
2
3
5
6
8
9
11
12
14
15
17
18
20
21
23
24
26
27
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

熱い!冷たい! おでんと氷結酒

ども にぽぽ です=*^-^*=




久しぶりに、同僚と寄り道。
飲兵衛のにぽぽと、食べるのが好きな(以前はかなりいけたらしいが)同僚。
お店選びが難航しそうですが、大抵はにぽぽの一方的な好みで決まります。


肴か、酒か!
もちろん酒がなければ始まらない訳であります!!

今回は、会社近くの“練丸”さんへお邪魔しました。

     P6290177.jpg



看板メニューはおでんと、板蕎麦。
夏のおでん!

P6290164.jpg



ターゲットをオヤジにしているらしい、コンセプト渋めのお店であります。
一人で蕎麦屋酒のにぽぽですから、“らしい”お店セレクトとも言えましょう!
同僚の意向は知らんが(笑)

P6290175.jpg



いつもなら、「とりあえずビール」といくところですが、今日は初めの一杯からオヤジを決め込みます。
越乃影虎が、そそいだ瞬間に凍る!?

P6290171.jpg

日本酒には凍結酒というのがあって、、原酒をそのまま凍結したものをシャーベット状にして楽しんだりするのが一般的ですが、このように注いだ瞬間に凍るのは、お店で過冷却状態にして保存してあるからなのです。



練丸蕎麦サラダ ~温玉のっけ~

P6290166.jpg

お蕎麦を揚げたものがカリカリと香ばしくておいしかった。 



牛モツの味噌煮込み

P6290165.jpg


お店の名物にしようかと思っているというので、つられて注文しました。
こんにゃくも入っているのにビーフシチューみたい!八丁味噌がいい仕事してますなぁ。



あつつつつ・・・となった口を氷結酒で瞬間冷却!
おぉー!これはなかなか。

赤い梅酒

P6290174.jpg



焼き鳥も、“焼き鳥屋さん”ではないのに、なかなかジューシーに美味しく仕上がっていました。

P6290167.jpg

P6290168.jpg

備長炭を使って焼いているそうで、特にレバーは美味しかったな♪



ラストは、スイーツではなく、板蕎麦で〆まる(笑)

P6290176.jpg




夏のおでんも、なかなか通だったわ♪
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

theme : 日々のつれづれ
genre : 日記

アンテナショップ あおもり北彩館 東京店

ども にぽぽ です=*^-^*=




東京には、各県のアンテナショップが沢山ありますが、JR飯田橋駅近くには、青森県のアンテナショップがありました。

あおもり北彩館

P6300188.jpg

青森といえば、瞬間的に“にんにく”と連想しますが、この日、ショップの前では青森から届いたばかりのにんにくが並んでおり、にぽぽが普段スーパーで見かける青森産にんにくより、2~3倍はある大きさでふっくらしていて、とても美味しそうでしたよ。




さて、にぽぽは冷え性で肩こり、むくみやすい体質なので、ここ最近、まじめに毒出し生活をしようと決心を固めたところだったのですが、このショップでとってもいい毒出し素材を見つけてしまいました(^^

P6300194.jpg

これはね、そのままぽいっと入れればお味噌汁の具になる乾物と、この蜆もそう!!
毒出し生活の主食に欠かせない玄米が、麺になっているなんて、どんな味なのかな~♪



そして、メンドクサガリのにぽぽに、ぴったりなのがコレ!

P6300195.jpg

玄米の粉末です!
玄米を100回噛んで食べるより、消化吸収がいいというキャッチコピー。
白米に混ぜて炊いたり、お味噌汁やミルクなどに入れてそのまま飲んだりしてもいいという事。

店頭で、お水に溶いたものを試飲させてもらいましたが、麦こがしのような香ばしさで、飲みやすかった!
一日20gが目安だそうです。

まずは、これから始めてみようと、張り切っています。




玄米麺は、かけそば風にしてもいいそうですが、パスタ風にしてみました。

P7010197.jpg

ヒラタケとエノキをたっぷり使い、カイワレ、ミョウガ、ショウガ。
味付けは鰹節に白出汁。ごま油で風味をつけました。

茹でた後に炒めたのですが、湯で加減がわからず、ちょっと柔らかくなりすぎたかも。
食感は、うどんよりもーーーっちりしてました。
美味しかったよ(^^




ご飯を食べたら、お風呂でじっくり汗を出したい。

P6300196.jpg

青森のヒバの入浴剤。
大げさにいえば、お湯に油が浮くぐらい、ヒバの精油がたっぷり含まれていて、呼吸と共にヒバの成分を吸い込みながらの入浴でした。

温まって、汗出してデトックス。
これから、徐々にデトックスについて知識をつけつつ、実践していきたいと思います。
どんな変化が現れるか、楽しみです(^^




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : もっと綺麗になるために・・・♪
genre : ヘルス・ダイエット

芝大門 増上寺の七夕祭

ども にぽぽ です=*^-^*




♪笹の葉 さらさら   軒端に揺れて

  お星様 きらきら   金銀砂子



7月7日の七夕の行事は、江戸時代には五節供の一つとして幕府の公式行事であり、民間でも盛んに行われました。



P7080068.jpg

会社の近くにある、増上寺は、明徳4(1393)年に開かれた、浄土宗のお寺ですが、徳川家康が関東を治めるようになって間もなく、徳川家の菩提にになり、慶長3(1590)年に現在の港区芝の地に移転し、徳川幕府成立後には隆々発展したということです。



三解脱門(三門)

P7080069.jpg

圧倒される大きさのこの門は、東京都内最古にじて、東日本最大級の門なのだそうです。
増上寺の中門にあたり、正式名称を“三解脱門”といいます。
“むさぼり”“いかり”“おろかさ”の三つの煩悩を解脱する門だそうですが、くぐってみても、にぽぽは煩悩から解脱できませんでした(^^;



P7080070.jpg

増上寺では、7月1日から“七夕祭”が開催されております。

P7080072.jpg



祈願料(1枚100円)を納めて、『願い事書き込み所』で短冊に願い事を書き、笹に吊るしておけば、後日増上寺の僧侶により祈祷していただけるとのこと。

P7080073.jpg



祈願料を納めて、にぽぽも短冊に願いをしたためました。

P7080074.jpg

このお願いは、本気50%と建前的大人度50%。



P7080075.jpg

こっちは、本気度100%。



まだ建っていない笹に短冊をつけるのですが、やっぱり上の方が神様に届きやすいだろうということで。

P7080076.jpg



増上寺の七夕の魅力は、なんといっても夜ですよ!

P7100187.jpg

P7100191.jpg



東京タワーを強い燭光として、色とりどりの短冊が夜の空に浮かび上がる光景は、夢幻の美。
風がそよぐと、短冊がシャラシャラと涼しげな音を奏でます。

P7100189.jpg

ゆらゆらと、吸い寄せられるように人々が集まってきていました。




にぽぽの空腹は夢、幻ではないので、いつもの布屋更科さんで、蕎麦でも手繰ろう。

P7100175.jpg

今日は樽酒の気分。
杉の香りがふんわりと漂って、お酒がまーるい味に感じられます♪

肴は、

P7100178.jpg

出汁巻きと、

P7100176.jpg

もろきゅ~!!
樽酒にぴったり(^^



〆のお蕎麦は、7月の変わり蕎麦。

P7100181.jpg

笹切り!
今日の蕎麦屋酒は、七夕にピッタリな雰囲気でまとめられたかな♪





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 東京23区
genre : 地域情報

銀座ぶらぶら

ども にぽぽ です=*^-^*=





ティファニーで朝食を!

P6170069.jpg

・・・・と、一度やってみたかった事ながら、かなーーり恥ずかしかった!



ここは、泣く子もだまる、銀座2丁目、天下のティファニー前。

P6170072.jpg



『銀座発祥の地』碑があります。

P6170067.jpg


江戸時代には“銀座”という町名が表すように、多くの“座”が設けられた職人の街として開けた場所でした。
“銀座”が文明開化の象徴のように大変貌を遂げるのは、明治5年の大火から。
大火をきっかけとして、東京を近代国家の首都にふさわしい防火都市にしようとして始まったのが、煉瓦街の建設でした。

銀座の煉瓦街は、大正期の関東大震災や昭和の戦災によって失われてしまいましたが、銀座1丁目の高速下に明治時代に実際に使われていた煉瓦を、当時と同じ“フランス詰み”に敷き詰めて残してあります。

P6170064.jpg



現在の銀座通りの歩道は、重厚感あふれる御影石で舗装されていますが、これは都電が走っていた時代に、レールとレールの間に敷かれていたものを再利用したものなのです。

P6170124.jpg



銀座は、日本で一番最初に電気灯が灯された街でもあります。

P6170070.jpg

明治15(1882)年11月1日、ガス灯から電気灯に変わるまでに要した期間、わずかに8年!!
明治という時代のエネルギーを感じさせるエピソードであります。
その歴史を伝えるレリーフが壁に埋め込まれているビルは、ティファニーに向かいにあるカルティエのビル。

P6170073.jpg

かつて大倉組があった場所で、後に大倉組が発展し、大倉財閥となります。
現在まで残っている関連企業は、大成建設、ホテルオークラ、帝国ホテル・・・あれ?帝国ホテルは三井不動産に買収されたんだっけ???



銀座は商人の憧れの地でありましょう!
近年では海外ブランドの進出も目覚しく、正に世界の銀座。
銀座で商売をし続けるという事は大変なことながら、江戸時代から看板を守っているお店もあるのです。


銀座4丁目の“銀座松崎煎餅”

P6170078.jpg

慶応元(1865)年以来、場所も商売もそのまま変わらず営業しております。



日曜正午。
銀座通りの信号が一斉に止まります。

P6170080.jpg

歩行者天国の開始!

P6170081.jpg



そんな銀座4丁目交差点近くにある“大黒屋”

     P6170082.jpg

江戸時代は食料品店でありましたが、現在はハンドバッグ専門店として営業中。



銀座6丁目のプラダの前には“銀座くのや”

P6170085.jpg

天保8(1837)年創業の和装雑貨のお店であります。




江戸時代の面影を一番残しているのは、7丁目かもしれません。
ディープな探検の前に腹ごしらえをば。

P6170088.jpg

昭和2年創業で、ひと口カツや中濃ソースなども考案した老舗中の老舗という梅林。



P6170090.jpg

カツどんの上に半熟卵が乗っている、スペシャルカツ丼を、一度食べてみたかった!!

P6170091.jpg

ひゃぁ~♪
これ食べた後、どんだけ運動したらカロリー消化できるのかしら・・・とか考えない、考えない!!
美味しく食べれば太らないっていう学説もあるし(←怪しいにぽぽ説)
今は美味しく食べることに専念しましょう。




さて。
突然ですが、江戸の町というのは、こんな作りになっていたんですよ。

町割り
(クリックすると、図は大きくなると思います。)

表通りや裏通りには、店と呼ばれる大きなお店があって、その裏に庶民が暮らす“長屋”がありました。
路地を挟んで対面が1町という単位。

こんな街の名残を、銀座7丁目で感じることができます。



路地

とんかつ梅林さんの横の路地が、江戸時代から残されている路地。
潜入開始!!

     P6170092.jpg

飲食店の換気扇や空調のダクトからモワーッとした空気が出てきてたり・・・

     P6170093.jpg

     P6170094.jpg


映画だったら、悪者に追われている緊迫したシーンって感じ?



ああ!行き止まり?

     P6170095.jpg

この銀座グリーンビルができた時に、路地は分断される運命だったのです。



P6170096.jpg

がしかし!!
歴史ある路地を残そうと、なんと自動ドアでビルの中に路地が残されることになりました!

     P6170097.jpg



もう一つ、自動ドアを抜けると再び外!

     P6170099.jpg



唐突に赤い曲がり角があります。

     P6170101.jpg

そこにあるのは、豊岩稲荷!!

     P6170100.jpg

豊岩稲荷は、明智光秀の家臣・安田作兵衛が主家の再興を願って祀ったという伝説があるのですが、創立年は不明です。
芸能関係者に崇敬が篤く、『オーラの泉』で三輪さんが案内していた事が記憶に新しいところですが、最近は縁結びの神様として、若い女子がお参りに来ることも多いそうです。
にぽぽが詣でた時も、お神酒や油揚げが供えられていました。


路地を抜け、裏通りに出てきました。

     P6170103.jpg




潜入した路地は、こんな風になっているのですよ。

     豊岩稲荷マップ
(クリックすると図が大きくなると思います。)



花椿通りを過ぎて銀座8丁目には個人経営の銭湯“金春湯”があります。
銀座に残る2つの銭湯のうちの一つです。

P6170105.jpg

金春湯は、文久3(1863)年にこの場所で開業しました。

P6170104.jpg

大正時代には、新橋の芸者衆も通う銭湯だったようです。



いかがでしたでしょう、にぽぽ風銀ぶら(笑)
オサレでハイソなだけではない、銀座はまだまだ奥のふかーーい街のようです。




また銀ぶらしたいと思っています!
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 東京23区
genre : 地域情報

正しい“銀ブラ”

ども にぽぽ です=*^-^*=




“銀ブラ”は、銀座をブラブラすることではありません。
正しい意味は、「銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」なのであります。

P6170131.jpg



大正時代に、慶応大学の学生さんが言い始めたそうですが、そのブラジルコーヒーを出すお店が、現在の銀座に残っているというので、行かねばなるまいゾ!



カフェ パウリスタ

P6170107.jpg

銀座八丁目の中央通り沿いにある,現存する日本最古のカフェであります。

カフェーパウリスタ銀座店の創業は明治44(1909)年。
初のブラジル移民団長として渡伯した水野龍さんが、合資会社「カフェーパウリスタ」を設立し、ブラジル共和国サンパウロ州政府から、サントス珈琲豆の宣伝販売権を受けた翌年にopenしました。

260年続いたチョンマゲの時代が終って、たった40年のうちに、カフェで珈琲ですもんね。
こういう動きを見るにつけ、明治期の日本人のエネルギーのすごさに驚いてしまいます。



かつて、カフェーパウリスタは、銀座6丁目にある交詢社の向かいあたりにあったそうです。

交詢社ビル

     P6170086.jpg

交詢社は、明治13(1880)年に、福沢諭吉が提唱して結成された、日本初の社交クラブであります。
「知識ヲ交換シ世務ヲ諮詢スル」に由来して、交詢社と名づけられました。

慶応大学出身の実業家が中心でありましたが、一般の加入者もあり、明治22(1889)年から隔年で『日本紳士録』を編纂していましたが、この紳士録は2007年4月で休刊となっています。


クラブの本拠地となった交詢ビルディングは、2004年に建て替えられ、かつての面影をエントランス部分に残しながら、現在はバーニーズ・ニューヨークなどがテナントで入っています。

P6170087.jpg



話しがそれてしまいました。
“カフェ パウリスタ”に戻りましょう!


最近(?)ではジョン・レノンも、オノ・ヨーコとともに、このカフェに通ったそうです。
明治の世からジョン・レノンまでの歴史を感じつつ、ケーキセットを注文。

P6170110.jpg

お店に負けない重厚感のケーキといえば、ザッハトルテ♪(←単にザッハ好きなだけ 笑)
コーヒーは伝統の“パウリスタ・オールド”。
これが、これが~!!
なんともスッキリとした味で、岩清水を飲んでるがごとくの清涼感あるコーヒーなのです。



ジョン・レノンが3杯お代わりした・・・という噂ですが、それは真実だと確信しました。
にぽぽも、思わずお代わりしちゃいました!

P6170113.jpg




この店でコーヒーを飲むと「銀ブラ証明書」をもらえます。

P6170134.jpg

スタンプカードになっていて、10回スタンプを押してもらうと、コーヒー一杯が無料になります♪




日本で最初の喫茶店「ブラジル移民の父」がはじめた―カフエーパウリスタ物語日本で最初の喫茶店「ブラジル移民の父」がはじめた―カフエーパウリスタ物語
(2008/11)
長谷川 泰三

商品詳細を見る


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 地域情報
genre : 地域情報

品川 東京で富士登山

ども にぽぽ です=*^-^*=




巷では、女子の山登りが流行っていて、“山ガール”なんていうカテゴリができたらしいですね。
7月1日は富士山のお山開きなので、にぽぽも早速!山ガールになってきました。

京浜急行新馬場駅の北口改札口を左に出ると、東京と横浜を結ぶR15(第一京浜)で、すぐ右方向に品川神社の鳥居が見えます。

P7080078.jpg



品川神社は、文治3(1187)年に、源頼朝が海上交通安全と祈願成就の為に天比理乃命(あめのひりのめのみこと)を迎えて祈ったのが創始とされているそうです。

P7080079.jpg



鳥居には龍がまきついていて、なかなかの迫力!

P7080081.jpg



参道の脇に富士山登山道が!

P7080082.jpg



富士山と言っているのは、実は境内に作られた富士塚のことなんですけどね(^^
富士塚とは、冨士講という富士山を信仰する団体が参拝場所として、または実際の登山の代わりとして富士山を模して造営した人口の山で、東京にも大小100以上残っています。
高さも1m程度のものから数10mぐらいまで、富士山の溶岩を積み上げたものや、すでに存在した丘や古墳を利用したものなどさまざまなものがあります。

P7080083.jpg


品川神社境内にある富士塚は、俗に“品川富士”と呼ばれ、明治2(1869)年に品川丸嘉講社の講中300人余りによって築造されたものです。
その後、大正11(1922)年に、R15の建設のため西に数十メートル移動して、現在の場所に再建されたものです。

明治2年と書けば、いかにも明治時代のように感じますが、この年の5月の箱館では、まだ土方さん達が新政府と戦っていたのですけど・・・花のお江戸はすっかり東京になり、戦争の危険もなく富士山を作っていたとは。
ちなみに、明治元(1868)年7月17日に『江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書』が発せられ、“江戸”は“東京”になりました。


登山道入口から、階段を3、4段登るともう2合目。
5合目までは普通の階段をテコテコ登っていけます。

これは、5合目から見上げた富士山頂上。

P7080088.jpg



6合目に向かうところから先の登山道は一気に険しい!

     P7080089.jpg


もう一踏ん張りの8合目。

P7080090.jpg



登ってきた道を見下ろせば、ちょっとクラっと・・・高所恐怖症なのに~。

P7080091.jpg



頂上に到着!

P7080093.jpg



頂上は、東面は海岸線でしたので、昔は遮るものが無く東京湾の遠望は絶景であったことが伺えます。
現在では、天王州のビル群が一望できます。

P7080094.jpg

普通富士塚の頂上には、浅間神社があるのですが、この富士塚にはないのです。



裏側にも登山道があるので、そこを下山していきますと・・・

P7080098.jpg



富士浅間神社です。

P7080113.jpg



人が沢山集っていて、なにやら始まる様子?

P7080103.jpg



この日が品川富士の山開きだったようで、品川丸嘉講社の方々による山開きの行事が始まったのでした。
どうやらにぽぽは、山開きの前に富士山に登ってしまったようですね(^^;

P7080107.jpg



ちなみに、“品川神社富士塚山開き行事”は品川区の無形民俗文化財に、“品川神社富士塚”は品川区の有形民俗文化財に、それぞれ指定されています。

P7080109.jpg



品川神社を後にして、振り返ってみれば、品川富士にぞろぞろ登る人の列。

P7080115.jpg



にぽぽが絶景を堪能していた姿も下から丸見えだったのね・・・ちょっと変(苦笑)

P7080117.jpg




今回は、食べ物ないよ(笑)
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 東京23区
genre : 地域情報

酸素36倍高濃度酸素水 oxygenizer

ども にぽぽ です=*^-^*=




ゆるゆると、デトックス生活を継続中です。


デトックス生活の第一項としては、水の摂取の重要性が挙げられております。
人間の体の60~65%は水分だそうで、知らないうちに汗や呼吸の分泌などで失われている水分のことを、不感蒸泄というそうで、その量は1日約700ml。
尿として出る1500mlとあわせて、毎日2200mlの水分が失われているということ。
不感蒸泄の量は、資料によってまちまちですが、1日の水分摂取量約2lが必要といわれる所以ですね。
(食事から補給できる水分700mlとして、水自体で1500ml)



にぽぽは、もともと水好きなので、2lぐらいの水を摂取するのは苦ではありません。
以前に大好きな会津の天然水のことを日記に書いたことがあります。


百年のめざめ(2008年8月9日の日記⇒ 百年のめざめ )

       100.jpg



心水(2008年9月16日の日記⇒ 心水 )
 
        心水

ひょうたんから水(2008年9月16日の日記⇒ 心水 )

    ひょうたんから水



最近・・・というより少し前からですが、酸素水というものを、メーカーがこぞって発売するようになりました。
高濃度の酸素を水に入れているというものです。

P7140200.jpg



酸素補給の効能は、
1.疲労回復
・・・大量の酸素を消費した疲労状態の細胞に酸素が運ばれることにより、身体機能の回復を早める。

2.集中力アップ
・・・脳細胞に酸素が送られることで酸欠状態の脳をリフレッシュ。集中力が高まりストレスにも強くなる。

3.美容と健康
・・・免疫機能がアップし、病気の予防・改善に効果的。また、脂肪の燃焼が高まりダイエット効果も。

というものだそうです。




にぽぽも、パソコンをにらみっぱなしの仕事ですから、目を使いすぎて、頭が痛くなりそうになったときとか、肩が張ってきたと時とか、“酸素水”なるものがよさそうな気がして、購入して飲んでいます。

     P7140198.jpg

“酸素水”もいろいろありますが、こちらは“オキシゲナイザー”(HP⇒ こちら )というもので、職場が入っているビル1Fのコンビニに売っていたもの。

にぽぽの印象としては、酸素が入っている水のほうが飲むのが楽、のような感じがします。
飲んだ後は、スッキリする、ような気もします。



だけど、実は、もやもやとした疑問も。

ボトルの蓋を開けた瞬間に、空気中に酸素がぶしーっと出て行ってしまうのではないかと(笑)


さらに、科学音痴のにぽぽの大いなる疑問。
水はH2Oなんですよねぇ。
水素が2つと酸素が1つで水。

そこに酸素を36倍いれたら、H2O36になってしまって、水じゃーないのではっ(汗っ 汗っ)!!


とわめいていたら、職場の男子から、「結合じゃなくて、だた酸素を充填してるだけだから、水は水でしょ。」






ふーーーーーん、そうなんだ?(←やっぱりよく解らない)。



そんなこんなで、“酸素水”なるものの効能や効果については、実証されている訳ではないそうですが、気分的に楽しむのには充分かなという気がしている昨今であります(^^




美味しくて、楽しい水を見つけるたびに、試してみております。
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 日々のつれづれ
genre : 日記

立会川 龍馬が世界に出会った街 その1

ども にぽぽ です=*^-^*=




ターミナル駅である品川駅で、JRから京浜急行に乗り換えて5番目の駅が立会川です。

P7080172.jpg



今日はここから土佐藩と龍馬さんをテーマにしたお散歩を開始!
すっかり龍馬伝のブームに引きずられているにぽぽですが、ここ立会川駅周辺も、龍馬、龍馬で盛り上がっております。

P7080118.jpg



駅を出ると、正面すぐに立会川が流れています。

P7080170.jpg

高度成長期に水質が著しく低下しヘドロまみれの川になってしまっていたのですが、地下水を立会川に流し込み、川の浄化を行ったところ、2003年2月には、数十万匹のボラの大群が東京湾から遡上し、川面が見えないほどボラであふれたことがありました。
かなりニュースにもなったので、記憶がある方もいらっしゃるかな?


江戸時代、ここ立会川付近には、土佐藩邸下屋敷がありました。
さらに立会川が海に注ぎ込む辺りには、土佐藩抱(かかえ)屋敷があり、ペリーが来航した嘉永6(1853)年に、幕府は各藩に湾岸警備を命じ、土佐藩は下屋敷を警護するためにも、翌嘉永7(1854)年に大砲8門を擁する浜川砲台を完成させました。

土佐藩邸下屋敷
(クリックすると地図は大きくなると思います。)

当時江戸で剣術修行中だった19歳の龍馬さんも、藩の命令で砲台の警備あたることになったのです。


まず、土佐藩下屋敷に行ってみましょう!

P7080119.jpg

R15(第一京浜)を越えたところにある“立会川西商店街”が、土佐藩邸下屋敷の門があった辺りだそうです。



P7080129.jpg

この方向にずーっと・・・

P7080122.jpg

浜川中学校のあたりまで土佐藩邸下屋敷だったんですね。

P7080124.jpg

そういえば、この浜川中学校の裏手あたりに、にぽぽが就職した会社の研修センターがあって、入社した年の4月から6月まで新入社員研修で通っていたことを思い出しました。
なんと、研修センターは土佐藩邸下屋敷跡にあったんだわねぇ~、22歳のにぽぽは全く知らなかったし、知ってても興味もなかったと思うけど。

立会川は、“にぽぽゆかりの地”で、“おかえりなさいにぽぽさん”で、龍馬とかぶってるじゃん♪(←全国の龍馬ファンに袋叩きにあいますね、どうもスイマセン)




土佐藩邸下屋敷から浜川砲台に向かって、歩いてみます!

P7080130.jpg



商店街は、龍馬!

P7080133.jpg


龍馬!!

P7080164.jpg

     P7080163.jpg


龍馬さんの像までも~っ!

     P7080132.jpg

この像は、2004年に高知市から寄贈されたものだそうで、強化プラスチック製。
なんと、車輪もついていて、移動可能だそうです。


さらに龍馬!!!

     P7080162.jpg


龍馬さんにちなんだお蕎麦やラーメンも。

P7080161.jpg

P7080159.jpg

商店街のお店が途切れて、T字路になった道が旧東海道です。
砲台警備に着く前に、腹ごしらえといきましょう!



旧東海道沿いに建つ“吉田家”は、安政3(1856)年創業のお蕎麦屋さんです。

P7080149.jpg

創業を安政3年としているのは、それ以前の資料が見つかっていないからだそうで、もしかしたら、龍馬さんが砲台警備をしていたときにも、営業していたかも?!
龍馬さんも、お蕎麦を食べたかも?!

と、楽しい妄想をしながら、まずは“京にしん”を肴に生ビール!

P7080150.jpg



この“京にしん”が美味しくて、ビールを飲むのを忘れて半分以上食べてしまった(笑)。

P7080151.jpg



お蕎麦は、“龍馬せいろ”を注文しました。

P7080152.jpg

“鴨せいろ”の鴨のかわりに“軍鶏”を使っている訳です。



ここのお蕎麦は、つなぎを使わないそば粉100%で手打ちした、打ちたてを出してくれているのだそうです。

P7080153.jpg

老舗の名につられて行ってみたら、思ったほど美味しくなかったという経験もありますが、ここのお蕎麦はほんとーーーに美味しい。



P7080154.jpg

葱と軍鶏の焼き加減は、焼き鳥専門店の品といってもいいぐらい絶妙!
カツオ風味の汁が、質のよい鶏の脂でトロリと独特の甘味が加って、もーーー、お蕎麦に絡んだらたまらんですよ。

満足です~♪


そば湯も、1杯目を飲んで、その美味さにビックリ!
思わず入れ物の蓋を開けて、そば湯の濃さを確認してしまいました。

P7080156.jpg

見て~!!
この美しい白濁!!

蕎麦汁と割って3杯目。

P7080157.jpg

茶道の作法で、手の平にとった器を回してしまいそうになる程、品格を感じるそば湯でした(←大げさ)



吉田家のお蕎麦にすっかり感動、お腹もぽんぽこで大満足のお散歩でした。
あれ?

浜川砲台を見に行く本来の目的をハタ!と思い出した(汗っ 汗っ)





と、いうことで次回に続きます~!
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 東京23区
genre : 地域情報

立会川 龍馬が世界に出会った街 その2

ども にぽぽ です=*^-^*=




P7080158.jpg

吉田家を後にして、旧東海道を戻ります。



立会川にかかる浜川橋のたもとから、川沿いに家が建ち並んでいる辺りに、土佐藩抱(かかえ)屋敷があったと思われます。

P7080147.jpg

幕府への“差出”によると、その広さは869坪だったようです。
ぜんぜん広さがピンときませんが・・・(^^;



抱屋敷とは、土佐から送られてくる物資の荷揚げ地であり、立会川から荷を陸上に上げていたのだそうです。
その突端に、砲台が築かれたそうですが、

P7080137.jpg

なんと、この先に黒船が見えるがかっ?!(←いきなり土佐弁 笑)



P7080138.jpg

こ、この先に・・・・っ!





P7080141.jpg

なんだこりゃー!!
埋め立てが進きしまって海がないぜよ~il||li _| ̄|〇 il||liガクッ



当時の面影はないがでが、宅地造成が行われた際に、浜川砲台に使われたとみられる敷石が多く見つかったそうやか。

P7080139.jpg

見つかった砲台の石は高知市に送られ、2004年に品川区と高知県は姉妹都市になったがやか。
これを記念して、前回出の龍馬像が高知市から品川区に送られたという訳やか。

     P7080140.jpg




かつては此処が江戸湾の海岸線で、黒船来航を迎え撃つ最前線の拠点であり、武士ばあでなく、4万人以上の農漁民も警備に携わったといわれちゅうが。

P7080143.jpg



運河に係留されちゅうのは、東京湾への釣り舟やか。
それにしたち、見事に海が埋め立てられて、今や運河くじゅうてしもうた(運河になってしまった)が、黒船は砲台から約6kmの位置にあったにかぁーらん(あったらしい)。
ぼっちり、ビルがこじゃんと建っちゅうあたりかぇ?(ちょうど、ビルが沢山建っているあたりかな)?

P7080144.jpg




めっそうの景色の変貌にビックリしたけど、なかぇか楽しいお散歩ができちゅう。
立会川駅ねきのパン屋さき、お土産をこうちゅう。

P7080171.jpg




龍馬の足跡パン

P7080173.jpg

右足がクリームパン、左足がアンパンやか。
左足が売り切れちょったが、こじゃんと残念(涙)



そのかわり、“お龍さんのおっぱいパン”をこうちゅう。

P7080174.jpg

中味は、ミルククリームで、甘もうてやりこ~い(やわらかい)パンじゃったが!



土佐弁への変換は、こちら↓を利用しました♪
        4351ryoma.gif


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 東京23区
genre : 地域情報

上野 不忍池の蓮

ども にぽぽ です=*^-^*=




この時期の不忍池で満開になるという蓮の花を目当てに、やってまいりました!

050.jpg



縄文時代にはこの辺りは、東京湾の入江であったのだそうです。
その後、海岸線の後退とともに、取り残されて池になったと考えられていて、15世紀頃にはすでに“不忍池”という名で呼ばれていたそうです。

041.jpg




寛永2年(1625)年に、江戸幕府によって、西の比叡山延暦寺に対応させて寛永寺が建立されました。
時の将軍は、徳川家光です。
寛永時の開祖である慈眼大師・天海が、不忍池を琵琶湖に見立て竹生島になぞらえて弁天島(中之島)を築かせ弁天堂を作りました。

038.jpg



当初は船で渡る島だったそうですが、寛文12(1672)年に東に向かって石橋が架けられ、徒歩で渡れるようになりました。
徳川家綱の時代です。

     036.jpg



不忍池の蓮が有名になったのは享保の頃(1716~36年)、徳川吉宗が将軍だったの頃からだそうです。

     040.jpg

037.jpg

043.jpg
     


享保17(1732)年に刊行された江戸の地誌『江戸砂子』にも「湖水浪しづかにして、紅白の蓮王を吐きて旭をむかヘ、葉は水面を覆ひてただ芝生の如し」と書かれています。

039.jpg



江戸時代の池畔には60軒もの料理屋が並び、レンコン料理や蓮飯を食べさせたそうです。
蓮飯というのは、蓮の巻葉を小さく刻み、温かい御飯にまぜたうえ、大きな蓮の葉に盛ったもので、風流さが江戸っ子に喜ばれたとか♪

蓮飯食べてみたいわ!

     051.jpg



また、上野御門主から将軍家にレンコンが献上される習わしもあったそうです。
今はレンコンを採ってはいけないんですって!
もったいない・・・池の底にはレンコンがゴロゴロしているでしょう。



不忍池の周囲には、いろいろな碑がありますが、“駅伝の碑”というものがありました。

044.jpg

「駅伝の歴史ここに始まる」と書かれた碑文によれば、日本最初の駅伝は、大正6年(1917)4月27日から29日の三日間に渡り開催された東海道駅伝徒歩競争だそうです。
京都・三条大橋をスタートし、上野不忍池の博覧会正面玄関がゴールだったそうです、そんな駅伝、見たい気もする♪



蓮の花が見ごろのこの時期、不忍池では“上野夏祭り”も開催されていて、その時々でいろいろなイベントが開催されています。

     046.jpg



にぽぽが訪れたときには骨董市開催中。

047.jpg

開催・・・・中?
まだ午前中だからか、お店準備中のようです。
ゆる~い空気感が漂っておりました。

048.jpg




いやいや~、それにしても灼熱の太陽、暑いっ(><)
タオル地のスカーフを首に巻き、腕には長手袋、帽子にサングラスという完全防備で歩いていても、ジリジリ肌に紫外線が突き刺さるような気がします。

頭のお皿が乾いて割れそう、水分補給しなくては!


059.jpg

創業100年の甘味屋さん、“みつばち”さんは、日本で最初に小倉アイスを作ったお店です。
店先で小倉アイスを最中にしてもらい、食べ歩きもいいのですが、お店の中で涼むことにしました♪


もちろん、小倉アイスはかかせません。

054.jpg

アイスクリームというより、凍った小倉餡という感じで、やさしい~甘さ。



そして、氷和三昧

057.jpg

ごまアイスと、小豆がアクセントになっていて、かかっているシロップはきな粉です。
白玉やらなにやらを、お好みでトッピングすることもできます。


氷を食べて気づいたのですが、アイスクリームも美味しいのだけど、日本の夏にはカキ氷の方が、体が冷える効果は高い!




というか、こんな暑い最中にお散歩するなんて、かなり物好きだわ~。
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

theme : 東京23区
genre : 地域情報

最近の記事

カレンダー

06 | 2010/07 | 08
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリー

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

プロフィール

にぽぽ

Author:にぽぽ
東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

QRコード

QR

コメントについて

お仕事がとってもとっても忙しくなってしまってReコメできないのが心苦しく、コメントをいただかない設定にしております。

お邪魔しています♪

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。