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連休の終わり

ども にぽぽ です=*^-^*=




今年の、ゴールデンな連休が終わってしまいました(涙)
ほんとーーに

なんっっっっにもしないうちに

終わってしまった。
皆様のところにお邪魔するのも、コメントのお返しをするのも、すっかりサボリまくっておりました。
今日から復活!!できるかなーー?



実は、部屋でも片付けようかと思ってたんだけど。

にぽぽの部屋はこんなレイアウト。

にぽぽの部屋


は!っと思って、去年の5月頃の日記を見直してみたら、やっぱりこの時期に部屋の片づけをしていた(笑)
どうやら、この時期に片付けたいという気持ちに、なるらしい。
気持ちだけだけど。



にぽぽの部屋には女の子らしい飾り棚とかがないので、片付けるといってもクローゼットと押入れを重点的に活用する発想なんですけど、せっかく去年クローゼットを秘密基地に改造したものの(2009年5月26日の日記⇒ にぽぽの秘密基地 )、やっぱりクローゼットはクローゼットとして使う方がいいと思い直し、またまた押入れとクローゼットの荷物を入れ替え。


で。

DSCN8886.jpg

ちゃんとしておかないと会社に行くのに支障があるクローゼットだけの片付けはとりあえず、とりあえず・・・の状態に納めたものの、押入れの方は時間切れでざんねんな状態になっております!!


次ににぽぽのところに、お片づけの神様が降りてくるのはいつ?
来年の5月までこのままだったりして、ははは~(^▽^)




ははは~って笑ってる場合か?笑うしかない感じ~(爆)
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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theme : ひとりごと
genre : 日記

日野 浅黄色に染まる5月 その1

ども にぽぽ です=*^-^*=




風薫る5月!!

5月といえば、皆さん!!!!
土方歳三さんのお誕生日は5月5日、そして35年の生涯を閉じたのも5月11日です。
もう、土方さん一色の5月!!


ということですから、にぽぽの日記では、土方さん強化月間なう~、絶賛開催中です♪
皆様、ビョーキの感染には充分お気をつけ下さい。



毎年5月に日野市にて開催される、“日野 新選組まつり”。
今年は8,9日に実施されています。
にぽぽは昨日、お散歩がてら出かけてまいりましたが、メインの新選組パレードなどは今日らしいので、わりと街は穏やかでした。



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まずはJR中央線、日野駅からスタート!
昨日は夜まで雨で、お天気は心配でした(なんてったって雨女だし)が、見事に晴天!
風も心地よく吹く、絶好の“新選組日和”です。

ほら、空まで新選組カラーの浅黄色♪(ふつーの青空だけど)



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“新選組まつり”の幟が、延々と並んでいる駅近くの坂道をエッチラオッチラ登っていくと、“新選組のふるさと歴史館(⇒HP )があります。

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今までは年に数回、日野や新選組をテーマにした展示をしていましたが、今年の3月から通年開館することになったのです。
通年開館になってからお邪魔するのは今回初めてですが、さすがお祭期間なのでアイスクリームやお好み焼きのテントも出て、雰囲気を盛り上げてました。



入口には土方さんの写真が!

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きゃーーーーっ \(*^▽^*)/

でもって、でもって、エントランスには

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こんなの(京都の新選組屯所だった前川邸)や


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こんなの(五稜郭の箱館奉行所)があって、新選組隊士や洋装の土方さんの格好で記念写真が撮れる!
なんと無料ですよ♪


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ブーツだけがここに??
撮影の時に履くのかな・・・・?



展示は写真禁止ですので、ご紹介できませんが、日野宿の歴史や、新選組の成り立ち。
そして明治時代になってからのことなどなど、貴重な資料とともに解りやすくレイアウトされていました。
にぽぽと同じ、それ以上にビョーキの女子も沢山いました(笑)



次に向ったのは、“日野宿本陣”(⇒HP )。

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ここも、にぽぽの日記には数回登場しているかと思いますが、日野の名主であり、土方さんの従兄弟である佐藤彦五郎さんのお家。
土方さんの実のお姉さんの嫁ぎ先でもあり、土方さんは実家よりこのお家に入り浸っていたと伝えられています。

天然理心流の道場を構えていて、土方さんが近藤勇さんや沖田総司君とであったのも、この場所であったろうという事です。


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逆光になってしまいましたが、玄関を上がった部屋、ここで土方さんはよく昼寝をしていた。
もちろん、にぽぽも部屋に上がって畳に寝そべりましたとも!



日野本陣跡は幕末当時の建物ですが、現在は日野市が管理しているため、佐藤彦五郎さんのご子孫は本陣の裏手に住んでいらっしゃいます。

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“佐藤彦五郎 新選組資料館”(⇒HP )

ここはすごいの、なんのって!!
佐藤彦五郎さんは、近藤さんたちから絶大な信頼をされていたし、新選組に対しても最大の援助者でもあったので、近藤さんや沖田総司君、もちろん土方さんや永倉さんの直筆の手紙が数多く残っているのです!


特ににぽぽが虜になったのは、土方さんが使ったと伝わる龍笛(横笛)。
なんと、笛までこなすとは、どこまでも憎いお人だよ。

龍笛の、唇の部分や指の部分の漆がはげて、土方さんの息遣いが感じられる!

ぎやああぁぁぁああっ #(*≧ш≦*))#


小学校の頃、好きな子の笛を吹いちゃったあなた!
にぽぽも正にそんな気持ちでした。
ガラスケースを割って笛を吹いちゃいたかったです!!

ビョーキが高じて変態になってしまいそう・・・( ̄‥ ̄) = =3




彦五郎さんのお家から、土方さんの生家へ向かいますが、お腹減ったのでお昼!

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このカントリーホーム調のおうちは、“クレアホーム&ガーデン”というお店。
輸入アンティーク雑貨とお花を売っているのですが、ティールームでもあります。


入口はこんな感じ。

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お花は売ってます。

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ランチタイムは食事もできます。
にぽぽはお庭のテーブルにしてもらいました。

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まるで、こじゃれた高原かどこかに来てるみたいですが、新選組ビョーキ散歩の真っ最中です。




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サーモンの香草パン粉焼き(だったかな?)をオーダしました。
ふーっ♪美味しい。



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新選組カラーの空を眺め、その風に土方さんを感じながらの食事、最高です。
ただし、日焼けに注意!



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フルーツのジュレをデザートに。
本日ここで休憩といたします。




まだまだ、続いちゃうんだよ~!
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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日野 浅黄色に染まる5月 その2

ども にぽぽ です=*^-^*=





お昼ごはんも食べて、お腹もほどよく膨れたところで、再びお散歩開始です。
土方さんの生家までは、多摩モノレールの“甲州街道”から“万願寺”まで一駅区間。

DSCN8922.jpg



モノレールの下をテクテク歩いていきますが、ほとんど人とすれ違わず・・・
“新選組まつり”期間とは思えない。
気持ちよーく声を張り上げて、歌いながら歩いても大丈夫なほど。

     DSCN8923.jpg

熱唱してる時に、後ろから自転車で抜かされると、かなり恥ずかしい。
ひえっと声を一気に小さくしてみたりしても・・・手遅れ。



万願寺駅到着!

     DSCN8924.jpg



この辺りは多摩川と浅川の合流地点です。
多摩川はその昔“暴れ川”と呼ばれる程、豪雨のたびに川の流れを変え、周辺の集落に住む人々は家が流されたり、随分と大変だったようです。

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土方さんのお家も、土方さんが11歳の時に川に流されてしまったんですよ。



さて、駅から3~4分のところにある“土方歳三資料館”(HP⇒ こちら )です。

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似てるかどうかびみょーな土方さんの胸像がお出迎えしてくれます。
閉館まで30分ぐらいという時間に到着しましたが、まだまだ混んでました!
さすが、土方さんの人気はスゴイ。

DSCN8925.jpg

土方さんが着用したという鎖帷子や鉢金(額を守る為の鉄製の鉢巻のようなもの)が展示してありますが、これがすごーーく小さい!!
びっくりするほど小さいんです。
細身で顔のちょーー小さい女子なら装着可能かと思います。
現代の男子では無理だろうな。

身長5尺5寸(165cmぐらい)、当時の男子の平均身長155cmぐらいからすると背の高い人だったのですが、やっぱり昔の日本人は小さかったのだなぁ。


この時期しか展示されない、土方さんの愛刀・和泉守兼定と1年ぶりの再会を果たし、今年のお勤めも無事終了♪



日野の街にはこんな水路が多く見られます。

     DSCN8927.jpg

多摩川から引き込んだ農業用水の名残だと思うのですが、シャラシャラと水音が気持ちよいです。




“万願寺”から最後の目的地、土方家の菩提寺である“高幡不動尊金剛寺”へモノレールで移動。

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子どもを押しのけて一番前の席に乗り込む。大人気ない?

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浅川を越えて、

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高幡不動尊に到着。

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本堂前はお祭り期間だというのに随分と静か・・・夕方だから?
翌日のパレードの時には、新選組隊士の格好をした人、人、人であふれるのでしょうけど。

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恒例のおみくじを引こうと思ったら、いつもの場所が閉まっていた!!
おいおい~本当にお祭り期間なのか?!

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仕方ないので無人のおみくじを引いてみた。
結果は末吉~!!

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花は皆 ちりて
あとなき こずえには
実のらん 秋のただ
またれけり

って、おいおい~(^^;
高幡不動尊のおみくじは、なかなかいい結果がでないです。



身を正しく暮らせというお導きでしょうか、ふくちょーーっ(TT)

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にぽぽのお散歩では、高幡不動とセットになっている“あんず村”。
やっぱり寄らないと。

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夏だからか、生とおつまみのセットメニューがあった。

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うーん・・・、高校生の頃から通い倒しているお店で、ビールを飲んでいるとは。
なんとも感慨深い。


おつまみとビールをお腹に収めたら、食欲に火がつき、定番の“どんスパ”を追加注
文してしまった。

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初めて見た方へ、補足しますと、どんぶりに入っているスパだから“どんスパ”、またはうどんのようなスパだから“どんスパ”?
よくわかりませんが、20年・・・いやもっと前からある、チーズがとろ~のスープスパ。
当時としては、かなり画期的なメニューだったです。

コンコメ、カレー、トマトのうち、今回はトマトをオーダ。
うまい、相変わらず美味い!!

前回日記でもお昼を食べてたのに、よく入るなと思ってます?
これはね、小腹が空いた時用のでどんぶり小さめ“ほどほどサイズ”をオーダしてるんですよ(食べすぎには違いない?そ、そうか・・・)



久ぶりに日野をお散歩しましたが、体(お腹か?)と心に沁みた~。



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佐藤彦五郎さんが所有していた、近藤さんと土方さんの写真!(を本物そっくりに加工してあるコピー)が、今回のお土産♪




生写真を集めて嬉しがるAKB48の追っかけ男子達の気持ちが、ものすっごい理解できてしまった。
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デジャブ?

ども にぽぽ です=*^-^*=



今いるところは、こんなで、

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こんなで、

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こんなになってて、

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お昼は、こんなの食べた。

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夜ご飯はこんなの食べながら、日本酒飲んで、

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でもって、こんな夜景!

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デジャブじゃないよ~。
またまた、函館に来ております(爆)




去年の6月でしょ、12月でしょ、そんで今回。
ほぼ半年に一度・・・・・。


またかって言われそう~。




土方さん強化月間なう~、絶賛開催中です♪
で、明日も早起き。

皆様のところの行けなくてゴメンなさいっ!
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函館 2010年春・一日目 函館に到着

ども にぽぽ です=*^-^*=





と、いう事で、東京に帰ってまいりました!
予想通り、皆様にまたかっ!と呆れられつつ満喫してきた函館でございます。

ビョーキの日記で、さらに、さらに皆様を呆れさせようかと思いましたが、書く内容は昨年の6月とかぶってしまうので、ビョーキ濃度は低めで、旅日記をUPいたします(^^



にぽぽが函館に行く際に、いつも利用する、東京発10:30のANA853便で、14日の金曜日、お昼に函館に到着です。
ホテルに荷物を預けて、まず五稜郭へ!

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なぜかといえば、翌日の15、16日は“五稜郭祭”が実施されて、きっと混むに違いないとふんだからです。
“五稜郭祭”の土方歳三コンテストに出場することが、にぽぽの函館行きの目的!!
ではありません、念のため。


函館といえば、1879年創業の老舗洋食店の“五島軒”が有名です。
創業当時はロシア料理のお店だったのですが、今は函館土産の定番になるほど、カレーが人気。
今回は、五稜郭タワーにはいっている、“函館カレーエクスプレス店”でお昼にしました。

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オーダしたのは、本格欧州ビーフカレー“イギリス風カレー”です。

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お土産用のレトルトもあって、ものすごい人気のメニューです。

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よく煮込んであって確かに美味しい♪

夕食に函館の海産物をたんまり食べる予定なので、お昼は控えめにしようと・・・
思っていたけど、米粒一つ残さず、まるっと間食。

さらに、アイスクリームまで、しっかり追加してしまった。

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このクラシカルな銀のお皿といい、五島軒のアイスクリームは、コクがあって美味しいから、食べとかないと・・・と言い訳。



お会計のレジのところで、こんなもの発見!

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すごいなあ、函館観光大使に任命してもいいぐらい貢献しているよね、土方さん。



五稜郭タワーのアトリウムに降りて行き、函館の彼氏に再会。

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毎回々逆光だけど(汗)
相変わらずカッコイイ、土方像♪
(ブロンズ像なんだから、相変わっていたらコワイ!)



旅の前にチェックした天気予報では“晴れ”、だったけど・・・

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見よ!この不穏な雲。
さすが、雨女にぽぽ、本領発揮。



それにもめげず、五稜郭は桜が満開でした♪
幕末に旧幕府軍の最後の砦となった五稜郭が、国の特別史跡として、一般開放された大正3(1914)年、当時の函館毎日新聞社が、発刊1万号を記念して、10年かけて約1万の桜の木を寄贈したのだそうです。

長い年月で枯れてしまった樹木もあり、現在は約1600本の桜が見事に花を咲かせておりました。


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ソメイヨシノが中心だそうですが、にぽぽのイメージのソメイヨシノとは随分枝ぶりが違っています。
厳しい寒さに耐えるためにこうなったのか、きゅ~っと縮めた枝にへばりつくように花がぎっしりとついているのが印象的でした。




その後ベイエリアに移動して、かさばるお土産のお菓子類をざくざくと自宅に送り、レンタカーを借りる手配なんかしていたら、あああ!っという間に日暮れ時、もう夕食の時間。



にぽぽの函館旅のレギュラー、うに村上へ。

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このお店のうには、ほんとーーーーーに美味しいと思う。
看板のうにだけじゃなくて、他のお料理も、どれを頼んでもはずれがない!
さらに、お店の方も、ものすっごく感じいいのです。


お通しと、まずはサッポロクラッシック!

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活イカの入荷があったので、すかさず注文!

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函館といえば、“イカ”だもの。
この時期の旬はヤリイカ。
ヤリイカの肝は半透明なのよ~♪
さすが活だけあって、お醤油にちょんとつけたら足がにににー!って動く。
コリッコリの身もたまりません。


これまた今が旬の“ぼたんエビ”

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ぷっりっぷりさ。
ぷっりっぷり!!
甘いしね~。



入口のところの生簀で、ゴロっとしていた巨大むらさきうにを出してもらいました。

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うに村上でも、なかなか入らない上物だそうですよ~!!
お醤油なんていらない、そのまますくって食べる。

ちなみに、右下に移っているほうのうには、定番の“うに焼”
焼くと、いっそう甘味が出て美味しいのよ。



飲み物はとっくに熱燗になっとりますが、次に出てきたのが、“うにの天ぷら”

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おぼろ昆布で包んだりの変わり衣。
抹茶塩でいただきました♪
贅沢ですわねぇ。


これは、なんだったっけなぁ・・・
つぶ貝のなんちゃらかんちゃら?

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つぶときのこ類と出汁。
すっごく上品な味付けで、宴後半のお酒がいい感じに回っているお腹にシミシミ。


で、“ホタテバター”

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すっごく身のあついホタテ!
のせてあるグリーンは天然のクレソンだって。
レモンをかけてね、定番だけど極上の美味さ。



お腹ポンポコになったところで、いい夜加減。

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不穏な雲が広がっていた天気だったけど、夜景は素晴らしく綺麗に見えました♪




2日目は、約1年ぶりの松前、江差への長距離ドライブです。
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函館 2010年春・二日目 松前へ進軍! 

ども にぽぽ です=*^-^*=





函館2日目は、なんと奇跡のような快晴!
7:00amにホテルをしゅっぱぁ~っつ。


国道228号をひた走る。
詳しい行程は去年の6月と同じなので割愛(2009年6月12日の日記⇒ 松前へ進軍! )
北島三郎さんのふるさと、知内を抜け、第41代横綱千代の山、第58代横綱千代の富士が生まれたという、横綱のふるさと福島を抜け。



北海道の最南端、白神岬に到着!

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ここまでくれば、松前の街はすぐ。
9:00am 松前到着。

まずは、北前船の交易で繁栄し、「松前の五月は江戸にも無い」とうたわれた幕末の松前を再現している“松前藩屋敷”へ。

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沖の口奉行所

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沖の口奉行書では、蝦夷地に入ろうとする者は白州で裸にされ、刀傷や入れ墨がないかを調べたのだそうです。

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こちらは廻船問屋。

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幕末当時は10~15軒の問屋がありました。
ほとんどが近江商人だったそうです。
蝦夷地で取れたニシンは肥料として、とても需要がありました。
というか、肥料にするほど大量に獲れていたというべきか。
北前船で全国に広まり、この肥料により綿花が沢山育ち、木綿が広まったんですね。

もちろん、春に旅した伊勢の木綿も、蝦夷のニシン肥料で育った綿花で作られたものなのです。



こちらは髪結。

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髷を結う専門の職人がいたのですが、髪結には待合室があり、社交場にもなっていたそうです。



漁師の家では、宴会の真っ最中?!

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こちらは、自身番です。

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土間に火がたけるようになっているのが、さすが北の地だなーって思いました。



ここで、郷土歴史家の方とお会いできて、いろいろ教えてもらいました。

新選組2番隊の組長は松前藩脱藩浪人の永倉新八さんで、長生きして新選組のことを多く語り残してくれたお人です。
そもそも永倉家は農民だったのですが、新八さんから何代目か前の娘が藩主の目に留まり、側室になったところから藩士に取り立てられていったのだそうです。


百五十石取りといいながらも、藩主の親戚筋であった訳です。
それを聞いて、新八さんが松前藩主と近藤さんを会わせることができたり、脱藩していた新八さんが、戊辰戦争が終ったときに帰藩を許されたばかりか、新政府軍からかくまわれるような待遇を受けていたのが腑に落ちました。


当時、脱藩は大罪ですから、そうそう簡単には許されるものではなかったはずなんですよ。



ここは、その新八さんが住んでいたといわれている場所。

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空き地になっていて、ちょっと古くなった看板だけが立っている・・・。
新八さんは、松前の江戸上屋敷(現在の台東区小島2丁目にあった)の生まれ、チャキチャキの江戸っ子だったのですが、明治4(1871)年になってから松前に渡っています。
それにしても、ここに住んでいた根拠を調べてもわからなくて、前出の郷土歴史家の方に聞いたところ、この場所は新八さんが松前に来てから婿養子に入った、藩医者の杉村家があったところなのだそうです。
ああ、なるほどねと、これまた腑に落ちました。

それにしても、すごくわかりにくい場所だった~(^^;

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さて、いよいよ松前城を攻めに行きましょうか。
なんだかよくわからず、松前城の天守閣についてしまった去年のリベンジの為、土方さん達が攻めたルートをしっかりお勉強してきましたさ!いざ。


慶応4(1868)年11月5日(新暦だと12月8日)、天気晴れ。

土方さん率いる旧幕府軍は、松前城と谷ひとつ挟んだ高台に建つ法華寺に布陣し、大砲を設置しました。

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法華寺は、日蓮六老僧の一人日持上人を崇敬開山とする京都本満寺末の中本山だそう。
本堂と祖師堂が並んで建っている、日蓮宗のお寺の特徴通りの建ち方をしていました。

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本堂(多分・・・笑)

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祖師堂(多分ね・・・笑)

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それぞれの建物の彫刻も屋根も、堂々たるものでありました。


こちらは、庫裡(くり)でしょうか?
(僧侶の居住する場所、また寺内の時食を整える台所を兼ねる場所のこと)

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松前の法華寺が、こんなに重厚感のあるステキな建物だったとは思いがけない事でした。
お墓参りに来ていた檀家の方がいたので話しかけると、頼んでいないのに(笑)、松前城陥落の時の事、旧幕府軍を弔ったお墓や、大砲を置いたとされる場所を教えてくれました。
いい人だった。



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大砲を置いたとされる場所に立ってみると、お城までまーーっすぐ、何の障害物もなく視界良好。
こんな絶好のポジションをよく見つけたものですね。

直線距離で400mだそうです。
当時の大砲も、結構飛んだんだなあというのが実感。



午前7時、攻撃開始!
法華寺と、そして海からは、軍艦回天の艦砲射撃で、松前勢は城に籠もることになったのですが、城の一角にある馬坂門では、松前勢が大砲を撃つ瞬間に門を開けて、撃った後すぐにまた門を閉めるという戦法で、旧幕府軍を悩ませていました。

土方さん他幹部は軍議を開き、決死隊を編成し、城に乗り込むこととしたのでした。
が、長くなったので次回に続く~!



法華寺の表参道からの眺め

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今回と次回は、ビョーキ濃度ちょっと濃い目ね♪
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函館 2010年春・二日目 桜の松前城と藩主料理

ども にぽぽ です=*^-^*=




いよいよ松前城陥落!
の前に、腹ごしらえといきましょう♪


お城のすぐ近くにある老舗の温泉旅館“矢野”さん

1_250[1]

こちらの宿では、文久2(1862)年に行なわれた松前14代藩主の婚礼の祝膳をいただくことができです。
文献から再現したお料理だそうです。
14代藩主とありましたが、14代藩主は慶応元(1865)年生まれとwikiに載っているので、多分この婚礼は天保15(1844)年に生まれている13代藩主のものではないかと思うのだけど・・・。
13代藩主は、まさに、土方さん達が松前城を攻めた時の藩主であり、城が落とされた時に、青森の弘前まで落ち延びますが、もともと病弱であり、弘前の地で喀血、25歳で命を落としたそうです。


そして、混乱で松前に残されてしまった妻は、このとき妊娠中だったのですが、土方さんの命で、松前藩の江戸藩邸まで無事に送られたそうです。



さて、祝膳に話を戻しましょう。
藩主料理はお部屋を設けていただけます。

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お料理はこちら!

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おめでたい末広がりの八品ににごり酒がつきます。
若女将が挨拶にきてくださって、お料理のいわれを説明してくれました。



まずは、松前漬けといくらのしょうゆ漬け

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松前漬けは旅館の女将の手作りだそうです。
美味しかった!


寄せ豆腐 

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京風のお料理です。
北前船で、上方の食文化が伝わったものだと言われています。
ちょっと辛子が乗っていて、アクセントになっていました。
とっても気にいってしまい、東京に帰ってきてからも、餡かけの寄せ豆腐に凝っています(笑)



あわび飯

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本来の祝膳は、スルメご飯だったそうですが、これはサービスで、松前で獲れたあわびのご飯でした。


煮物

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油揚げは、当時から保存食として食されていたそうです。



クジラ汁

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真ん中あたりにある、ふちが黒いのがクジラ。
松前の郷土料理だそうです。
松前では、今でもお正月はどの家庭でもクジラ汁を作るし、どんなにクジラが高くても必ず買うのだそうです。
捕鯨がいろいろ問題になっていますが、完全に禁止されると、松前の郷土料理が一つ無くなってしまうので、寂しいと若女将がおっしゃっていました。
ちなみに、にぽぽはクジラってあまり食べたことがないのですが、クジラ汁に入っていたクジラ、肉というより軟骨っぽいところを使っているのか、コリコリっとして美味しかったです♪



ニシンと数の子、そして果物

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ニシンと数の子は子孫繁栄を祈ったもの。
果物は、今回はオレンジがついていましたが、当時はみかんが一つついたそうです。

婚礼が行なわれたのは2月末のことで、北海道では果物がいっさい採れず北前船でも腐るため、紀州から早馬で青森までそして荒波の津軽海峡をわたり届けられた貴重なみかんだったそうです。



けいらん

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今で言うスイーツ。
鶏の卵のようなものは、中は餡子です。
汁はかなりしょっぱめの塩出汁。なんとも不思議なものですが、東北の南部地方から伝わったお料理だそうです。




お腹も満足したところで、やっとこさ、松前城に向いましょう!
前回、松前城の馬坂門を攻めあぐねていた旧幕府軍ですが、軍議の結果、彰義隊が決死隊として馬坂門を突破、土方さん率いる陸軍隊と守衛新選組が城裏側の寺町から奇襲をかけることになりました。

松前城進撃



当時、奉行所のあった場所には、松前町役場が建っています。

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町役場のところを曲がれば、まっずぐ馬坂です。

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城に向う坂と門はいくつかありましたが、馬坂は藩士達の登城路として使われていました。

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函館からのドライブ中、どこもかしこもたんぽぽが咲き乱れていましたが、ここも!
一面ステキなお花畑でしたよ♪



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見えてきたあの門!
あそこで、松前勢が鉄砲を撃つ瞬間に門を開けて、撃った後すぐにまた門を閉めるという戦法を取っていたのですが、それに対して彰義隊は、門の脇に潜み、門が開いた瞬間を狙い、決死隊として攻め入りました!



お城側からみた法華寺方面。

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砲弾がボンボン飛んできていたのでしょう。



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この門を破れば、天守閣へ攻め入るのには最短経路、寺町方面から奇襲をかけていた土方隊も合流し、門の外と内から挟まれた松前藩は大混乱に陥り、自ら城に火をつけ退散したのでした。




5月半ば、松前城は、桜祭りの真っ最中!

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石垣に砲弾の跡が残る日本最北の城も

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今は桜に埋め尽くされておりました。

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ちなみに、松前城の桜、ソメイヨシノもありますが、多くは“南殿”という八重桜です。



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松前城には、白タンポポが群生していると聞いていたので、たんぽぽといっしょに咲いているこの白い花を、白タンポ!白タンポポ!と喜んでおりましたら、
「これは時しらず」だと地元のおばあちゃまが教えてくれました(汗)




温泉旅館矢野さんでの藩主料理体験は、前日までに予約が必要です。(⇒HP )
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函館 2010年春・二日目  六花亭と龍馬さんの関係

ども にぽぽ です=*^-^*=





松前から函館に戻ったのは、17:00ぐらいでした。
レンタカーを返して、夕飯にはちょっと時間があるし・・・ということで。
12月に函館に行ったときに出来ていて、気にはなっていた“北海道 坂本龍馬記念館”に入ってみた。

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なんで函館に?
大河ドラマのブームを見越して作ったのか?!

とか思いたくなるんだけど。
実は龍馬さんは蝦夷開拓の構想を持っていたことが、北海道に記念館を作ることになったきっかけらしいです。



坂本家の家系図を(また会社で 爆)作ってみましたので、見てくださいまし。

坂本家
(クリックすると大きくなります。)



別に龍馬さんのファンじゃーないけど、一応江戸オタク、幕末オタクであるからして、龍馬さんも、薩摩も長州も基本はおさえとかないとね。



坂本家というのは、そもそも直益さんが土佐藩郷士株(武士の権利)をお金で買って、長男の直海さんを郷士坂本家の初代とし、直清さんに商家才谷家を継がせたことから起こっています。


坂本家としては3代目になるのが龍馬さんのお父さんである坂本八平さん(大河ドラマでは児玉清さんね)で、この人は婿養子だったんだね。
八平さんの息子が、長男・権平さんと、次男・龍馬さんでありました。


龍馬さんとお龍さんとの間に子はなかったのですけど、明治の世になってから、“維新の功労者である坂本龍馬”の系統が途絶える事を防ごうと、朝旨(←朝廷の命ですよ?!)により、龍馬の一番上の姉の息子が“坂本直”として龍馬さんの跡を相続しました。


龍馬さんと7歳しか違わなかった坂本直さんは、文久元(1861)年に土佐勤王党に加盟していましたが、その2年後、龍馬さんに誘われて勝海舟の門下生になりました。

よかったよねぇ、勤王党に残っていたら、命はなかったことでしょう。



その後も龍馬さんといっしょに、亀山社中や海援隊の中心人物の一人として活躍し、さらに龍馬さんの命により、蝦夷地開拓に向けて調査を行ったりしていたそうですよ。


さてさて、時は流れて慶応3(1867)年、直さんは明治政府に出仕していましたが、翌慶応4年には五稜郭に置かれた箱館裁判所の権判事を命じられました。
この10月に、箱館は榎本武揚率いる旧幕府軍に占領されてしまい、直さんは一旦は青森に逃れますが、箱館戦争にも新政府軍として加わっていたそうですよ。
(※函館は幕末当時“箱館”だったので“箱”の字を使用しました。)


この辺りの経緯で、北海道坂本龍馬記念館が函館に出来ることになったのかもしれませんねぇ。
直さんのあと、龍馬の家系という意味では絶えてしまいましたが、郷士坂本家5代目当主となった直寛さんが龍馬さんの北海道開拓の意思を継ぎ(?)、一家で高知県から北海道に移住し、北見の開拓に着手したのだそうです。



そいうことで、北海道と龍馬さんの関係を強調する“坂本龍馬記念館”、な訳・・・うーん・・・。
展示してある品は、残念ながらふーーんという感じで、龍馬さんファンならば、もうちょっと充実させてくれと思うかも。



もう一回、坂本家の家系図を見てください。
一番下に書いた、坂本家8代目の直行さんですが、山岳画家として有名な方です。
六花亭のチョコレートでおなじみの、あの絵も、直行さんの作品であります。

     DSCN9128.jpg

直行さんは龍馬さんの甥の孫に当たるわけです。
これを書きたいがために、六花亭のチョコレートを買って帰ってきた、ものずき(笑)




この日の夕食は、回転寿司~!!

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またしても、普通のおすし屋さんデビューはできなかった。
だけど、いいの、おいしかったし。

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まずは、函館地ビール。
冬に来たときにはフルーティな味わいのヴァイツェルン、“五稜の星”をオーダしましたが、今回は“北の一歩”。
柔らかい甘味のあるエールビールです。

さあ、食べるぞーっ!

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噴火湾で獲れた油子。あいなめのことらしいです。


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今が旬のボタンエビ!


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いわずと知れた、イクラ、ウニ、カニ♪


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お酒も注文。
久保田、萬寿。


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ミンククジラの入荷があったので、注文してみました。
赤身の下に脂身もいっしょににぎってあります!!
しかし、ぜーんぜん脂っぽくない、びっくり。
馬刺しのタテガミのところみたいな感じでしたよ。


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ズワイガニ~。
ちょっと脂が乗っていなかった・・・シーズンじゃないしね。


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白魚。
後味サッパリで〆~!!




また食い倒れネタで、お叱りを受けそう・・・(汗)
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函館 2010年春・三日目 歳三塚と呼ばれる岩

ども にぽぽ です=*^-^*=





いよいよ函館の旅も最終日~!

最終日の朝の恒例となっている、朝市へ!

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かなりお馴染みになったお店で買った、干物やらイカやらを実家に送り、朝ごはんは“きくよ食堂”の元祖函館巴丼。

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今回は、ミニサイズにして、カニ汁をつけました♪

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身を楽しむというより、カニの甘味が染み出したお味噌汁がたまらないねぇ!




前回は、つい、ブームに乗って龍馬さんの事を書いてしまいましたが、にぽぽのビョーキはあくまでも、スキスキ土方さんなので、戻ります(キッパリ)!!


この植物はフキ。

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ちょっと山に登ったらワサワサと、食べられる草が生えています。



これは?

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大きな葉っぱに、ぴょんと一輪だけ黒百合みたいな色の小さなお花がついてる。
見たことないお花だよ。



そんなプチ登山を楽しみつつ、見えてきました目的地。

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一度目の函館旅のときには、ここはツツジが満開だった。(2009年6.月8日の日記⇒函館市中見回り )
二度目は冬だったので、山には登れなかった。



碧血碑(へっけつひ)

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三度目の今日は、五稜郭祭で顕花された、花が供えられていたし、新選組好き・・・というより土方さん好きの人が多く函館に集まっている時期だけあって、山の中の碧血碑にはめずらしくにぽぽ以外にもうら若き女子の姿がちら、ほら。



碑の周りは、あたり一帯、若葉の緑。
そして星のようは白い花。

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毎年、毎年、そして永遠に芽吹く緑。
これぞ、まさしく“碧血”かもしれない・・・うーん、哲学的(?)
(碧血碑とは何かというと、箱館戦争で亡くなった幕府軍側の方々の慰霊碑です。
『忠義を貫いて死んだ者の血は地中で三年たてば碧玉になる』という中国の伝説に因んだものです。)



最近、新たに知ったものを見にきました。
碧血碑の裏側にあるこの大きな岩。

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“歳三塚”と呼ばれてるのだそうです。


函館総攻撃で狙撃され、即死した土方さんの遺体は五稜郭に運びこまれ、埋葬されましたが、その後、遺体は掘り出され、あちこちに隠されて、最終的に火葬して、ここに埋められたという説あり。

どこまでも伝説をつくる男だなぁ。
そういわれると、確かにいわくありげな感じがするではありませんか。




前回の旅で、最後の新選組隊士たちにスルメを捧げた(2010年1月9日の日記⇒函館 2009年冬・3日目 -その1- )、函館漁港にも寄りました。

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足元に雪がないと、海におっこちる心配もなくて、安心(笑)


この場所は、土木遺産として認定されている場所なんですね。

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“普通の函館”も満喫しに元町エリアを散策。

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お昼は、イギリス領事館でアフタヌーンティ。

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5月の函館は、とっても美しかった。

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新宿区 浪士隊結成! 試衛館から伝通院へ歩く その1

ども にぽぽ です=*^-^*=




大江戸線“市谷柳町”にやってきました。

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地上に出ると、目の前は大久保通りです。

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ここから西に向かっては坂道がすり鉢状に下がって上がる。
すり鉢の底にあたる市谷柳町交差点から再び登りになる坂道は“やきもち坂”と呼ばれていたそうです。

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この坂に色っぽい話しでも残っているのか思いきや、焼き餅を売っているお店があったからという、そのまんまの名前でありました。



やきもち坂を登り始めてすぐ、細い路地を右に入ります。

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近藤勇さんの天然理心流の道場、“試衛館”がここにありました!!

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沖田総司くん、山南さん、永倉さん、原田さん、藤堂さん、井上さん、そして土方歳三さんが居ついて、稽古に励んだり、芋のようにゴロゴロしてたりしていたんですよ、ココで!!!!!!!!!!!!!!(永遠に続く)・・・



     DSCN8805.jpg

道場跡の奥にあるお稲荷さんは、350年前からあるそうです。
近藤さんや沖田総司くんもお参りしたかもしれませんね。土方さんは・・・お参りとかしなさそう(笑)



お稲荷さんから道場跡を見た感じ。

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お稲荷さんを正面に左に入っていた路地。

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路地が低くて、周りの家の土台が高くなっている、すごい不思議な地形ですねぇ。

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このお家の石垣なんて、新しいのと古いとのいろいろありそうだし・・・。

     DSCN8812.jpg



幕末のジャーナリストで、近藤さんの道場にも出入りしたことがあるという福地桜痴氏の証言によると、試衛館の間取りは、
「前・中・後と小さな庭のある平屋建て。敷地は約100坪。
道場は30畳ばかりで、4畳半の玄関から廊下を行くと、8畳の茶の間兼周斎の隠居部屋。
その奥が、10畳か12畳の客間、廊下を右に折れると中庭があって、8畳の勇の書斎と、外に台所。
台所に繋がって建て増ししたような細長い一室(食客部屋)があった。」
と、いうことなんですが、これを絵にしてみたらすごーく変な間取りなの。

この試衛館跡、なんと有料老人ホームになるらしく、6月には工事が開始されるらしい!

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そうなんだぁ~・・・。
おばーちゃんになったら、ここに入所したいかも(爆)




さて、“ビョーキ感染注意、土方さん強化月間なう~”の5月も最終日の今日のお散歩は、この試衛館跡から文京区にある伝通院までを歩いてみたいと思います。

伝通院
(クリックして別窓で開いた画像を、もう一度クリックすると地図は見やすく拡大すると思います。)



文久3(1863)年2月4日。
京都の治安を守るために、江戸で募集された浪士隊250名は、伝通院の塔柱(たっちゅう)のひとつで、伝通院前の福寿院(ふくじゅういん)の北側にあった処静院に集められ、結成式が行われました。

その中に、近藤勇さんを筆頭に後の新選組を結成することになる面々も参加していたのです。
試衛館から伝通院まで、どういうルートで歩いていったのか、資料が残っておりませんので、にぽぽ独断で歩いてみたという訳です。



まず、やきもち坂(大久保通り)を西に、飯田橋方面へ歩いていきます。

     DSCN8818.jpg

高い石垣にはさまれた狭い坂で、すれ違うのに袖が触れ合うぐらいだったところから名づけられたそうです。
江戸時代から残る坂道です。


袖摺り坂を越えて大久保通りをちょっと先に行くと、モスバーガークラッシック神楽坂店があります。

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ハンバーガーの原点、アメリカン・クラッシック・スタイルを追求したグルメハンバーガーを扱っているモスバーガーです。

まず注文したビール!はベルギービールのヒューガルデン。
昼に飲むにはぴったり。

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期待のハンバーガーは、人気メニューの“わさび”を注文しました。

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国産牛100%、たっぷりのネギとエリンギ。
ぎゅーーっと美味しいです。

エネルギー充填完了。
はりきって歩きましょう!!


神楽坂を下って飯田橋へ向かいます。

     DSCN8825.jpg


神楽坂に鎮座しているのは、創建400年を越える毘沙門天・善國寺です。

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ここに、狛犬ではなく狛虎がにらみをきかしています。

     DSCN8828.jpg

     DSCN8830.jpg

なんで虎なのか、善國寺の説明によると、毘沙門天は寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻にこの世にお出ましになったことから、寅毘沙と呼ばれる。・・・からだそうです。



この右側の虎の像の台座に↑のような印がある。

DSCN8831.jpg

これは明治時代の測量の基準となったもので「几号高低標」または「不号水準点」とも呼ばれる、地図つくりを試みていたときの水準点に相当する標石です。

明治9(1876)年の内務省(内務卿:大久保利通)の布達では独立した標石でなくても建物、鳥居などに標示したそうで、現在では250個ほどが確認されていて、東京には160個ほどあるのだそうです。
今までのお散歩では見かけたことなかったなぁ・・・意識して歩いたら、別の場所でもこの印を発見できるかも。


その後、地図の作成方法としてドイツ方式が採用されため、日本ではイギリス方式のこの印は使われなくなったんですって。
この方式の母国であるイギリスでは現在でも使われているらしいですけど。



神楽坂を下ってぶつかる通りは、外堀通りです。

DSCN8835.jpg

江戸時代には堀だったのですが、今は交通量の多い道路になっています。



お散歩ルートはここで半分ぐらい・・・。
長くなってしまうので、一旦休憩、次回に続きます(^^;




日記の更新が遅くて、強化月間中に書き終わらなかった(汗)
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東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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