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六本木 幕末居酒屋芋侍

最近、PC(会社の)で『新鮮』と入力しようとすると、筆頭変換が“新選”となります。
そして、『中心』と入力しようとすると、筆頭変換は“忠臣”です・・・。
そのうち、語尾は“ござる”に自動変換されるのではないかと、ちょっと期待しています。

ども にぽぽです=*^-^*=



ところで、
“その店”は六本木にあります。

P2230296.jpg



六本木ミッドタウン近くの通り、この街に場違いな雰囲気の龍馬さんのポスター。

     P2230279.jpg



マジックで書かれた→地下一階の文字の通りに進めば、幕末風侍居酒屋“芋侍”

     P2230280.jpg



靴を預けて板の間に上がれば夢の世界!!

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興奮してぶれちゃったけど・・・
嫌がる(?)会社の同僚を無理やりひっぱって行ってきました。

P2230283.jpg

夜が遅い六本木ですから、にぽぽがお店に着いたときにはまだお客様は他にいなくて、写真とってもいいですか?と聞いたら、とっても感じよく「どーぞどーぞ」と言って下さいました。



嬉しすぎて変なテンションになっているにぽぽを見て、そんなに新選組が好きならばと、お店の秘蔵の写真も見せてくださった!

P2230284.jpg


近藤勇さんと写っているこの方、見にくいのでズームアップ!!

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写真は残ってていないと言われている“沖田総司”!!

えーー?!マジっ?
こんな顔だったとか言われてますけど・・・、

     okita[1]
(沖田総司の肖像画・・・)


にぽぽのイメージ通りの総ちゃんがここに!!


コ、コ、コ、コッ、(鶏じゃありません。)
「これっどうしたんですかっ?!」
と、勢い勇んで聞いたらば、詳しい事は全くわからないけどお客様がくれたんだそうです。

総ちゃんの写真があったという史実は見たことがないので、本物ではないと思いますが十分、本物!と楽しむことはできますよね(^^



ところで、このお店を何で知ったかといえば、今年のお正月、テレビ朝日の朝のワイドショーで自民党の河野太郎氏や平沢勝栄氏やらが鍋食べながら政局を語っていたんですが、その後ろに写った“誠”の旗と土方さんの写真ににぽぽ釘付け!
さっそくテレビ朝日に「今放送しているお店はどこ?!」と、問い合わせたのです。
その話をお店の方にしたら、とっても喜んでくださって、店長さんまで挨拶にきてくれました(^^



お刺身は築地で店長さん自ら仕入れてくるんだそうです。

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新鮮プリプリです。



このメニュー名は“天然理心流炒め”

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ビョーキじゃない皆様のために補足しますと、“天然理心流”とは近藤勇さんや総ちゃんの剣の流派です。
牛肉と野菜の辛みそ炒めですが、竹刀→木刀→真剣と辛さのレベルが選べます。



こちらは“五稜郭”

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盛り付けが五稜郭?
卵とシソの巻きカツです、文句無く美味しいです!

この他にも“侍カツ(マグロ)”とか“侍メンチカツ”とか“黒船来光1853”とかとか、楽しいメニューがてんこもりでした。



こちらはサービスしていただいたお椀。

P2230294.jpg

コラーゲンぷりぷりで美味しかったよ♪



お店のスタッフさんは剣道着を着ております。
道場のような雰囲気の中で幕末オタク話に花を咲かせたい!
そんなお店でございました。

P2230295.jpg

ちなみに、19:30頃からものすごい混み出しましたが、お客様はノーマルな方ばかり、にぽぽのようなオタクばかりが集まるディープなお店じゃありませんのでご安心を。

とにかく店長さんもスタッフの皆さんも、とってもとってもいい方でした♪
※後日(2015年)記 芋侍は2012年4月28日に閉店いたしました。



今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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東京 龍馬伝

ども にぽぽ です=*^-^*=




前回の日記のコメント、沢山いただきまして、いつもありがとうございます。
今日の夜にはReコメ入れさせていただきますね(コメント入れました ^^;)、おそくなってゴメンなさい。


この日はぐずついたお天気だったので、お散歩距離をコンパクトにしようと考え、都心に出没してみました。

東京駅の八重洲口です。

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右端に移っているビルはグラントウキョウノースタワー、13Fまでに大丸が入っています。
2007年に一部竣工、東京駅八重州口開発計画との連携しているようで開発全体の竣工は2013年春だそうです。

さて江戸時代、このビルがあった場所には「おぅおぅおぉ~うっ、この桜吹雪が目にはいらねーかっ!!(by『遠山の金さん』)」でおなじみの“北町奉行所”がありました。
再開発によって、説明板の位置が変わったというので探してみます。



八重洲北口改札を出ますと、正面に大丸入口。

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うっかりお買い物をしたくなるところを我慢して、左に大丸に沿って歩いていきますとトラストタワー本館に抜けるドアがあります。

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そのドアの前の下を見ると・・・・

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なんでこんなところに?
ひどい扱いだ。



あんまりなので、もう一箇所見に行きましょう。
そのままドアを出て、トラストタワーN館の脇に整備された通路へ。

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ここに工事に際して調査、発見された江戸時代の名残がひっそりと置かれています。



石積みの中でめだって大きい石が見えます。

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これは江戸時代に外堀に使われていた石。

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北町奉行所の東には寛永13(1636)年に築かれた江戸城外堀がありました。
東京駅周辺は昭和30年代に埋め立てられてしまったのですが、八重洲南口(鍛冶屋橋門)周辺で発見されたものをここに残したそうです。



さらに通路を奥に入っていきますと、北町奉行所跡。

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平成12年からの発掘調査で発見された遺構の一部が残されています。



お散歩は続きます。
線路をくぐって東京駅丸の内口に出てきました。

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東京駅丸の内駅舎は復原工事の真っ最中。
戦災時に消失した屋根と3階外壁を復原(「現存する建造物について、後世の修理で改造された部分を原型に戻す」の意で「復原」を用いているそうです。)、2011年度末の竣工が楽しみです。


有楽町方面に移動中、なにやら明治時代っぽいレンガの建物が見えてきます。

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これは2010年4月6日OPENの三菱1号館美術館です。
明治時代、政府から払い下げられた丸の内一帯は、三菱によって当時のロンドンのロンバート街のようななオフィス街に生まれ変り、“一丁倫敦”と呼ばれました。

<大正初期の丸の内仲通り>
g04p02[1]

“三菱一号館”は明治期の原設計に基づき東京・丸の内に復元・再生されたのです。

     P3030401.jpg


cafe1894が営業中なので、ここで一休み♪
歩き始めたばっかりだけど(笑)

明治期に銀行の営業窓口として使われたフロアが、カフェに生まれ変りました。

     cafe02[1]
(三菱1号館美術館HPより写真お借りしました。⇒ HPへ )

二層吹き抜けの高い天井は開放感いっぱい、オーダしたのはデザートセット。

P3030400.jpg




思わず寄り道してしまいましたが、本筋に戻って、有楽町駅の脇にあるガラスだらけの船のようなビルは東京国際フォーラム。

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江戸時代、ここにあったのは土佐藩邸の上屋敷。
嘉永6(1853)年、初めての剣術修行で江戸に出てきた坂本龍馬が、まず足を踏み入れた場所です。

ああ、やっと本題の龍馬が出てきた(:^ー^A



国際フォーラムの横を通りすぎ、またまたJRのガードしたをくぐるとそこは鍛冶屋橋交差点。

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ちょっと後ろを振り返って、見えている東京国際フォーラムのところから、目前の外堀通りの間に、江戸時代には堀があり、“鍛冶屋橋”が架かっていたと思いなせぇ(何キャラ?)

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鍛冶屋橋を堺にして向こう側は大名屋敷が立ち並ぶ武家地、こっち側は鍛冶町、大工町、畳町と名のついた町人地でした。

交差点から右に視線を移せば、北町奉行所(グラントウキョウノースタワー)も見えます。

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龍馬が修行したのは幕末三剣客の一人、千葉周作の北辰一刀流です。
千葉周作の道場“玄武館”(2008年11月4日の日記⇒ 秋葉原の過去を暴く?! )は現在の千代田区岩本町にあり、龍馬も時たま出向いて腕を磨いたといわれますが、いつも通っていたのは、“小千葉”と呼ばれる、周作の弟の定吉の道場で、土佐藩邸上屋敷から歩いて数分のここ、鍛冶屋橋付近にあったという説があります。

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今は当時を思い浮かべられるものは何もありませんけど・・・めげずに、ここから龍馬が暮らしていた土佐藩邸の中屋敷まで歩いていこうと思います。


龍馬散歩1
(地図はクリックすると大きくなります。)


が、長くなりすぎたので次回に続くε=┏(; ̄▽ ̄)┛




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銀座 龍馬伝

ども にぽぽ です=*^-^*=





今回は、龍馬が通った鍛冶屋橋付近の“小千葉”道場から歩いて十数分、龍馬の江戸での滞在先であった土佐藩邸の中屋敷に向かって歩いていきます。

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鍛冶屋橋交差点から南方向に歩いていくと、見えてくる首都高。

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現在の首都高のほとんどは、江戸時代には川だったり堀だったりした場所で、ここも昭和34年に川は埋められてしまいましたが、、架かっていた“京橋”の親柱が残されています。

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これは明治8(1875)年の石作りの親柱

親柱のデザインは江戸時代の伝統を引き擬宝珠(ぎぼし)の形。
擬宝珠のある橋は徳川幕府管理の橋でした。



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交番も京橋の親柱をイメージしたデザインになっています、バブル期予算がつきまくった時代の産物です(^^;



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京橋のたもとには、警察博物館があり、ちょっと興味を惹かれましたが、今回はスルー。





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川沿いだったはずの道を進んでいくと、横断歩道のすぐ右に高速道路入口!

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どういう発想で設計したらこんな危険な道が作れるんでしょう。
ずーっと前に歩いた江戸城(じゃなくて現皇居の皇居東苑)の乾門のところもこんなだったですけど、東京都心部にぼつぼつとこういうところがあります。(2008年11月6日の日記⇒ 江戸城へ登城ならず!!
高度成長時にとにかく急いで作ったから、細かい配慮はしていられなかったんだね、きっと。


ここもやっぱり昔は川だった訳で、

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目指す土佐藩中屋敷は、ここ。

P3030420のコピー



路地に入って、ここもやはり川のたもとであったことを偲ばせる新富橋交差点。

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角に写っている風情のある建物は大野屋總本店、安永元(1772)年創業の足袋屋さんです。



土佐藩邸中屋敷に到着。

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現在は中央区役所なのでした!
龍馬二度目の剣術修行の時にはここで、武市端山(半平太)と同宿しました。




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橋を渡らず、川・・・じゃなくて高速道路に沿って歩いて、もと来た有楽町方面に戻ることにします。


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ふわわ~んと鼻腔をくすぐる甘い香りは沈丁花でした。



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土佐藩邸中屋敷もとい、中央区役所を見返りつつ、亀井橋、祝橋と過ぎていくと正面に見えてくるのは大正14(1925)年、新橋芸妓の舞踊育成のために開場した新橋演舞場。

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そこまで行かず万年橋西の交差点を曲がってまっすぐ行くと右手に見えてくるのは歌舞伎座。

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4月までの「さよなら公演」が終ると、高層ビルへと建て替えられることになります。



歌舞伎座のある三原橋交差点にある大野屋さん。
新富橋のところにあった大野屋さんの出店?なのかな??

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店先でハンガーにかかっているのは綿入り半纏!
ほとんど銀座の中心地に近いこの場所で、こんな小さなお店で営業してるなんて驚いた!


ほんとに目と鼻の先は銀座和光や鳩居堂のある、一等地ですからね。

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放送中の大河ドラマ“龍馬伝”、劇中で龍馬が闊歩している“江戸”はまさに銀座!なのでした。




待ちかねたお昼は、木村屋で!

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明治2年、現在のJR新橋駅付近で開業し、今年で創業140周年です。
明治天皇に献上されたことで有名は“あんぱん”は後でお土産に買うとして、3Fにあるグリル木村屋へ。



ビーフシチューを注文♪

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ああ、文明開化の味がする~♪

パンは選び放題、食べ放題。
オリーブが入ったのと、クルミとチーズが入った食事パンを選びました。

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あんぱん以外の食事パンもいけますよ(^^



お土産にあんぱん・・・

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売り場はすごい人だけど、がんばって買います~!!



龍馬散歩2
(地図はクリックすると大きくなります。)


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遠山の金さんと龍馬の有楽町で逢いましょう♪

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今回も龍馬伝の続きといえば、続きです。

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木村屋でお腹ぽんぽこになった後、正面に見えて来た有楽町マリオンを抜け、最後の目的地、有楽町駅の中央口に向かいます。




 ♪あぁなたぁを待てばぁ~、雨がぁ降るぅ~

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と、フランク堺(←間違えた、修正~っ!)フランク永井さんが歌っていた時代の有楽町の面影はなく、2007年に再開発工事が完了した有楽町駅前の駅前広場。
江戸時代、イトシアプラザの辺りにあったのは南町奉行所です。

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再開発工事に先駆けておこわなわれた調査で発掘された遺構の一部がオブジェのように置かれています。

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人通りの多い中でこれを写真に撮るのは、さすがのにぽぽもちょっと恥ずかしい・・・。




さらにイトシアビルの地下に行きますと、待ち合わせにちょっと座れるようにと置かれている気の利いた石のスツール。

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これも南町奉行所の石垣を利用しています。

実は、この写真の写っていない右側では、カップルがいちゃついており、全景の写真を撮りたいにぽぽ、どけどけ~と念力を送ってみたのですが、二人のラブラブ周波には勝てませんでした。
なので、半分。ちぇっ。



     P3030453.jpg

こちらもベンチに加工されていますが、書物用の穴倉(倉庫)です。

こんな感じで出土したそうです。

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ここからは、「大岡越前守様御屋敷」と書かれた札なども出土したそうです。

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歩いた距離はそれほどでもないのですが、ものすごい文字の多いお散歩になってしまいました。
おしまい。



ではありません!!(げげ、まだ続く?!)

南町奉行といえば、加藤剛さん。
・・・じゃなくて大岡越前がイメージされますが、遠山の金さんも南町奉行だったことがあるのです。北町奉行より南町奉行を勤めていた方が長かったりします。


先日、手持ちのお江戸資料本をぺらぺら眺めていたら、遠山の金さんこと、遠山左衛門尉景元が北町奉行に就いたのは天保11(1840)年頃だ書いてある。
天保11年といえば、坂本龍馬5歳です!

龍馬が江戸にでてきたのは嘉永6(1853)年の19歳の時。
金さんはこの時、北町奉行の後に就いていた南町奉行もすでに辞していたので、残念ながら二人の♪ゆぅらくちょぉで~あいましょぉ~は実現できなかったと思うのですが、金さんは安政2(1855)年まで存命でしたので、もしかしたら、龍馬とすれ違うぐらいの事はあったかも?かも??

TVの時代劇のせいで、大岡越前と水戸のご隠居と遠山の金さんは同じ時代の人のような感覚だったけど(笑)、意外に金さんは江戸末期に生きてた方だったと気づいて、今更ビックリしたのでした。


ちなみに、龍馬は天保6(1835)年11月生まれ、忘れちゃいけない!土方さんも天保6(1835)年5月生まれ。
同級生(^^


今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
今度こそ、本当におしまい。

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お土産で買った木村屋のあんぱん。
手前はさくらあんぱん、奥はイチゴあん♪

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メモリーズ

ども にぽぽ です=*^-^*=




新しい家族が増えました?!


じゃん♪

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生後3ヶ月ぐらいのポメラニアンです。



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なんちゃって。
これは、今から15年ぐらい前の、うちの若ちゃんなのでした。
こまいぬさん(ブログ⇒ まぁるい抱っこ )のところのルンナちゃんとフルルちゃんは、若ちゃんの小さい頃によく似ているなぁ~って思っていつもお邪魔しているのですが、どうでしょう?似ていませんか?



若ちゃんを飼いだした頃はまだPCも無かったし、もちろんデジカメもなかったんだよなぁ~。
フィルムのカメラでにぽぽカメラマンがパシパシ撮っていた写真を、やっとスキャナーで取り込んだので、お披露目ししゃいます(^^

親ばか(飼い犬ばか・・・)。



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生後9ヶ月ぐらいで、前脚骨折。
家の中ではしゃいで、勝手に転んだ!
3週間ぐらい入院してたんじゃなかったかなぁ、たしか。
病院から帰ってきたら、顔つきが荒んでた(笑)
あれからか?性格が悪くなったのは・・・・。



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脚もすっかりよくなって、またしてもヤンチャ振り再発。
今はボロボロのタヌキちゃんでよく遊んでました。



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4歳のお誕生日。
当時はワンコ用のケーキとか、そんなのは普及していなかったんじゃなかったかなぁ。
不二家のイチゴショートでお祝い。
もちろんケーキはにぽぽが食べました(=^^=)



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雪にも負けず、お散歩ダイスキなのは、今も変わらず。

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若ちゃんの足あといっぱい。



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多分2000年頃。
5歳になった夏頃かな?
ちょっと毛を短く初めてサマーカットにしたんだ。

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傘を見つめる後姿、なんとなく叙情的?



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ガラス障子のところに背中をくっつけて寝るのかスキ。
邪魔っ!!

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肉球フェチのにぽぽなので、足の裏を撮った写真が多い。



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これは、イタズラしてにぽぽママにすごーーーく叱られた時。
和室のテーブルの下に逃げ込んだのをにぽぽが追いかけて撮った写真(笑)
フラッシュ使ったので目が赤くなっちゃった。



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2001年1月21日
もんのすごい大雪で、1mぐらいの若ちゃん雪だるまが作れた!
もちろん、にぽぽの力作。



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若ちゃん6歳ぐらいの時の子どもの日。
にぽぽの折った冑をむりやりかぶらされている、いろんなことさせられてますなぁ。




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これは若ちゃんじゃないけど(汗)
当時にぽぽはハムスターを3匹飼ってて、そのうちの1匹。
なぜかいつも回転車の後ろに挟まって寝ていた。
彼(む~ちゃん、オス)の安眠スタイルだったらしい。



ぎゃーっ!

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にぽぽが会社から帰ってきたら、こんな姿になっていた(泣)
若ちゃん10歳ぐらいの姿。

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ラスカル1、2号がいるから、これは、間違いなく若ちゃんです。
あまりに斬新なカットすぎて、しばらく見るたびに驚いてしまった。



このカットの後、ほとんど1年中柴カットが定着したのです。


若ちゃんの15年間の写真を見返してたら、その年月の長さにびっくり。
現在95歳のおばーちゃんも若いし、にぽぽ父母も若いし、もちろんにぽぽも若い~!
ワンコってずいぶん長い間をいっしょに過ごしてくれるんだなぁって改めて感じちゃいました。

若ちゃんの事、大事にしなくちゃなぁ~(^^




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乙女なwebライフ

ども にぽぽ です=*^-^*=





新しい事をやるのに、年齢なんて関係ないわっ!!

が、信条だったのですが。



関係あるね。



集中力がねぇ~、続かないの。

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とはいいつつ、のろのろと、DTP版のIllustratorの課程を修了し、次回からwebデザインに進みます。
用意してきてねといわれたもの。

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メガネのレンズより小さいこの四角い箱。
ラメがかった紫にピンクの薔薇~。


これUSBメモリーなんでございます。
ほらね!

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こんなに乙女なのに4GB。
しかもBUFFALOの製品。


やるもんだよね(^^




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うましくにのうましにく

ども にぽぽ です=*^-^*=





美味し国、三重県に来ておりま~す!
お昼に松阪到着しました。

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松阪といえば?

松阪牛!



美味しく食べさせてくれるお店も沢山あります。
こちらは創業明治35年の“牛銀本店”

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建物もさすがの貫禄ですね。


松阪の街、一般のお家もお店も、ぜーーんぶこんなお飾りがついてます。

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この辺りはお正月だけじゃなくて、1年中つけておくのですね。

松阪肉のすき焼~っ!
イザイザ♪♪



と、行きたいところですが。
旅心を抑えきれず出かけてきたものの、今月はお財布がぴーぴーしているの(泣)

もうちょっとカジュアルに、洋食屋牛銀。

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有名なお店なので、ものっすごい待ち。
行列も待つもの嫌いなのですが、辛抱して待ち続けること3~40分。


松坂牛のランプ(モモ肉)のステーキ定食♪

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ジュジュジューーーーーーッ

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うまいよ、うまい(><)
しっかりしたモモの肉は噛み応えもあるけどやらかい。
脂も美味しいねぇ、大満足♪



お腹ポンポコで、城下町、松阪の探検に出発です!

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今回は新選組も土方さんも関係ないよ、多分(笑)




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松阪 城下町の松坂

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連休をまったり過ごしてしまい、更新するのが遅くなってしまいました(^^;
さて、時間を松阪牛を食べた直後まで戻しまして・・・

駅前の観光案内所で借りた自転車ですーいすいとサイクリング開始です。


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三重県の松阪という町は、天正12(1584)年、豊臣秀吉により松ヶ島十二万石に封じられた蒲生氏郷という武将が、天正16年、四五百(よいほ)の森に城を築き、この地を「松坂」と名付けたことに始まります。

 氏郷の開府以来使用されていたのは「松坂」で「まつざか」とも「まつさか」とも呼ばれていました。
「大坂」が「大阪」に変更されたこともあり、明治22((1889)年の町制施行の際に「松阪」に統一され、呼び方も「まつさか」に統一されて現在に至っています。


↓この方が蒲生氏郷
蒲生氏郷


氏郷は弘治2(1556)年に滋賀県蒲生郡日野町で生まれました。
松坂の町づくりに当たり、郷里や伊勢の大湊などから商人を招き、商業による町の繁栄に意を注ぎ、後の“商都松坂”の基を築いたそうです。

一生懸命、お城を作ったのに2年後の天正18年には、またしても会津に移封!!
これは東北にいる佐竹氏や伊達氏などの力のある武将ににらみを効かせるためで、松坂12万石から会津92万石への昇進ではあるのですが・・・。

会津で築いたのが、にぽぽの大好きな会津若松城!!
そして幕末、会津藩は・・・ってまたもやビョーキ暴走しそうなので自粛しますけど。



ということならば、まずは松坂城に行かねばなるまい。

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お昼を食べた牛銀からほんの5~6分もペダルをこげば、石垣が目の前にそびえて迫ってきます。


大手門へ続く登城路です。

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坂はとても急で、よいしょ、よいしょって感じですけど、石垣が重厚で素晴らしい雰囲気なのです。

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大手門跡を入ったところ、さらに高くなっている場所が本丸跡です。
まだ細い桜ですけど、花盛り。

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やっぱり桜色は青空に映えますね~♪



月見櫓跡から見下ろす現“松阪”の町並み。

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戦国の頃はどんな景色はひろがっていたのやら。



せっかくなので、本丸跡にも登ってみます。
特に柵がされていないけどここ登っていいのかな?

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昔の石段は蹴上げが高い・・・高所恐怖症だし、ゆるい階段の方に回りましょう、そうしましょう。

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本丸跡です、なにもありませんが・・・。

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松坂城址の敷地内にある“松阪市歴史民俗資料館”には、お城の門の前でお侍さん達が写っている写真が沢山展示されていたので、明治の初めまでは建物も残っていたのかもしれません。
明治政府の『廃城令』で壊されてしまったのかな?
今思えばもったいないことです。



お城の裏手になる搦手門側です。

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蒲生氏郷という人は、幼い時に織田信長に人質として差し出されていたのだそうです。
このお城を作るにあたっては、信長の安土桃山城を築いた職人もこの地に多くつれてきて、松阪城の築城にあたらせたのではないかなと思うほど立派な作りです。



搦手門の門前には御城番屋敷という武士の組屋敷(長屋)が残されています。

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時代は下って、江戸末期。
松坂城の警備を担当する紀州徳川藩士とその家族の住居として、文久3(1863)年に建築されました。

文久3年といえば・・・・
土方さん達が江戸から京に上った年ではないかーーーーっ!
はっ、出たビョーキ。
いやいや、ビョーキは自粛して、御城屋敷の話しです。

この御城番屋敷が建てられるまでにはちょっとした労働闘争のようなものがあったのです。

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そもそも、御城番紀州藩士の家柄は、徳川家康の先鋒隊であった蜂須賀党という人たちで、家康の息子である初代紀州藩主・頼宣の家臣でありました。
藩命により、有事には紀伊田辺の安藤家に助勢するように田辺に遣わされていたのですが、安政2(1855)年に突然、安藤家の家臣になるようにと言われてしまいます。

藩主直属の直臣から陪臣(藩主の家来の家臣)となることに抗議したのですが認められませんでした。
安藤家の家臣に下ることをよしとせず、浪人することを選びます。

浪人してからも、直臣復帰の望みを捨てず、帰藩嘆願を続け、文久3年に直臣としての帰藩を果たし、安藤家から離れた土地であり、紀州藩管轄地でもある松坂城の御城番として迎えられることになったのでした。


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せっかく直臣の身分に戻れたのに、武士の世は終って明治になってしまうのですよねぇ。
ですが、この御城番の方々、すごいことにせっかく勝ち取った武士の誇りの象徴であるこの屋敷を守っていくため合資会社を設立、今でも直系子孫がこの屋敷の維持管理を行っているのです。
そのうちの1戸を松阪市が借り受けて一般公開されています。

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向かって右側は内玄関、右側が式台で正式な玄関となりますね。

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式台から覗くと田の字に座敷があります。

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間取りはこうなってます。

御城番屋敷
クリックすると図は大きくなります。



内玄関を入ると通り土間。

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かまどの上を見ると穴が開いてます~!
煙を出すためのものですね、雨の日はどうするのかしら・・・。

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通り土間の向かい側、勝手口というのかな?
ここに流しがあって、水ガメもおいてありますね。

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この流し、見えますか?

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右上のあたりに排水口があるんです。


で、流される水の行方はといえば外側、

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こんな風になってるんですよ~!!
江戸時代のシステムキッチンって感じ。
便利に、便利にって、いろいろ工夫したことが
今につながってきているんだなぁってシミジミ感じたりしましたよ。



松阪の街並みは、今でも通りがまーーすぐじゃなくて、隣の家が道路側に出っ張っているんです。

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これは、敵が攻め込んできたときに備えて、人が隠れることが出来るようにしてあるんですね。
戦国時代の街並みの名残だそうです。


見れば見るほどた~のし~!!!
ほどんど平でサイクリングも快適♪

次は“商人の街の松坂”を見に行きたいと思います!




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松阪 「越後屋、おぬしも悪よのぉ~」

ども にぽぽ です=*^-^*=





前回は、戦国時代の名残を見せる松坂にスポットをあてたお散歩でしたが、今回は商業都市、松坂を歩きたいと
思います。



こちらは長谷川家、松阪を代表する江戸時代の豪商の一つです。

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前回も書きましたが、幼い頃に織田信長に人質としてさしだされていた蒲生氏郷でありますが、この方なかなかの器だったそうです。
信長のいいところはきちんと受け継いで、松坂の町づくりにも“楽市楽座(商人を集中させるための減税)”を導入したそうです。

そして出身地である近江の日野市からも商人を沢山連れてきて、経済的にも発展させる素地を作ったのです。
江戸時代に江戸の名物といわれたのは「火事・喧嘩・伊勢屋・稲荷に犬の糞」なのですが、この“伊勢屋”を名乗ったうちの多くは松坂の商人だったようです。



こちらは江戸時代天保年間に出されたの所得番付表です。

クリックすると図は大きくなります。
     番付表
<松阪商人の館の観光パンフレットより>

江戸時代にはなんでもかんでもお相撲の番付のようにするのが流行ったらしいのですが、この中でも“伊勢”の字は目だちますよね。

表の真ん中は別格扱いの高額所得者なのだそうで、ほとんどが延暦寺とかお寺さんの名が載っていますが、下側の赤丸にご注目!
堂々と“伊勢 三ツ井”の文字が!!

呉服商越後屋(後の三越)に始まった日本最古の財閥、三井家も松坂の出身だったそうです。

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三井家跡の看板はあるものの、公開されている建物はなく、その広大な跡地の一角は“松阪もめん手織りセンター”などになっています。

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もともと日本の庶民は“麻”しか着るものがなかったのですが、室町時代に中国から綿花が入ってくると、古代から受け継がれてきた紡織の技術と結びついて、たちまち木綿織りが盛んになったそうです。

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江戸時代には、松坂商人が売りさばいたのと、伊勢参りのお土産として全国に広まったので、“松坂もめん”は当時の江戸庶民の人気ブランドだったそうですよ。

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こちらは“松阪商人の館”として公開されている建物。
上にUPした番付の左上の赤丸をつけたところに登場している小津家です。

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紙問屋であった小津家、今でも日本橋の社を構える和紙や不動産で有名な“小津グループ”の源流です。
今でも大企業として存在しているんですよ、すごいっ!!



入口で入館料をお支払いするとそこは大きな土間!
間取りはこんな風になっていますけど、とにかく広~いっ!!

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伊勢参りの人たちを泊めたりしたこともあったようで、釜なども大人数分をまかなえる様になっているそうです。

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全体の間取りはこんなです。

クリックすると図は大きくなります。
商人の館間取り
<松阪商人の館の観光パンフレットより>


奥見世の間の廊下からお庭を見たところ。

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表座敷の欄間、すごい斬新というか大胆というか?!

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奥座敷を出たお庭越しに見る内蔵。

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内蔵の扉、すごいですよねぇ。

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蔵の中は撮影禁止なのですが、2階建てで貴重な資料が沢山展示してありました♪



通り土間をでたところには井戸がありました。

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これだけ大きくて立派な井戸を個人で持っていたんですものね、その財力の凄さがわかる!



井戸からまた通り土間の方を見るとなんか紐が結んであるのに気づき、何かと聞いたら案内していろいろ説明してくださったおじいさんが紐をとって操作してくれました!

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竈の上!
御城番屋敷にもあった煙を抜く天窓なんですけど・・・

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紐をするすると手繰っていくと、

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なーんと!天窓が閉まりました!!

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なるほどー(^^
こんな立派な仕掛けがあったらこのお屋敷は雨の日でも土間は水浸しになりませんね!




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小津家の前の通りは、かつて大勢の伊勢参りの人々が通った参道だったのだそうです。




松阪を後にして伊勢市に向ったにぽぽの夕食。

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海の幸を食べながら地ビールを楽しもうと決めていたお店が、ホテルを出て1時間以上探してもなぜか見つからず、たどり着けず(泣)

もういいやとあきらめて、通りに見かけた炉辺焼きのお店は貸切で・・・
日も暮れて真っ暗になってきちゃうし、おなかは減るし泣きそうになりながら街をさ迷ってたどり着いたこのお店。

河崎2丁目食堂(ブログ⇒こちら)
女性オーナーが切り盛りするステキなお店でありました(^^

長芋と温玉のサラダ 金山時味噌ソース

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金山時味噌って言うのがねー、初めて食べたけど美味しいのです。
甘味があって、大豆がほこっと残ってて、それに温玉がトローっと絡んで山芋のシャキシャキでなんとも美味しかった~!


プリプリ大海老フライ タルタルソース

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伊勢に来たんだから伊勢えび狙いだったんだけど、その代り(笑)
いやいや、大きな海老だったー!


たこめしの出汁茶漬け

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おにぎりにしてあるたこめしがちょっと焼いてあって、出汁とのバランスが絶妙!
お腹にしみました。



あったかいお店だったですよ♪元気デター!

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さあ、明日はお伊勢さんだ!

伊勢神宮で、ものすごいいいもの見れちゃいましたよ!乞うご期待!
・・・とか言って、更新のスピード遅いですよね、スイマセン(^^;




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伊勢 伊勢神宮の外宮を歩く

ども にぽぽ です=*^-^*=





「伊勢に行きたい伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも、ヤートコセーのヨッコーイナ♪」

江戸時代、庶民が一生に一度は言ってみたいと憧れた地が伊勢です。
伊勢参りの大ブームが起こったときには、年間500万人、当時の日本の人口の5人に一人は伊勢に参ったというほど!
朝8時、いいお天気にウキウキしながらホテルを出たにぽぽ、はりきってお伊勢参り開始です。



と、その前に、前日近鉄伊勢市の駅に降りて、駅の小ささにショックを受けたにぽぽです。
ものすごい観光地ですから京都ぐらいとはいかなくても大きな駅なのかと思ったら、ちょーーーこじんまり。
これから伊勢に行かれる方にアドバイスするならば、JRを使う場合には伊勢市駅を利用するのがいいですが、近鉄を利用するなら宇治山田駅を使ったほうが便利ですよ。

ホテルをチェックアウトしたにぽぽも、宇治山田駅のコインロッカーに荷物を入れて、改めて伊勢参り開始!



表参道から伊勢神宮外宮に。

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伊勢神宮には、天照大神(あまてらすおおみかみ)のお食事を司る豊受大神(とようけおおみかみ)をおまつりしている外宮と、天照大神をおまつりしている内宮があり、外宮からお参りするのが正式だそうです。



第一鳥居の前の火除橋(ひよけばし)、架け替え中~(^^;

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江戸時代には神宮のすぐ近くまで民家があったので、火災を防ぐ意味からこう呼ばれたとか。



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手水舎(てみずしゃ)も大きくて、温泉旅館のお風呂みたい(笑)!



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玉砂利を踏みしめながら鳥居をくぐるといよいよ聖地って雰囲気がしてきます。



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風の神をまつる風宮(かぜのみや)のよこの木、こぶこぶがたくさん!




多賀宮(たかのみや)へ続く、約100段の石段。

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多賀宮は豊受大神の荒御霊(あらみたま)をおまつりする別宮です。

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山の頂にあるため、古くから高宮(たかのみや)と呼ばれていたのだそうです。




いよいよ御正殿に向かう途中の池、深い緑の水鏡。

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こちらが御正殿です。

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真正面からの写真は撮影禁止。


松阪出身の国学者本居宣長が外宮について詠んだ歌。

「朝宵に物くうごとに豊受の神の恵みを思へ世の人」



衣食住やすべての産業を守る豊受大神に、どうぞいつまでも健康で、美味しいものを沢山食べることができますようにと、よろしくお参りして一安心(笑)


御正殿の前に注連縄が張ってあり、なにやら多くの人が手を合わせている・・・

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入り口でもらったmapには“三ッ石”って載っているけど詳しい説明は特になし。
なんでも、すっごい超パワースポットなんだそうです。
にぽぽもちゃっかり石の上に手をかざしてみましたけど・・・(^^



ゆっくりとお参りして50分ぐらい。
北御門参道側から出て内宮に向かおうとしていたら、きちんとスーツを着た老紳士に突然声をかけられました。

「お伊勢さんにご興味がおありですか?」

声をかけられやすい風体をしているのか、ぼーっと歩いているからなのか、昔からよく「あなたの幸せ祈らせください」とか、「アンケートにご協力ください」とか声をかけられるのですが、またしても??

不審な人物かと思いきや
「もうすぐ神様の朝のお食事の儀式が始まるのですよ」と教えてくれました。


老紳士、腕時計を見ながら
「もうすぐだと思いますよ、あちらから3人出てきますから」とかいって、見やすい位置まで案内してくれるんですけど・・・それにしてもなんでにぽぽに声かけてきたんだろう。

周りの人にも、なんか特別に案内されている人なのかしら?みたいな目で見られて、ちょっとはずかしいが・・・。
老紳士に伊勢のことなどいろいろ教えてもらいながら、待つこと4~5分。



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あ!来た来た。
日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)という儀式で、御饌殿(みけでん)に朝夕2度、神饌(みけ)をお供えするお祭り、要するに天照大神が外宮でお食事をなさるという訳です。
1500年以上も毎日続けられているそうです。

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「ではごゆっくり」と去っていく老紳士。
本当に何者だったのか(笑)


なんの前触れもなく、さくさくこなされるので、この儀式に気づいた方はたまたまここを通りかかった数人の人ぐらい。
本当にラッキーでした。

ちなみに、朝は8:50前後に行われる感じです。
伊勢にいらしたら、外宮の北御門参道の厩があるあたりで待っていると見ることができると思います。




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天照大神も朝食を召し上がっているので、にぽぽもご相伴。
伊勢めいぶつの“伊勢うどん”

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ゆでた温かいうどんにたまり醤油をぶっ掛けたもの。
太いうどん、さぞかしコシがあるのだろうと思うと、ものすごい裏切られます(笑)
やわいっ!
たまり醤油もしょっぱくはありません、カツオの風味が効いてて甘めのタレって感じですよ。


ここで一旦休憩!
内宮にバスで移動します!




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伊勢 伊勢神宮の内宮を歩く

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外宮バス停からバスに乗り約20分、内宮にやって来ました!

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内宮の参道口にかかる宇治橋は長さ101.8m、幅8.42m。
純和風の木造橋としては国内最大規模なのだそうです。

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この橋によって神苑と俗界を分けています。
宇治橋は橋姫という橋の神様に守られているのです。

小さい子に橋の真ん中を歩かせているお母さんやおばーちゃまに、「真ん中は神様の通り道だから乗っちゃダメ!」って、言いたかった!
まぁ、ダメなら神様がコケサセルとかで叱るだろうと思って口に出すのはやめました。



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去年の11月に架け替えがあったばかりなので、木のいい香りもするしピッカピカ!
20年後 の架け替えまでに延べ1億人を超える参拝者が渡ることになるんですって。



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五十鈴川と平行してまっすぐに伸びる参道を歩くと、神の領域に入ったなーという気が・・・がするようなしないような(笑)
外宮に比べると、視界がばーっと開けているので開放感があります。



内宮も火除橋は工事中!!

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平成25年に行われる式年遷宮に備えて、いろいろな準備が進んでいるのでしょうね。
架け替え作業もめったに見られないと思うと興味深いですけど(^^



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第一の鳥居をくぐり、右手に行くと五十鈴川の御手洗場(みたらしば)。

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鈴を転がしたような清らかな水の音の五十鈴川。
参拝する前に心身を清める場所です。



神楽殿を過ぎて、御正殿に近づく辺りには、樹齢600年、700年、800年!の木がたくさんあって、神々しい雰囲気です。

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歩いている人たちも、みんななんとなく神妙な気持ちになるようで、大声を出す人もなく。
もちろんにぽぽも。

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御正殿の敷地を支えている石垣。

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やっぱり御城の石垣とは風情がちがって、自然と調和しているようです。
人の手によって積まれたものですが、神様の積み木遊びのような柔らかさを感じました。


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石垣の一番手前、ひときわ大きい石を籾種石といい、お米の形に見立てられています。
天明年間の代51回内宮式年遷宮(1781~1789年)に、神領民である現在の伊勢市楠部町の住民が五十鈴川上流から苦労して運び奉納したのです。
このとき、農作業よりも石の運搬を優先したため食糧不足に陥り、倉に残してあった籾種を食べ尽くしてまでも石を運んだのだそうです。



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御正殿の前には、大きな石で作られた石段があります。
この石段を登りつめると天照大神がいらっしゃる御正殿。
正面には白い幕が下がっているので御正殿を直接見ることはできません。もちろん、写真撮影も階段の下までです。

お参りをしたあと、横からちょっと内宮御正殿を覗き見。
なんだか御正殿の窓から普通に天照大神が顔を出しそうな感じがします。



御正殿からの帰路、脇参道に入り別宮の天照大神の荒御霊をまうる荒祭宮(あらまつりのみや)に向かうところにひときわ存在感のある大~きな木があります。人がちっちゃい!

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世界を貫き支えているといわれるユグドラシル(宇宙樹)か、これは!!
な~んて、子どもの頃に夢中で読んでいた北欧神話を思い出してしまった。

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※ユグドラシル=セイヨウトネリコというモクセイ科の木だといわれています。
この木はセイヨウトネリコではないと思いますが、あくまでもにぽぽの印象です。


北欧神話では、人類の誕生にもユグドラシルが深く関わっていて、最初の男は神々によりセイヨウトネリコから創造され、女はニレの木から創造されるのだそうです。


お?人類製造中?

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北欧神話での最高神はオーディーン、戦争と死を司る男性の神様なのですね。
北欧神話ってちょっとおどろおどろしいところがあります。

日本人に馴染み深いギリシア神話の最高神はゼウス、天空神として雷や雨、雪などの気象を支配しています。
こちらもやはり男性ね。

日本の神話での最高神は天照大神。
女性が最高神だなんて、日本って真のフェミニストな国だと思うなあ。

天照大神は今の皇室の祖先であるってことになってて(笑)、あまり意識していないと思うのですが、日本って世界最古の国なんですよ。
実は、前にも一度書いたことなのですが・・・(^^; (2008年7月22日の日記⇒ 天皇陵に涼みに行く )。

日本は大和朝廷がずーっと続いているので、建国2000年と考えられます。
二番目はデンマーク王国で1100年ぐらい。
三番目はイギリスで900年ぐらいなのだそうです。



話しが脱線してしまいました、参拝を続けましょう!

荒祭宮に向かう途中には神宝類を保管する外幣殿(げへいでん)や稲を収める御稲御倉(みしねのみくら)があります。

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弥生時代の建物の特徴がそのまま残されているのだそうです。



さらに進んでこちらが荒祭宮。

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沢山のお宮があって、全部にお賽銭を上げてたら大変だわー!
って関西弁の女性が言ってましたけど、ほんとにその通り(笑)


外宮の“三ツ石”じゃないですが、あちこちに注連縄が張られているスポットがあります。

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全部がパワースポットですから、もう気にしてられないわ(笑)




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この木はそんなに大きくないのですが、風の宮に向う途中にあって、全体が苔むしていたのです。
モリノモリゾウと勝手に命名。



お参りを済ませると、なんだか体が軽くなったようないい気分(単純)。
出口に近づくといろいろな動物もいました。

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鯉を見たら、ついポンポンと手を叩いてしまいます。
うわーっ!みんな寄ってきた、ちょっと怖い(^^;


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おおー、ここにもチャボ!!
今年はチャボと縁があるのかな(2010年2月23日の日記⇒ 谷保 ヤボテンな梅 )。


宇治橋の近くにこんなにお花が咲いていた。

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入ってきたときは目に入らなかったのに。

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ウグイスか?メジロ?
蜜を吸うのにお花をついばんでしまうので、ガクごとお花がクルクル落ちてきました。



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これはソメイヨシノかな?

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にぽぽの今年の花見はじめはお伊勢さんでした。



さて、俗界に戻って食べまくりの買いまくりだぁ わおーーーっ!

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よいとこせ~、おはらい町♪




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東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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