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調布 ボスと鬼太郎がいる街

ども にぽぽ です=*^-^*=




京王線の調布駅に来ております♪

1.調布駅

東“京”と八“王”子を結ぶ京王線のちょうど真ん中ぐらいが調布駅です。
昭和8年にできた“多摩川撮影所(現角川大映映画撮影所)や、昭和30年にできた日活撮影所が近くにあり、映画全盛の頃は“マイトガイ”と呼ばれた二枚目スターが闊歩していたという事もあったようです。



2.映画看板

調布市役所のとなりの文化センター入口に、なつかしの映画看板を見ることができます。




調布駅の近くには、あの!石原プロもあります。

3.石原プロ

石原プロのビルなら、屋上にヘリポートでもあるのかと思いきや、そんな事はありませんでした。
調布には、“調布飛行場”というのがあるのですが、そこから出動しているのかしら?



石原プロの近くのパチンコ屋さんの入口には、

     4.嵐を呼ぶ男

ヨン様でも、コウダクミでもなく、嵐を呼ぶ男の幟がはためいておりました。
そりゃーそうよねぇ。



駅の北口にまわり、まっすぐ歩いていくと妖怪達に遭遇します。

5.商店街



ゲゲゲの鬼太郎の生みの親、水木しげるさんは調布市在住。
このため、調布は人間と妖怪が仲良く暮らす街なのです(笑)。

     6.事件?



商店街を歩けば、鬼太郎と目玉オヤジが談笑してるし、

7.鬼太郎


ねずみ男はベンチを独占。

8.ねずみ男


ネコ娘は一反木綿とお買い物でしょうか?

9.ネコ娘一反木綿


塗り壁が何をしているのかは不明です。

10.塗り壁

聞いてみても、「ぬりかべ~!」としか答えてもらえないし。


平成22年度のNHK連続テレビ小説は、『ゲゲゲの女房』という水木しげるさんの奥様のお話しで、調布が舞台になるらしいですよ。




ネコ娘のいたところのトンカツ屋さんに激しく惹かれたのですが、商店街をちょっとはずれて、みさと屋・野菜食堂へ。

11.みさと屋

一見こじゃれた八百屋さんのようなのですが、ここは“有機無農薬野菜”などという言葉が一般的ではなかった20年前から、食にこだわった野菜や天然醸造の味噌、醤油などの調味料を扱っていたお店なのです。



お店の奥が食堂になっています。
オーダしたのは、“畑のカツ定食”

12.畑のカツ定食


13.畑のカツ

畑のカツの中身は、出汁で煮込んだ車麩を揚げたものなのです。
サクッ!と衣に噛みつくとトロ~ンとした車麩、出汁のウマミがジワッ。

体が美味しがっています。
付け合せはポテトサラダかと思いきや、どうやらオカラを使ってポテトサラダっぽくしてあるようです。
感動の味でした。



さて、お腹も満足したところで、本格的にお散歩を開始。
お店から北にあるくとR20である甲州街道。

14.甲州街道


渡ると、調布の総鎮守である布多天神社。

15.布多天神

創建はあまりに古く定かではないそうですが、延長5(927)年に制定された「延喜式」という法典にその名が出ており、多摩地方有数の古社であることは間違いない。
社伝によれば第11代垂仁天皇の御代約1940年前の創建といわれいるそうです。



天神社は“布多”と書いてありますが、調布のとなりには“布田”という地名もあります。
布は大和朝廷が成立した頃の税だったんですよね。

“租庸調”の“調”が布で、絹や綿の事です。


調布の近くには、府中や国分寺など、中世日本の重要拠点だった面影がありますから、この地では、近隣地区の税を取りまとめるようなことをしていたのかな?

古の街の様子をツラツラと想像しながら、お散歩はまた次回に続きます♪




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
次回は川沿いをテクテク歩きます。
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野川 身近な川にも悠久の歴史あり

ども にぽぽ です=*^-^*=





前回に続きまして、布多天神社の脇を北へ向って歩いていきます。

     1.サワラ並木

唐突な針葉樹の並木。
江戸時代には街道沿いに木が植えられたといいますが、これもその名残なのでしょうか?
そんなに古そうな木ではありませんが。

針葉樹を見ると全部が杉かと思ってしまいますが、この木はサワラというそうです。


住宅地の細い道をテクテクと歩いていき、ぶつかる川を野川といいます。
夏草が生い茂る川沿いを上流に向って歩いていくことにします。

2.御搭坂橋



野川は東京都国分寺市に源を発し南へ流れてやがて多摩川に合流していきます。
洪積世(180万~1万年前)の時代の古多摩川の川道であったとされています。
古多摩川が通らなくなったあとの“ハケ”と呼ばれる国分寺崖線に沿って、“ハケ”からの湧水を集めながら流れるようになったと考えられているそうです。

3.野川沿い

対岸がこちら岸よりも高くなっているのがよくわかりますね。




4.栗の木

写っている木は栗で、すでに緑色のイガイガが沢山ついているのが見えます。
もうすでに秋の実りの気配を感じさせます。




5.上流

あんまり代わり映えしない写真ですが、実は上流へと結構テクテク歩いてきた地点です。
肉眼では、川に何匹もの鯉が泳ぐのが見えるほど、水が澄んできているのがわかります。

6.鯉

どうですか(^^
東京の川も、案外綺麗なものでしょう?

そもそも江戸時代、野川流域はさわびが栽培され、“多摩のわさび”として盛んに出荷されていたそうなのです。
宅地開発などで水質汚染が激しかった時期もあるのですが、現在は地域の努力で水質が随分向上しているとのことです。




さらに上流に。

7.さらに上流

川幅はだんだん細くなっていきます。
写真では、岩のとこにぼんやりと白い物体が見えますが、

8.鷺

白鷺が遊びに来ているのです。




9.水車

遊歩道にも、水車が見えてきました。


10.水車

昭和43年まで水車が稼動して、お米や小麦、大麦をついていました。
現在水車を保存、管理されている農家で、水流を動力としていた仕組みを見学することができます。
ボランティアで解説もしてくださいます。

11.水車経営の農家




ここから少しだけ上流に歩き“人見街道”に沿って架かっている橋が“相曾浦橋”です。

12.相曾浦橋



橋を渡ってすぐのところ。

     13.崖へ

なにやら崖の上に登っていけるように整備されています。



14.防空壕

崖線にそって横穴が掘られているのを見ることができます。
この辺りは関東ローム層の地層があり耐久性があることから、戦時中いくつも防空壕が掘られました。
個人用ののもだけでなく、弾薬や燃料格納庫など軍用大型施設もいくつか残っているとのことです。


そもそもこの辺りの地域に人が登場したのは3万年前だそうで、野川流域でもナイフ形の石器や縄文土器が発見されています。
弥生時代には湧水を利用して稲作も始まっていたようです。

古墳時代後期(7世紀)の横穴状に掘られた墓も多数発見され、出山横穴墓群と呼ばれており、その墓も公開されています。

15.出土横穴墓公開施設




16.静けさ

観察路に足を踏み入れると、すぐ近くまで住宅があるのが嘘のよう。
まるで縄文や古墳時代にタイムスリップしたような気がします。

人の侵入を拒むかのように蝉やヒグラシの鳴き声が響きすぎて、逆に静寂さをも感じてしまいます。



公開されている出山横穴墓群8号。
横穴がつぶれないように、アーチ型にしてある天井と石が敷き詰められた床。
入口部分には石を積み上げて開閉可能にしてあり、後から追葬ができるようになっています。

17.横穴墓

8号墓には40代と30代の男性、20代の女性、8歳の小児が発見されました。
横たわる人骨、ひょえ~、生々しい(><)
けど、これはレプリカです。

被葬者は、支配者層の下、要するに民間人の墓だそうです。
にぽぽ家代々の墓、みたいな感じだったのかなぁ?



18.清流の山際

こんな普通の川なのに、川流れるところに文明あり(笑)
以外は発見があったお散歩でした。



本当は、さらに上流、国分寺の源流のところまで歩こうと思ったのですが、疲れたので(笑)バスにのって吉祥寺へ。

改築の終わったいせやさんへ。

34.いせや



歩いて失われた水分補給を冷やしトマトとビールで補います。

35.冷やしトマト


さらに、焼き鳥。

36.焼き鳥

うまーい!
大好物の焼き鳥も、今日ばかりは『はじめ人間ギャートルズ』のマンモスの肉に見えないでもない。




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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武州多摩郡上石原村 近藤勇のふるさと

ども にぽぽ です=*^-^*=




新選組がスキだとしつく言い続けていますが、土方さん以外の事を書くのは、ブログを始めて1年以上になりますが、これがお初あります(笑)


近藤勇とは、何をかくそう、新選組の局長であり、“あの”土方さんがこの人の為ならと惚れこんだお人であります。当時は親友とか友達とかいう感覚はなかったんですよ。

さて、タイトルに書いた“武州多摩郡上石原村”とはどこかというと、前回のお散歩の最終地点、出山横穴墓群8号のあたりです。

18.清流の山際

野川は近藤勇が宮川勝五郎と呼ばれ、村一番のガキ大将だった頃の遊び場でもありました。



野川がぶつかる人見街道を左に折れしばらく歩きます。

19.旧人見街道

人見街道は現在、都道110号に整備されていますが、写真のポイントは旧道です。
道幅といい、曲がり具合といい、勝五郎少年が走り回ってたその道のままなのだと思います。




24.近藤勇生家跡

野川公園入口の交差点のところに一本高い木が生えている場所が近藤勇の生家である宮川家の跡です。

その敷地はテニスコートが10面も取れる7000㎡を誇っていたといいます。

<双葉社 CG日本史シリーズ⑩新選組 より>
     CG近藤勇の生家

欅、桜などの大木が10数本と竹林がうっそうと茂る、威風堂々とした屋敷だったそうですが、昭和18年に軍部による調布飛行場建設の際、滑走路の延長線上に有るという理由で立ち退きを要請され取り壊されてしまったそうです。
ああ、もったいない・・・(T T)



現在は屋敷の南東隅に位置し、取り壊されるまで宮川家では生活用水として使用していた井戸が、近藤勇の産湯の井戸として残っているだけです。

26.井戸


そして、近藤勇を尊び、昭和初期に東京一円の有志たちによって建立された“近藤神社”があります。

     25.近藤神社

しばらく荒れにまかせていたいた社を一時別の場所に移設していたのだそうですが、昭和52年に生家跡が調布市の史跡に指定されたのを受け、昭和54年に本来立てられた場所に戻したのだそうです。
よかった、よかった(^^



宮川家の三男として生まれた勝五郎少年は、天然理心流三代目宗家・近藤周助の養子となり、やがて四代目宗家を襲名、近藤勇となり、時代に選ばれるかのように京にのぼり、新選組局長として、その名を天下に轟かせるのです。




やがて徳川の世は滅び、時代は明治へ。
誠一字を背負い戦い抜いた近藤は、天皇への逆賊として板橋刑場にて斬首。

近藤勇の首は焼酎に漬けられ京都へ運ばれ、三条の河原に晒し首となりました。
その胴体は、勇の甥、勇五郎が肩のキズを頼りに掘り起こし、夜の闇に紛れてふるさと上石原村に運んだと伝えられています。



12.相曾浦橋

無言の帰郷をした近藤を、村人達はこの相曾浦橋で出迎えたのだそうです。



その亡骸は、生家近くの龍源寺に埋葬されました。

20.龍源寺

     21.近藤勇胸像



近藤勇のお墓は東京都指定文化財となっています。

24.説明

文化財ですよ!
なんかシミジミと・・・・嬉しいな~。
逆賊でも罪人でもなく、お墓が文化財に指定されるような人物だったと認められているんですもんね。



23.近藤家のお墓

近藤勇のお墓は向って右から二番目です。



近藤勇の生家前には、撥雲館と名づけられた近藤道場の跡が残されています。

27.近藤道場跡

近藤勇の娘瓊子(たまこ)と結婚し、天然理心流五代を継いだ近藤勇五郎の道場で、明治9(1876)年に宅地内の納屋をなおして道場としました。
勇五郎の弟子は、多摩地域におよそ3,000人いたといわれます。



28.丘

撥雲館の裏手の丘を駆け上がれば、

29.調布飛行場

調布飛行場の滑走路が広がっています。





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
近藤さんもいいけど、やっぱり土方さんがスキ♪
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調布飛行場 掩体壕

ども にぽぽ です=*^-^*=




この前訪れた調布飛行場、現在は新島、大島、神津島にむけての不定期便の運行に使われていますが、そもそも昭和16(1941)年4月に東京府設置の軍民共用の飛行場として開設され、太平洋戦争中には旧日本陸軍が使用していました。

29.調布飛行場



戦争末期は、首都圏に飛来するボーイングB-29爆撃機などを撃退するために戦闘機隊が配備されたそうです。

31.飛行機




飛行場の北側は、都立武蔵野の森公園として整備されています。

30.飛行場の公園



この一角に無骨なコンクリートの橋のようなものが保存されていました。

32.掩体壕

「掩体壕(えんたいごう)」といいます。
戦争末期、数が少なくなり貴重な飛行機を敵から隠すために作られたものです。
なんだか・・・、ここまでしても戦っていたのかと思うと胸が詰まります。



隠されたのは、当時の最新型飛行機、三式戦闘機飛燕。

33.飛燕1型丁

飛燕を装備した飛行第244戦隊は、京浜地区の空襲のたびに出動し、B-29に体当たりするなどして戦果を挙げてたそうですが、244戦隊はやがて、特攻作戦支援のために九州へ転進したそうです。

飛行場は敗戦後アメリカ軍に占領され、全面返還されたのは昭和48(1973)年のことです。



にぽぽの住む東京多摩地区は郊外ゆえに、高尾には軍事工場、立川には飛行場など、軍事関連の施設が沢山作られました。

数年前、にぽぽの住む住宅地の何軒かの床下が地盤沈下により穴が開くという事件がありました。
八王子市によって調べてみたところ、なんと、住宅地の地下には蟻の巣のように穴が掘られていて、どうも陸軍により薬などが隠されていたエリアだったようなのです。
幸いにぽぽの家の下に穴は掘られていませんでしたが・・・。

戦争は遠い昔のことでも、遠い国の話でもないなあと実感した事件でした。


軍事施設が平和利用されていくことは歓迎すべきことだと思います。
同時に、その場所が持つ歴史に興味を持ってみるのもちょっと必要かな。
無かったことに、してはいけないんじゃないかなーって思うのです。




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8月6日 原爆の日に寄せて。

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太陽の街のお祭りだ!

ども にぽぽ です=*^-^*=




暑くてボケボケと日記もサボりまくりで過ごした週末(^^;
8月7日から9日までは、にぽぽの街、八王子のお祭りでした。


あつい~、あつい~、と部屋でダラダラしているのも不健康なので、ちくっと出かけてまいりました。

     1.八王子駅前


JR八王子駅北口から、お祭のメイン会場となる甲州街道へ、斜めに延びている放射線ロードを歩いていくと、旭町の置き囃子が賑やかに聞こえてきました。

     2.置き囃子


八王子祭りは、町中を踊りまわる民謡流しやら太鼓の競演やら、お神輿やら、3日間にさまざまな催しが行なわれます。



     
中でも、にぽぽが一番見ていて楽しいと思うのは、江戸時代から続く市街地の氏子を中心とする山車祭りです。

        3.山車


19台の山車が甲州街道を巡行していく様は、なかなか勇壮で華麗です。


     3.出発

中町の山車にお囃子も乗り込み、出発します!



さて、八王子という街は結構古く、江戸時代は甲州街道に宿が置かれ、宿場町として大層賑わっていました。

甲州街道八王子宿の中心だったあたり。

     10.甲州街道



こちらは、慶長元(1596)年創業の黒沼鰹節店

     4.鰹節屋さん

多摩地区の中でも最古のお店のようです。



        5.お茶屋さん

こちらのお茶屋さんも古そうで、蔵がお店になっています。
にぽぽが子どもの頃には、甲州街道沿いに蔵はもっと沢山残っていたんですけど、随分と少なくなった気がします。



     6.荒井呉服店

緑色に大きく“荒井”と書いてあるお店は、大正元年創業の“荒井呉服店”。
ユーミンのご実家として、とても有名なお店です(^^




本格的な巡行にそなえて、山車があちこちに散って待機中です。

        7.祭囃子連合



細い路地から甲州街道に移動中の山車もあります。

     8.南新町

        9.南新町



13時45分現在。

     11.甲州街道封鎖前

14時からの甲州街道封鎖に備えて、

     12.オマワリさん待機

お巡りさん達も待機中(笑)



     13.交差点曲がる

まだ車が甲州街道にあるので、山車が曲がるのも大変です。




     14.鉢合わせ

待機中の山車が、移動してきた山車と鉢合わせしました!


両方の山車のお囃子が一気に大きく盛り上がります。
穏やかに踊っていたオカメさんが引っ込み、強面の舞い手に変わり、見栄を張ります。


     16.ぶっつけ


見栄を張られた方のお囃子も、相手を挑発します。

     17.ぶっつけ


山車が出合ったときには、お互いを挑発しあい、お囃子を競います。
これが見もの!
山車の『ぶっつけ』といいます。




14時、甲州街道の信号が一斉に黄色点滅となり、お巡りさん達が車道へ!
車を脇に誘導し追い出します。

     18.午後二時

路線バスも最終まで迂回ルートをとり、甲州街道は一切車道通行止め。
夜に向けて、お祭りは本格的に盛り上がっていきます。



遠慮がちにしていた山車も、どんどん集りだしました。

     19.山車集合

     20.山車集合




早速ぶっつけも!

     21.ぶっつけ


さらにもう一台やってきて、三つ巴のぶっつけが繰り広げられました。

     22.三つ巴



三つ巴の現場は、荒井呉服店の前!

     23.三つ巴現場





なんということでしょう!
高尾方面よりさらにもう一台が迫ってきます。

     24.さらに一台



三つ巴になっていたうちの一台が、よし!相手になってやるとばかりに移動を開始します。

     25.挑戦


正面真っ向勝負のぶっつけ!

     26.ぶっつけ



八王子のお祭、今年も盛り上がっておりました!




お時間があれば、聴いてみて!

八王子のお祭で踊られる、ゴーゴー調の『太陽おどり』
♪太陽の街 八王子 ハッパキラキラキーラキラ はぁ!!

絶対おどりをマスターしたくなっちゃうよ(笑)




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
キンラキラキラキーラキラ はぁ♪
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カフェで予習

ども にぽぽ です=*^-^*=




夏だから暑いのか・・・・・



暑いから夏なのか・・・・・

夏いから暑なのか・・・・?!

1.多摩川


多摩川の水に飛び込みたい衝動にかられるお昼時、ショッピングセンターに涼みにやってきました。

またしても、お気に入りのカフェで、チャイのスムージーをオーダ。

2.またしても

一度気に入ると、しつこく同じものばかり頼んでしまう性格です(^^;



そしてこの日は和風のパスタをお願いしてみました。

3.和風パスタ

輪切りにしたエリンギとベーコン、卵黄とわさび。
白髪葱と海苔をトッピング。

なるほどー、わさびねぇ!
これはよい、今度家でも真似して作ってみよう♪



途中本屋さんで購入してきた“伊庭八郎”の本を読みつつ、まったり寛ぎタイムです。

4.読書

伊庭八郎というのは、幕臣で、戊辰戦争で左手首から先を切られてしまい、“隻腕の美剣士”といわれたお人です。
最後まで徳川につき、函館でも戦い、土方さんが亡くなった翌日に死亡。
26か27歳だったのだそうです。


只今夏の旅行に備えて、この方についてニワカ勉強中なのです♪



そういえば、夏休みにあわせて、各出版社が読書フェアを組みますね。
集英社はナツイツとかいって、文庫本一冊につき、おまけをつけてくれました。
こういうのに、まったく興味がないんだけど、いらないんだけど~・・・・

5.ナツイチ

なんでしょうね、コレ。


ハチ?




優雅に読書タイムをすごし、家に帰って夕飯。
カフェメシ風に、アボガドとマグロのサラダ丼を作ってみました。

6.お手製カフェメシ

わさびを強めに。
火を使いたくなかったというのが本音です。
見栄えはちょっと悪いけど、すこぶる好評でございました!





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
暑いのに、新型インフルエンザがまた目に見えて流行ってきておりますよ。
夏バテと共に気をつけましょう~!
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地球最後の日の食事

ども にぽぽ です=*^-^*=




地球最後の日に何が食べたいか?


3.シロ・ハツ・モモ

“やきとり”ですね、にぽぽは。



子どものころ、杉並区の母の実家に遊びに行くと、必ず大皿にてんこもりになった焼き鳥が出てきました。
幼児に焼き鳥・・・。

おじーちゃんはお酒を飲む人じゃなかったし、なんで焼き鳥だったんだろう?
安かったのかな?

1.レバテキ

おばーちゃんは北海道の人だったので、焼き鳥以外にも、塩辛、ウニ、おぼろ昆布、たらこ、魚の燻製的なもの。
にぽぽが立派な酒飲みに育ったのは、おばーちゃんのお家に原因の一旦があることは間違いない!




2.センマイ刺

それにしても、焼き鳥という料理は素晴らしいですよね。
串に刺して炭で焼き、味付けは塩かタレ。
無駄を一切省いた、美しいまでに研ぎ澄まされた、至高の料理。
芸術といってもいいかもしれません(断言!)



ニワトリが日本の書物に初めて登場するのは、『天岩屋戸伝説』だそうですが、トリを飼うのは貴重な栄養源の卵をとる一種の財産とされていたようで、料理として焼き鳥が登場するのは江戸中期の頃らしいです。

5.アスパラ・ツクネ



『合類日用料理抄』という江戸時代の料理書では、"鳥肉を串に刺し、塩をふって焼き、酒を加えた醤油につけて出す"と書かれたものがあります。

江戸時代は鶏を食べる事は一般的ではなく、鶉、鶫、山鳩、鴨などの野鳥が主だったようで、鳥といえば雉を指したと言われています。
ただし、このような記録にある焼き鳥は、焼いた串のまま食べるのではなく、串からはずして出されたものらしいです。



4.ピーマン

今の焼き鳥の原型は、庶民の間で親しまれていたもので、例えば、京都・伏見稲荷の参道で名物として売られていた焼き鳥があります。
この焼とりは、米作の妨げになるスズメを取って焼き鳥にしたものだそうです。

人通りの多い神社の参道などでは、参詣の往き帰り道端で立って食べられるよう、串のまま売ったりしたという。
他の神社などでもスズメを使った焼き鳥はタンパク源として食べられていたでしょうし、もちろん江戸でも、もともと天ぷらやおでんの屋台は多く出ていて、調理に使った串を持って、そのまま食べるという気軽なスタイルは定着していましたから、参道での焼き鳥の人気を聞きつけた人が街中で焼き鳥の屋台を始めたとしても不思議ではありません。



6.ウズラなど


鶏が焼き鳥として使われるようになったのは、明治時代になってからのようです。
古く名前が残っているのは、東京・神田にあった“ガラ萬”というお店。
まちがっても高級そうなおみせではありませんね(^^;
鶏肉は牛や豚より高級だった明治初期、鶏料理店からでるガラやスジ肉を使って焼き鳥の屋台が出たのは夜半から。


半端肉を刻んで焼いたつくね。
高級料理店では使わない臓物、レバー、シロ、ハツ、皮などなど。

なるほど~、そういう事だったのか。


7.梅茶漬け

焼き鳥は庶民の味方、間違っても一串400円とか止めて欲しいものです。
(新宿で入ったの焼き鳥屋さんのメニュー見て、椅子から落ちそうになったにぽぽです)




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
夏は焼き鳥でビール、最高ですね♪
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準備ちゃくちゃく、夏の旅行(2009)

ども にぽぽ です=*^-^*=




お盆の帰省ラッシュももう終わったのかな?
会社も、明日からは通常営業にもどるのでしょうね。



にぽぽは、今週後半に夏休みをとるので、ひとり浮かれ気味(^^





今回の旅では、西の天狗様にお会いすることになると思うので、今日は地元にいらっしゃる天狗様に旅の無事を祈って(?)ご挨拶にいってきました。

     1.天狗


人が、すごいいっぱいいました・・・。




先日、予習ということで、『伊庭八郎』の本を読み終えました。
もう一つの予習として、寝る間際に読んでいるのは、これ。

2.あさきゆめみし


子どもの頃に読んだ時には、不順異性交遊のお話しぐらいにしか思いませんでしたが(笑)、大人になって読んでみると、本当に満たされ、追い求めるべき幸せとは何かという深いテーマを感じたりする訳です。


ああ、色即是空 空即是色・・・・。


紫式部さんの原本を読んだことはないけど(笑)





ぶんっ!

3.天狗?

若ちゃん、なに?なに?どアップでどうした?!

あ。

     1.天狗



天狗さんに対抗してみた訳ね。

4.迫力負け

そりゃ、迫力負けですよ、どう見たって。
鼻水ふこうね、若ちゃん。





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
旅、台風にあわなきゃいいんだけど。
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高尾山 天狗さんにご挨拶

ども にぽぽ です=*^-^*=




高尾山にやって来ました!

     1.高尾山

八王子で育ったにぽぽとしては、秋の遠足のたびに毎年登らされた高尾山であるので、たまには他のところに連れてケーなんてぐらいの扱いだったのですが、ミシュランで三ツ星の観光地と紹介されることになろうとは、誠に恐れ入った次第。

7.8年ぶりに来てみたら、聞こえてくる言葉も英語からドイツ語、中国語、韓国語・・・
すごいインターナショナルになってます。
ミシュランってすごいですね(汗)


登山ルートはいろいろありますが、本日はケーブルカーで中腹までバビっと行ってしまいます。

     2.ケーブルカー

ふもとの清滝駅から、中腹の高尾山駅まで、歩いたら50~70分ぐらい歩く道のりを、一気に上ってしまうのケーブルカーですが、これがなかなか侮れません。

急勾配を登っていくので少し斜めになっている車体、中も階段状になっております。
そして、高尾山駅間近の勾配は31度を越えていて、感覚としてはほとんどまっさかさまというような感覚になります。

     3.傾斜31度

途中気圧の変化も感じ、耳がボブンとなります。
なかなかスリルのある乗り物なのです(^^



高尾山駅
     4.ケーブルカーを降りる


ここからの眺望もなかなか素晴らしいのです(^^

     5.ケーブルカーを降りて

眼下に見えるのは中央高速。



この場所で忘れずに食べなくてはいけないのはコレ。

     6.天狗焼き

名物“天狗焼き”
焼きたてアツアツ、皮はパリシャリっとしてます♪

中身は・・・・

ぎゃあああ(笑)

     7.黒豆餡

もったりトロっと、黒豆餡。

はふ はふ はふ


うみゃい!




夏の高尾山の楽しみは登山だけではありません。

     8.ビアマウント

展望台では、夕方からビアガーデンならぬ、ビアマウントが開催。
夜景もきれいに見えることで大人気!

     9.もう待ってる

午前中だというのに、もう待っている人がいます、びっくりです!





     10.都心方面

展望台の脇を通り、都心方面の景色を見ながら1号路を進んでいきます。

     11.一号

高尾山は、東京近郊の行楽地として有名ですが、元来は修験道の霊場であり、現在は真言宗智山派大本山高尾山薬王院有喜寺の寺域となっています。
1号路は薬王院の参道として整備されているので、初心者やお子さん連れでも歩きやすいルートです。



しばらく行くと、サル園と野草園が見えてきます。

     12.サル園

ここのおサルさんは名前を呼ばれると返事をするのが珍しいのだなんて言われていましたが、大昔、ここからにぽぽの家の方までサルが逃げ出したといって大騒ぎになったんですよ。

お土産屋さんのおサルさん。

        13.お土産のサル

こういうレイアウトって、かわいいですよねぇ。
丸ごと全部欲しかったけど、イザ買って帰るともてあますのは解っているのでがまん。



その先、テクテク歩いていくと見えてくるのは、有名なタコ杉。

     14.たこの足

        13.たこ杉



樹齢450年の杉は大きすぎて写真に納まりませんが、その昔、高尾山に道を通さなくてはと相談していたいたとき、この杉の根が大きすぎてみなが困っていたら、一夜にして、根っこが曲がり、道を通すことが出来たという言い伝えがある杉なのです。

     15.道をよけた足

まるで事実のような、不思議な根っこですよね(笑)




山門が見えてきました。

     16.山門


見て見て!
山門にかかっている扁額の言葉。

     17.霊気満山

霊気満山ですよ!
山まるごと霊山なのです、高尾山は。
そのため、天然の森林が守られてきたというのもあります。

中世には、八王子城主北条氏照による「本山の竹木の伐採を禁じる」という制札が薬王院に残されており、江戸時代にも幕府直轄領となり八王子代官・大久保長安が山林保護政策をとり、その書状が同じく薬王院に残されています。
その後も国有林となって、高尾山の自然はずーっとずーっと残ってきたのです。 

     18.参道




分かれ道。
左が男坂、右はゆるやかな女坂。

     19.分かれ道



精神の鍛錬の為(何いっちゃってんだか 笑)、にぽぽは男坂へ!

        20.男坂


煩悩の数と同じ108段の階段。



     21.登った

登りました~!
煩悩は去った!かな?




        24.杉の奉納

この辺りには樹齢千年を越える杉並木がありましたが、台風などの被害で徐々に少なくなってしまっているとの事。
苗を奉納した方々のお名前がずらーっと並んでいます。



そんな中、貫禄のあるこの杉は、

        22.天狗の腰掛杉

“天狗の腰掛け杉”というのだそうです。
天狗様がここに腰掛けて夜な夜な下界を見下ろしているのでしょうか?

     23.天狗の腰掛杉





     25.もみじや

薬王院の門前に古~くからあるお茶屋さん、“もみじや”さん。
ここの天狗ソバは大きなてんぷらが入ってなかなか美味しそうなのですが、今日は素通りで、山門へ!

        26.薬王院山門




山門入ってすぐに天狗さんの像があります。

こちら大天狗。

        27.大天狗

真っ赤な顔と高い鼻、団扇を持ったお姿が大天狗。その神通力で開運をもたらします。



こちらは小天狗。

        28.小天狗

青い顔にカラスのような嘴、剣を構えたお姿が小天狗。別名烏天狗。その剣で魔を断ちます。


高尾山の天狗は御本尊様に従いお護りする随身として、開運や魔除けなど多くのご利益をもたらす役割をもっているそうです。
高尾山が修験道の道場であることから、勇猛精進し山中を自在に駆け回る修験者(山伏)の姿が空想上の存在であった天狗のように見えたのかもしれないと言われています。




高尾山 薬王院です。

     29.薬王院本堂


薬王院本道の脇から階段を上っていきますと、

     30.その上


ご本尊の飯綱大権現

     31.飯綱大権現

鳥居がありますので神社ですね。
権現というのは、仏様が神様の姿になって現れているんでしたかね?
こちらは、不動明王の化身だそうです。

神仏融合の姿が高尾山には強く残っているのかな?
日本の宗教観って何でもありですねぇ・・・。



さあ、飯綱大権現の裏手からさらに頂上に向かうルートがあります。

     32.頂上へ

やっと山登りっぽい道になりました。
頂上まであと20分だそうですが、長ーーーくなったので、いったんここまで。


続きま~す!




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
山の空気は気持ちよかったですよ♪
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高尾山 天狗気分で空中散歩

ども にぽぽ です=*^-^*=




昨日の続きになりますが、薬王院、飯綱大権現のところから、

1.山道


20分ばかり山道を歩いていくと、

     2.もうすぐ頂上




標高599mの高尾山の頂上です。

3.頂上


これがまた、「え?ここが頂上?」ってぐらいのさりげなさ。
小学校4年までの秋の遠足は高尾山の山頂でお弁当になるんですけど、にぽぽの時代は今と違って生徒数がたんまりだったので、狭い頂上の場所取りは熾烈な戦い。
山頂ほとんどの生徒は斜面のところでお弁当を広げ、“おむすびころりん”の世界が展開されました。



4.眺望

周囲の山並を眺めつつ、ソフトクリームでも味わおうと思っていたのですが、山頂の売店では普通のバニラしかなく、つまらない。

飯縄大権現のところにおもしろいソフトクリームがあったので、来た道をとっとと引き返すことにしました。




下山するにぽぽとすれ違いざまに聞こえた小学生ぐらいの女の子のなにげない言葉。


木のすきまに

青空がみえる



なんてポエムなんだろう(笑)



にぽぽも木の隙間の青空を見上げて見ました。

5.隙間の青空



地面に視線を落とせば・・・

6.青空の模様



青空の模様。

ぷぷぷ(><)ポエマーにぽぽ。
ガラじゃな~い、かゆいっかゆいっ。



やっぱりにぽぽはポエムより食欲です。

インパクト的にはやっぱりコレだね!
ポリフェノール・クエン酸パワー“権現力ソフトクリーム”

     7.ソフト


薬王院の境内にある“権現茶屋”でも売られている“権現力”という高尾山オリジナルの健康ぶどう酢を使って作られている“権現力ソフトクリーム”

どれだけ権現だ!
ちなみに、“権現力(ごんげんりき)”です。

食感はコキュコキュしていて、ソフトクリームというよりは、シャーベットのようです。
でも、ぶどう酢の酸味で山登りの疲れがスカッと抜けていく感じです。
(疲れるほど歩いてないじゃんって声が聞こえましたよ!)




行きはケーブルカーで登ってきましたが、帰りはリフトで。

8.リフトに乗る

徒歩で50分、景色を楽しみつつの下山もいいのですが、スキー場でも下りのリフトに乗ることなんてないでしょー(^^
これお薦めです!



9.くだり

ひょえーっ、高いっ(怖)
高所恐怖症を自覚しているくせに、どうしてこういう事をしてしまうのか(汗)

お尻の下の不安定感に急激にあがる心拍数。ドキドキドキ!



10.空


にぽぽは天狗になりました。
にぽぽは天狗になりました。

人間なりきることも大事、天狗 天狗・・・

     11.まだまだ



だんだん標高がさがってきましたね。

12.随分降りた

はー、やれやれ。
にぽぽも人間に戻りました~♪




お蕎麦でも食べて帰ろうと、お土産屋さんを冷やかしながらフラフラ。

13.お土産を冷やかして



高尾山の名物グルメといば、とろろ蕎麦。
信仰の山への参拝者の疲れを癒す“とろろ”を消化吸収のよい蕎麦に乗せて出していたことから広まった名物です。


数あるお店の中で今回選んだのは“高橋家”

14.高橋家


天保年間(1830~1843)からこの場所にある老舗。
なんと樹齢150年の柿の木がお店を突き抜けて生えています。
柿木の成長と共にお店の歴史があるってことなんですねぇ。



イタワサでエビスビールをいただきま~す!

     15.板わさ

ここのイタワサは、わさび漬けをつかってるんですね、美味しいです!



“天婦羅せいろ”

16.天せいろ


マイタケの天ぷらが出てきたのは、山のお蕎麦屋さんという感じがしますが、ちょーっと油が切れてなくてベショっとなってたのが残念だったなぁ。

高尾山のわき水でさらしたという肝心なお蕎麦は、うまい!っと唸るほどではないですが、なんとなく懐かしく、ほのぼのとした味でした。



17.帰路

なんだかんだ言ったわりに、また来ようって思ったんだから、大満足なんですけどね(^^




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
明日から夏休み、旅にでまーす!
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池田屋 御用改めでござる!

ども にぽぽ です=*^-^*=





鴨川沿い!

1.鴨川

京都に来ております♪





四条大橋から三条まで、先斗町を見回り。

2.先斗町



不逞浪士が潜んでいるかもしれないから、気を抜くことはできない!

3.先斗町

4.先斗町



いよいよ三条小橋を渡る。

5.三条小橋




旅籠 池田屋


改め、はなの舞 池田屋

6.池田屋


来~ちゃったぁ 来~ちゃった♪





「御用あらためで あーる!神妙にいたせ!!」

とお店に入るとまずは近藤さんがお出迎え?

     7.近藤さん



そして、池田屋の大階段!

     8.階段


すごい迫力!



途中には土方さん。

     9.土方さん



そして沖田さん。

     10.沖田くん


いいですねぇ、この切り絵調のパネル。
すごくかっこいい(^^


そう思った方々には、なんと!

11.集合写真

近藤さんになりきって、土方さんと沖田さんと写真も撮れちゃうよ(笑)




にぽぽ、大興奮です。
ここで、討ち入りがあって、大立ち回りがあって、歴史的な大事件があったんですね。



案内された席につくと。

12.だんだら

お箸がだんだら!
コースターもかっこいい!
(ビールが運ばれる前にお持ち帰り決定、かばんに仕舞ってしまいました 笑)




感慨に浸りながら、あとはひたすら飲んで食べる!


馬刺し
14.馬刺し



にぽぽの席の斜め後ろは、新選組スキの人のオフ会が行われておりました。
耳がダンボになりながら、思わずニヤリニヤリ・・・。

新選組スキなら、一度は来たいお店ですよね。
熱いなー、みんな(笑)


万願寺とうがらしの・・・なんだっけこれ?
15.万願寺唐辛子

生麩のあぶり焼き
16.生麩のあぶり



昼間はものすごーーく歩き回ったので、喉が渇いた。
ビールがしみこむ、しみこむ。


鯨の赤身刺し
17.鯨の赤身


肴もガッツリ!
チェーン店だけど、京の素材のものもあり、味も美味しいです(^^


鱧のから揚げ
18.鱧のから揚げ


そろそろ〆。


鯖ずし
19.鯖すし





と、いうことで、夏の休暇初日から、最高の夜を過ごしております!






今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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京都のデパ地下グルメ堪能♪

ども にぽぽ です=*^-^*=




京都二日目です(^^
旅に出る前にお天気チェックをしたときには、雨の心配はなしとのことで、ホっとしていたのですが、今日起きてTVをつけると、京都の天気は曇りのち雨!

マジか。



雨女のにぽぽ、本領発揮じゃないか。


と、がっかりしていたのですが、午前中こそ雲が多かったのですが、見事に晴れました!


三条大橋
1.三条大橋

あちい・・・・。



三条河原
2.三条河原


風が柳をゆらしていきます。

京都の夏は厳しいと聞いていましたが、川を風が抜けていくときには、なんとも心地よい。
高いビルを建てまくって風の流れを封じ込めてしまった東京の方が、不快指数は高いと思いました。


街中をグルグル。
歩きつかれたにぽぽ、しばらーく橋の上でぼーーーーーー。




旅の詳細はまた後日ということにして、今日の夕食はデパ地下で買いこんでホテルでまったりな食事にすることと決定。


数あるデパートの中で選んだのは“大丸百貨店”。


“大丸百貨店”の前身“大文字屋呉服店”の創業は享保2年(1717)年、○に大の字を商標にしていました。
文久3(1863)年、このお店に浅黄色、袖にだんだらを染め抜いた羽織を注文した集団がありました。

新選組です(ニヤリ)。



新選組のだんだらの羽織は、現在の大丸で作られたものだったんですよ。
(呉服問屋 菱屋 という説もあります。)

ついでに言うと、“誠”の一字が書かれた隊旗は古着・木綿商であった高島屋で作られました。



まあ、そんな新選組ぷち知識はどうでもよくて、今日の夕食です。

3.夕食




なるべく京都らしいお惣菜を選んでみました♪

4.何だっけ


5.万願寺とうがらし

あちゃー、ピンボケ~。
万願寺とうがらしとジャコの煮たの。
これは家でもよく作ります、ただし、手ごろに入手できるピーマンで(笑)



6.鱧

京の夏といえば、鱧かなと思って。
梅をつけすぎた(汗)



7.味噌カツ

デラうまの味噌カツって書いてあったので、つられて買ってしまった!
ビールにはやっぱり串カツが合いますなぁ~。



8.魚そうめん

魚そうめんと、温泉玉子。

これは、京都市役所から裏道をてくてく歩いていて、通りかかったお店で買ったんです。



明治2年創業 柳馬場押小路角にあった、蒲鉾屋さんです。
茨木屋さん

9.茨木屋


やっぱり京都には素敵なお店がありますね♪





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
夢中で歩いて、ついつい水分補給を怠り勝ちに・・・あー夕食のビールが美味しかった。
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京都 鞍馬で西の天狗さんに対面

ども にぽぽ です=*^-^*=





東京に帰ってまいりました。
旅行中も、沢山コメントいただきまして、ありがとうございました(^^
楽しく嬉しく拝見しました♪

Reコメする余裕がなかったのですが、今日から通常に戻りつつ、京都旅日記をつらつら書きたいと思います!



さて、8月20日、10時半に京都に到着したにぽぽ。
荷物をコインロッカーに突っ込んで、市バスに乗り込み“今出川柳町駅”から叡山電鉄に乗り換えて到着しました、第一の目的地。

鞍馬駅
     1.鞍馬駅



鞍馬といえば、天狗。

     2.天狗

鞍馬山は全国の天狗の元締めなんだとか・・・。



鞍馬寺山門
     3.鞍馬寺

食い倒れと思われがちのにぽぽの旅。
そうじゃーないぞ!
本日は、源義経が修行したと伝わる鞍馬山から貴船への山越え!



山門から鞍馬寺本殿までの九十九折の坂道は、清少納言も登ったそうです。
平安時代・・・一体どんな服装で山歩きをしたのでしょうね。

     4.つづら折



本殿への最期の階段、あと一息!

     5.あと一息




     6.景色

本殿前の景色。
今思えば、ここが一番眺めがよかったかも・・・。



     7.パワースポット


鞍馬山の本尊は宇宙の大霊であり大生命であり大光明、大活動体であり、「尊天(そんてん)」というものなんですって。

本殿正面のこの土俵のような場所、パワースポットって雰囲気がしますよね(笑)
もちろん、にぽぽはこの真ん中に立って来ましたよ。



朱塗りの本殿も美しかったです。

     8.本殿



本殿左側には、奥の院へと続く道。

        9.奥宮へ


勢いのある力強い木の根っこが印象的でした。

     10.木の根


このあたり、ひたすら山を登っていく感じになります。

     11.奥の宮へ

階段が整備されているものの、結構息が切れます。




     13.義経息継ぎの井戸

これは、義経息継ぎの井戸と言われています。
以前はもっと水が沸いていたそうなのですが、最近水量が減っているとか・・・。



この先、いよいよ山という風情になっていきます。

        14.森



クマやマムシに注意のたて看板も!

        15.クマ

マジかっ!





義経背比べ石というのがありました。

     16.義経背比べ石


義経が奥州に向けて旅立つ時に、名残を惜しんで背比べをしたと伝えられる石です。
155cmのにぽぽより低かったけど・・・この石と義経が背を比べたというなら、義経っていったいどのぐらいの体格だったのかしら?



背比べ石を過ぎると、ほどんど下り道になってきます。

     17.下り



ふと見ると、木になんか付いてる。

        18.きのこ

なんでしょう?きのこ?



足元、黒い影がひょーんと飛んだものがあり、なにかと思ったら、

     19.かえる

カエルさん。

トカゲさんも沢山見かけましたね。




不動堂
     20.不動堂

奥の院までのちょうど中間ぐらいの場所にあります。
ここは大天狗「僧正坊」の栖とされる場所で、義経が天狗と出会った場所とも言われます。
今は護法魔王尊の脇侍「紗那王」として、義経堂が祀られています。


義経堂
     21.義経堂




ここを過ぎると、いよいよ義経修行の場というにふさわしい、荘厳な感じの原生林。

木の根道
     22.木の根道


こんなの見たことない!
どこに足を置いたらいいのか迷って、足がもつれそうになります(笑)


     23.木の根道

その昔、近藤正臣さんがピアノを足でひいたように、思わず爪先立ちになってしまう。
(意味の解らない最近の若者はスルーしてください。)



やっと到着、魔王堂とも言われる奥の院。

     24.魔王堂

650万年前に金星から護法魔王尊が天下った場所とされ、この拝殿の奥に本殿がしつらえられています。護法魔王尊とは地上の破壊と創造を司る霊王であり、地球の人間とは違った元素によって身体が出来ていて、永遠に16歳の姿をしているとされます。
何だかよくわからない話ですが、、鞍馬天狗は元々この護法魔王尊だったという説もある様です。



ここから貴船神社まで、あと600mぐらいの距離はひたすら下り道です。

     25.下り



林立する木の幹が模様のようで綺麗です。

     26.木漏れ日


この辺りになると、ゴーーッと水の音が聞こえてきます。
空気中の水分が多いのか、地面には苔が目立ってきました。

     27.苔

心なしか呼吸が楽な気もします。



一段と水音が大きくなり、眼下に川がちらちらと見えてきました。

     28.水の音


     29.貴船側




貴船側に到着。

     30.到着

鞍馬寺山門から、にぽぽの足で2時間ちょっとでした。


        31.水

     32.貴船神社へ


川沿いの道を歩くとすぐに

     
     33.貴船神社鳥居

貴船神社の鳥居が見えます。




現在1時半。

この日のお昼は、鳥居のすぐ脇にある鳥居茶屋に決めていました。

     34.鳥居茶屋




このお店の名物は、鮎茶漬け。

     35.鮎茶漬け


綺麗なピンク色のお魚は鯉です。

     36.鯉のあらい

臭みは全く無く、しっかり噛み応えのあるしまった身が美味しい。
添えてある湯葉のお刺身もふわっとやさしい味がします。


     37.鮎茶漬け

鮎もお箸でホロホロっと崩れるほど、骨まで柔らか!!
上品な出汁。

うーん・・・。
東女のにぽぽは、あと3滴ぐらい醤油をたらしたいという気もしてしまいましたが、山歩きの後のお茶漬けはほどよくお腹に収まりました。





今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
あれ・・・やっぱり食い倒れ日記?
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京都 貴船は緑なる水の杜

ども にぽぽ です=*^-^*=




さて、鳥居茶屋で腹ごしらえを済ませて気分も新たに貴船エリアを散策します。

     33.貴船神社鳥居
     
まずは貴船神社の本社におじゃましますのご挨拶。



鳥居をくぐると、すぐ脇に葉っぱが青々している大欅。

     1.ご神木


樹齢600年。
あっさり書いてあるのですがちょっと待てよ、600年かい!!



     2.貴船神社

貴船神社は、「水を司り給ふ」神といわれている“たかおかみのかみ”を祀り、古くから祈雨の神として信仰された神社だそうです。

晴れを願うときには白馬が、雨を願うときには黒馬が奉納されたのですが、実際の馬に代わって木の板に描いた馬が奉納されたこともあり、このことから絵馬発祥の地と案内されていました。

        4.絵馬



本殿は2007年に改築されたばかりだそうで、白木も真新しく綺麗な建物でした。

     3.本殿



本殿から振り返れば、越えてきた鞍馬山が見えます。

        4.鞍馬山




この神社で評判なのは水占い。

     5.水占い

境内に湧いているご神水のところにおみくじの紙をそーっと浮かべます。

     6.水占いの場所

     7.浮かべる



しばし待つ・・・・

     8.しばし待つ

だんだん文字が浮かんできます。



    
     9.大吉

大吉です!
最近連続して大吉を出しているにぽぽです(^^




境内にあるご神木は桂の木。

     10.境内の桂

こちらは樹齢400年。
通常ご神木は杉などの常緑樹だそうで、落葉樹の桂がご神木になっているのは珍しいのだそうです。




本社を後にして、奥宮まで道なりに約15分ほどの距離。
川沿いを歩いてきますが、川音はするけど川は見えず・・・どこまでも料亭の川床が続いています。

     11.奥宮へ



空気がまるで水のようで、大地も木も、苔蒸して視界が緑色です。

        12.苔

「水を司る」とは、雨を降らせたり止ませたり、それだけではなく、一旦降った雨を地中にしっかりと蓄えて、少しずつ少しずつ適量を地表に湧き出させていく働き全部を指すのだそうです。

雨を地中に蓄えるのは、大地にしっかりと根を張った樹木の役割、水を吸った沢山の大木が生い茂るここはまさに水の杜、水の神様がいらっしゃる土地なのだと強く感じます。
貴船の語源は、「木生嶺」「木生根」だともいわれています。



こちらは相生杉。

        13.相生の木

二本のスギの癒着合体した根株から2本の巨大な幹が寄り添うようにして立ち上がっていて、樹齢は1000年だそうです。
寄り添う姿が、仲睦まじい老夫婦の姿にたとえられ、相老と通じるところから相生杉(あいおいすぎ)と呼ばれているとか。




相生杉の前辺りになると、料亭もなくなり、自然のままの川床が現れました(^^

     14.自然の川床

仰向けでお昼寝していたり、川を眺めていたり、思い思いにくつろぐ人々。
すごいリラックスできそうです。



いよいよ奥宮へ。
杉の老木が立ち並ぶ参道を進んでいきます。

     15.奥宮

ちょっと荘厳な気配がします。



朱塗りの楼門の手前に豊かな湧き水。

     16.苔むす

ほんとーに清い水っていう感じでした。
いつも腕につけている天然石や縄文杉のブレスレットもじゃぶじゃぶ洗ってしまった♪




拝殿が修復工事中だったので、その後ろ側の本殿に参拝。

     17.奥宮

こちらも、本社と同じ“たかおかみのかみ”。
神社創建から天喜3(1055)年まで、ここに本社があったとされている場所だそうです。


起源のよくわからないような奇石があったりして、神話の世界に足を踏み入れたような気分になります。



奥宮への参拝を終え、来た道を引き返す道すがら、行きに目をつけておいた貴船カフェに寄り道です。

     18.貴船カフェ


オーダしたのは、期間限定“マンゴージュレフラッペ”

     19.マンゴージュレフラッペ

小さいカップに入ってきたジャムのようなのは何だ?
お店の方に尋ねると、
「マンゴージュレです、氷にかけてお召し上がり下さい。」

そうじゃん、『マンゴージュレ』フラッペをお願いしたんだから・・・ボケまくりですな。

     20.ジュレかけ




本社の前も通り過ぎて、一路貴船駅を目指して歩いていたら、道路脇にすごい木を発見。

        21.めずらしい木


幹の中心がくり貫けてしまって、中を見上げてみれば、ぽっかりと穴。

     22.ぽっかり


瀕死の重傷にみえるのに、枝も葉も生命力にあふれておりました。
すごいです。

     23.生命力




雨のようなザーともゴーとも聞こえる川音も聞きなれて、無音に感じられる頃、貴船駅に到着。
いよいよ水の杜とお別れです。

     24.森




改札を通ってからもこの階段・・・(汗)。

     25.貴船駅


終点の鞍馬駅から戻ってきた電車に乗り、神の地から人間の里へ戻りま~す!

     26.叡山電鉄




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
京都の一日目の日記、これにて終了です♪
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夏の京都、市中見回りを体感 その1

ども にぽぽ です=*^-^*=




京都に滞在するときには、どこを拠点にするかが結構問題かと思うのですが、にぽぽにはその迷いはありません。

     1.四条大宮

ここは、四条大宮。
土方さん達が浪士隊として初めて京に入ったときから2年あまりを過ごした屯所があった場所です。


京都2日目。
1日目のテーマは天狗だった訳ですが、2日目のテーマは新選組。
ふっふっふ。にぽぽの旅には欠かす事のできないテーマですからね~(^m^)



【本日の日記のご使用上の注意】
にぽぽは新選組が大好きで、特に土方歳三さん大好きなので、たまにネタが出てきます。以前からにぽぽの日記を読んでくれている方々は、またかと思っていらっしゃると思います。そして、初めてにぽぽの病気に遭遇した方々、どうか“ビョーキ”なのであきらめて温かくやさしく、スルーしてください(笑)。



と、いうことで、新選組を巡る京都の旅は1年半ぶり(2008年5月14日の日記⇒新選組を歩く~入京編その1~ )なのですが、今回はゆっくり無理せず、土方さん達が練り歩いた京の夏を感じようという事。




四条大宮から、大宮通りを少しだけ下り、綾小路通りに入ります。

     2.坊城通り

車一台の幅の通りの左右には小さいお寺が点在してます。


光縁寺

     3.光縁寺

「新選組之墓」という石碑が門前に立っています。


総長であった山南さんが当時の住職と懇意になったことから、隊内で亡くなった隊士達を葬るようになったという。
以前来たときには、お寺の中には入らなかったの、今回初めてお邪魔します。

     4.光縁寺



本堂の裏側に設ええてある墓所の片隅に、新選組ゆかりの墓が4つほど並んでいます。

     5..新選組隊士のお墓

一番左側に建つお墓は、四番隊組長を勤めた松原忠司をはじめ12人の合同墓。
ほとんどが切腹などの非業の死を遂げた人たちであります。



     6.山南さんのお墓

一番奥にある小さいお墓は沖田総司の縁者と伝わる女性のお墓なのだそうです。
恋人だったのか、妻だったのか・・・いろんな想像をかきたてられます。


そしてその隣は、このお寺と新選組を縁づけた山南さん本人のお墓。
局を脱するを禁ずという掟をやぶり脱走した罪で切腹。
土方さんと仲が悪かったから邪魔にされたとか、いろんな話しがありますが、本当の理由は今尚謎のまま。



それぞれのお墓の前でしばし合掌。



光縁寺を後にして、綾小路通りをひたすら進みT字になったその角が、新選組のほとんどの隊士が寝起きしていた前川邸です。

     7.旧前川邸

     8.旧前川邸


残念ながら、中は非公開ですが、土方さん達がいた当時の面影を濃く保存してくださっているのに、ひたすら感謝、感謝です。



前川邸を曲がると坊城通り。

     9.前川邸角を曲がる

この辺りの道の細さ加減とかは、幕末当時の事を想像するに安く、袴に刀をさした新選組隊士とうっかりすれ違っても不思議じゃない風情です。
     


瀬戸物屋さんに新選組の京人形が置かれていました。

     10.新選組人形
    
手前の小さいのは、近藤さんと土方さんと沖田君・・・似てないけど、そういうものを作りたい気持ちも、まあ・・・わかりますよ。


これは・・・・!!

     11.隊士


“新選組隊士”って、ザックリしすぎじゃないの~?



瀬戸物屋さんを過ぎると八木邸。
  
     12.八木邸

治安の乱れた京都を鎮圧するため、江戸から派遣された浪士隊のうち、後に“新選組”を立ち上げることになる近藤さん、土方さんをはじめとする13人に宿として割り当てられたのが、壬生村の郷士、八木源之丞さんの屋敷だったのです。


その八木さんの御子孫は“京都鶴屋”というお菓子屋さんを営んでいるのですが、お店が建っている場所に当時は離れがあって、土方さんはここで寝起きしていたらしいです♪
 
     13.離れがあった場所

そういえば、錦市場に“鶴屋”の支店がありました。
最近出店なさったのかしら・・・?
     


そして長屋門の奥は母屋。

     14.屯所

1年半ぶりに、中を見学させていただきました。



八木邸の斜め前ぐらいにあるのが新徳寺。

     15.新徳寺


その斜め前が壬生寺になります。

     16.壬生寺

     17.境内

ここで新選組の演習や、大砲の訓練なんかも行なわれたんですが、いちばーん目に浮かぶのは、沖田さんが近所の子ども達と鬼ごっこをして遊んでる風景なんですよね~。


壬生寺には近藤さんの胸像があって、その近くに絵馬がかけられてるんです。
読むとは無しに読んでしまったけど、
『志望校に受かりますように!』とか受験系のお願い事が多かったなあ。
近藤さんにお願いしても、お勉強の方はどうかなぁ(笑)
局長も、今なおいろいろ大変ですねぇ。

距離感を確かめつつ、当時の生活の状況を想像しつつ、じっくり歩きました。




四条大宮に戻り、バスで一路、四条通りを東へ向った先は八坂神社前となる祗園バス停。
高台寺の脇、坂をさらに登るのと霊山護国神社があり、坂本龍馬をはじめ、幕末の志士達が祀られています。

     19.霊山護国神社


もちろん、幕府側についていた新選組が祀られている訳がないので、にぽぽの興味はここではなく、その近くの霊山歴史館へ。

     20.霊山歴史館

なんと、8月末までの特別展示で、『新選組 その光と影を追う』が公開中!

普段函館にある伊庭八郎くんが父親に持たされていた“迷子札”も出張展示されているとか、前川邸の雨戸に書かれた“新選組隊長 近藤勇”の文字とか・・・
書籍でしか見たことのなかったものが、実際に見れると。

( ̄‥ ̄)=3 ムハーッ!
実は、これが一番の目当てで京都旅行を企画したといっても過言ではありません。


霊山歴史館
     21.霊山歴史館

鼻息荒く、大興奮しながら展示物を拝見してきました(^^




次なる目的地に向かい、東山区の坂を下りていきますが、いい加減喉も渇いたナーというところに、

        22.冷やしきゅうり

さっぱり レモンきゅうりスティック。


いやー、涼しそう!

     23.ポリ

こういうのがいいんですよ。
ポリっと・・・きゅうりウメー♪
こんなにきゅうりを美味しく感じるなんて、やっぱりにぽぽはカッパかも。




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
性懲りも無く、後半②に続きます。呆れないでまた来てね(^^;
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夏の京都、市中見回りを体感 その2

ども にぽぽ です=*^-^*=




きゅうりをかじりながら、霊山歴史館からの坂を東大路通りまで下って、路地をひょひょっと入ると、立派な鳥居があります。

     24.安井金比羅



ここは安井金比羅宮といって、その歴史は古く、天智天皇の時代に藤原鎌足が一堂を創建し、藤を植えて家門の隆盛と子孫の長久を祈った事に始まるらしいです。
歴史もさらっと大化の改新までさかのぼっちゃってるし、さすが京都ですね。

     25.境内



ところで、ここは縁切・縁結びのご利益で知られています。
男女の縁はもちろんですが、病気、酒、タバコ、賭事などの全ての悪縁を切るというものです。

社務所前に高さ1.5mほどの「縁切り・縁結びの碑(いし)」があり、碑の中央には人ひとりが通り抜けられる円形の穴があります。

     26.願い事


その穴へ神様の力が上部から亀裂を通して注がれているとの説明されています。
願掛けは、神札(しんれい)に願いを書いて、心に祈りをこめて「縁切り」場合は碑の表から裏に、「縁結び」場合は裏から表へ碑の穴を潜り抜け、後に神札を碑面に貼り付けると願いが叶うというものです。
祓いの碑(いし)は表面が見えないほどたくさんの神札が張られていて、風にあおられてハササ・・・と音を立てます。

見えてしまった!


“絶対に妻と縁がきれますように、そして○○子と幸せになれますように”


うわ~っ、不倫旅行で来たのかしら。
切腹ものよねー。

まったく妻にしたらたまったもんじゃありませんね。
どちらが悪縁でどちらが良縁なのか、まさに神のぞ知るってことで(笑)



ここに来たのは、『新選組魔道剣』という短編小説集の中の、『祗園の女』で使われていたからなのです。


土方さん達といっしょに江戸から状況し、新選組立ち上げのメンバーでもあった八番組長の藤堂平助は新選組を離れ、伊東甲子太郎らと共に御陵衛士となる。
しかし、裏切り者は切れとした、新選組によって油小路惨殺されてしまう・・・・。
それを聞いた藤堂平助の恋人は「うちのせいであの人は死んだんや」と泣き崩れます。
安井金比羅宮には、その恋人が祈願した「藤堂さんが新選組と縁が切れますように」という神札が貼られていました。

もちろん、フィクションですが、なかなかよく出来ているお話でした。




この日、曇りのち雨という予報だったにも関わらず、カンカンと太陽が照りだして。
あつい~。

新選組隊士たちの市中見回りも大変だったでしょうね。
休憩とかあったのかしら・・・?


にぽぽはお茶屋さんで休憩したい!!
冷たいもの食べたいー!


祇園にやってまいりました♪

        27.祗園


巽橋のたもとにあるのは“ぎをん小森”
もとはお茶屋さんとして営業していましたが、今は甘味どころになっています。

     29.小森


窓の下には白川が流れています。

     30.室内

緑も目に鮮やかで、すーっと暑さが去っていく気がします。



オーダしたのは抹茶ババロアパフェ。

        31.抹茶ババロアパフェ

パフェなんで久しぶりに食べたわ。
抹茶アイスや抹茶のババロアなので甘くないのが大人向き!
大満足、もう一つぐらい軽く食べられそうでした。



     28.辰巳大明神

巽大明神のあたりを中心として、昔ながらの町並みが保存されています。 
ここのお茶屋さんの建物の70%は江戸時代、元治2(1865)年の大火直後に建てられたものだそうです。
お茶屋さんの造りは切り妻、瓦葺きの本二階建て、一階は千本出格子に駒寄せ、二階は座敷で表に張り出し縁や格子手摺を付け年中すだれを掛けた町屋が並んでいます。

京都の花街としては、北野の上七軒、壬生の島原、東山の祇園があったのですが、公許された島原よりも、気楽に遊べる祇園が喜ばれたそうです。
また、新選組は屯所に近い島原を遊所にし、かたや土佐や長州などの勤皇方は祇園で遊んだそうです。

新選組も祇園で遊びましたが、勤皇方の志士達の方が圧倒的にモテたらしいです(笑)



春に来たときに比べて、歩くのがつらい~。
街中をぐるぐるするには、やっぱり暑さがこたえます。
無理はしないってことで、大丸にて食材を買い込み、四条大宮に戻りつつ、最後に寄ったのは西本願寺、

     32.太鼓楼

の太鼓楼のところ(笑)


新選組も隊士の数が増え、屯所にしていた前川邸もいよいよ手狭になったということで、土方さんが目をつけたのが西本願寺。

     33.太鼓楼の門



本堂脇の北集会所と太鼓楼を借り受け、新選組の屯所としました。

     34.太鼓楼

北集会所は今はないので、ここで新選組を偲ぶものといえば太鼓楼のみになるのですが・・・



太鼓楼の入口!

        36.入口

土方さんもここから出入りしたのかも・・・開けろー!開けてくれー!!
とまあ、とても尋常ではいられないです(笑)



屯所のあったあたりから本堂を見るとこんな感じ。

     37.西本願寺

手前が阿弥陀堂、奥が御影堂。

この境内で、大砲はぶっぱなす、豚を飼ってしめて食べる。
隊士の切腹は行なわれる・・・・とまあ、西本願寺にとってはえらい迷惑だったわけで、屯所を新築してあげるから、どうか出て行ってくださいという事になったのです。

もとから、土方さんの狙いは西本願寺にお金を出させて、専用の屯所を建てることだったと推測されています。
悪い男よね~(笑)



ところで、西本願寺がすごいと思うのは、本堂へあがるのも、中を歩き回るのにも、拝観料を取っていないということですね。

     38.渡り廊下



阿弥陀堂でご本尊を拝見(というか畳の上で休憩とも言う)した後、渡り廊下で御影堂へ。

     39.渡り廊下



ご本尊の上にかけられていた扁額の『見真』の文字をみつめ、かの人を思い返して涙するにぽぽなのでした。

     40.御影堂

いや、涙はしないけど(^^;


本日の日記に出てきた小説はこちらです。
新選組魔道剣 (文春文庫)新選組魔道剣 (文春文庫)
(2009/07/10)
火坂 雅志

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今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
ビョーキのお付き合い、お疲れ様でした!京都2日目、これにて終了です♪
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京都の朝

ども にぽぽ です=*^-^*=




京都3日目のテーマは、『源氏物語』。
一日目に山にいったにぽぽ、最後は川ということで、宇治十条の舞台でもある“宇治”へ!




・・・というはずだったのですが、お天気予報をチェックすると、この日は雨!
せっかくの景色も雨なら仕方ないということで、予定変更してやってきたのは、またしても東山区。

     1.八坂商店街



八坂の搭のあたりから清水寺方面へ抜けようとしていたら、この辺り、どのお店にもお家にも赤いお人形のようなものが軒にさがっているのです。

可愛らしいけど、なんだろうと坂を登っていたら見つけました、大元!

2.八坂庚申堂

こちら、八坂庚申堂で手作りされているお守りで、“くくり猿”というものだそうです。


お猿さんが手足をくくられて動けない姿は、人間の中にある欲望に喩えてあり、人間の中にある「欲望」が動かないように、庚申さんによってくくりつけられているのだとか。

“くくり猿”に願いを託してそれを叶えるには、欲を一つ我慢すること。

     3.境内

ふむふむ、欲だらけのにぽぽには、よい戒めになりそうだけども、これを持ってたら欲のままに行動するたびに心が痛みそうなので参拝するに留めておこう(笑)



清水寺はとにかく人気があるので、何時行っても人であふれて、コミコミなのですが、実は午前6時30分から参拝ができるんですよね。
朝の清らかな空気もあいまって、実に清々しいだろうと想像するのですが、寝坊のにぽぽがそんな朝早く行動できるわけもなく、現在午前10時。

     4.二年坂

それでも、随分人が少なくて歩きやすい!

     5.二年坂

いい経験した♪
これからこのエリアは朝来る事にしよう!




昨日の夜、あんなに食べたというのに、目が覚めたらお腹がグー・・・。
まてまて、お腹よ、美味しい朝食を食べに行こうではないか!

と狙いを定めてやって来たのが、“イノダコーヒー 清水店”。

6.イノダコーヒー清水店



どどーんと仕切りのない広々した店内の一面はガラス窓でお庭に面しています。

7.お庭

気候がよければオープンにして、お庭にもテーブルが出る様子。
お外で食事も気持ちいいでしょうね~!



京の旦那衆に愛された喫茶店でありますが、朝のメニューならこれですよ(^^

8.京の朝食

“京の朝食”
フレッシュなオレンジジュースから、ホワホワのスクランブルエッグ、ロースハムの塩加減もすばらしい!
添えてあるポテトサラダはマッシュされてるのとゴロっとしてるのの配分がなんとも心地よい!
バターたっぷりのクロワッサンもたまりません。

さすが素材にこだわっているだけありました。


喫茶店ですから肝心なコーヒーも。
京都の老舗珈琲店では、もっとも合う分量のミルクと砂糖をあらかじめ入れたものが通常出されるとい聞いたことがあるのですが、イノダコーヒーでは「砂糖とミルクをお入れしてよろしいでしょうか」と尋ねてくれました。

     9.コーヒー

通常はお砂糖なし、ミルクちょびが好みなのですが、せっかくなのでイノダコーヒーの味を堪能させていただきました。


三年坂、二年坂のお店をひやかしつつ・・・
あ、清水寺の事書いてないのに気付きました?

だって、行ってないんだもん(笑)
なんで、こんな近くまで来てーって感じですよね~。


お天気が悪かったので、今度晴れた日に改めて来ようと思ったのです。




四条通花見小路にある一力茶屋(手前赤い建物)です。

10.祗園一力前

一力茶屋は江戸の中期に祇園が花街へと変貌してゆくときに、忠臣蔵でおなじみの大石内蔵助が利用していたことで有名ですが、新選組局長、近藤さんもこのお茶屋さんで開かれた会合に招かれたりしていました(あぁ。今日のテーマは新選組じゃないんだった 笑)。


今でも一見さんお断り、お客にもそれなりの品格が要求されるのでしょう。
なんでもかんでも観光客に開放するばかりでなく、こういう仕来たりを残すのもよいと思います、にぽぽは。



風情のよい花見小路をそぞろ歩いていくと、奥には京都最古の禅寺といわれる“建仁寺”があります。

11.建仁寺



このお寺もいろんな見所満載なのですが、とにかく美しいお庭を見てボーっと自我を開放するのがよろしいのではないかというのが、にぽぽの感想。

12.枯山水

13.枯山水

14.枯山水

どうでしょう?
宇宙を感じられましたか?(笑)




こちらは“潮音庭”と名がついています。

15.潮音庭

16.潮音庭

なんで潮の音なのかわかりませんでしたけど・・・。
苔のモコモコした感じと硬質な石のコントラストが面白くて見飽きませんでした。




八坂神社前でお土産屋さんにまぎれていた“めやみ地蔵”さん。

17.めやみ地蔵尊

その名の通り、目の病気にご利益があるそうです。
一日中パソコンを見て仕事、そして活字中毒による読書で目を酷使しまくっているので、「どうぞ目がずーっと健康でありますよう」にとお願いしておきました(^^




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
ちょっとステキ女子的京旅行だったでしょうか?続きはどうでしょう(笑)
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Author:にぽぽ
東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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お仕事がとってもとっても忙しくなってしまってReコメできないのが心苦しく、コメントをいただかない設定にしております。

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