2008年8月31日(日) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= やっと、気持ちよく晴れましたヽ(^◇^*)/ ワーイ 空も、風にも秋の気配がありますね。 晴れたらお散歩に出かけたいなーと思っていたものの、1週間雨が続くと、なんとなく溜まってしまっている家の雑用があるもんですね(>_< ) でも、晴れた日のお掃除やお洗濯は気持ちいー♪ なんか久しぶりにカラッとさっぱりした気分です。 今日は乾きたてのシーツとカバーで気持ちよく寝るぞ♪ ついでに、ごちゃごちゃになってしまっていたアクセサリーケースの中も整理しました。 にぽぽは趣味がシルバーアクセサリー作りなので、結構な量になってしまうんですよね。 作ってから、コレは失敗だったなーて、使わないものもあるし(汗) 秋冬によさそうなものを出しやすい位置にしてました。 お気に入りの作品をUPしてみます、ハズカシナガラ(〃∇〃)ゝエヘヘ ハートのネックレス  これは、トップに直接チェーンを通す穴を開ける事が課題の中級作品です。 にぽぽはハートのモチーフが好きなので、よくハートものを作りますが、これは変形にしてみました。 トップもピカピカに磨かないで、くもった感じになるヘアライン仕上げにしました♪ クロスのペンダント  これは、シルバーの躯体にハートとか星型のキュービックを入れることが課題の中級作品です。 焼成後サイズ、縦4cm横3cmで、ハートのキュービックは5mmです。 大きめのクロスのペンダントが欲しくって、思い切って粘土をつかったので重量感もあります。 埋っていた秘宝というイメージなので、彫り飾りをいれて、燻して黒くしてみました♪ 彫りはもっとアイヌやインカの文様のようにしたかったんですけど、無理でした!彫り苦手なの(涙) オーバルキュービックのリング  これもクロスのペンダントと同じ課題。 キュービックが気に入って一個余分に課題を仕上げたものです。 シャネルのキルティングデザインをぱくって、大きいオーバルのキュービックを入れたリングを作りたかったんです。 そして、琥珀色のキュービックとシルバーを組み合わせたかったの。 イメージではキュービックのところはもっと厚みをつけて、ぷっくりした形のハズだったんだけど、ちょっと失敗・・・(涙) イメージと作っている時と、焼成後の仕上がりのギャップがなくなってくればいいんですけどね〜。 その域はまだまーだ、遠いですね。 この作品も今年の春先に仕上げたものです。 そろそろ、作りたい気持ちが沸いてきたかも〜!芸術の秋かも〜・・・? 最後まで読んでくれてどうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 皆様の応援 ポチp(*^-^*)qポチ、本当に励みになります!!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月30日(土) 東京/  ⇒  ⇒  ⇒  豪雨!⇒  ども にぽぽ です=*^-^*= おとといから、大荒れな天気に悩んでいます〜(泣) 昨日の日記にはお見舞いのコメントもいただきまして、どうもありがとうございます! 昨日未明の八王子地方は、雷が地響きとともに横に走っていくような感じでした。 停電なんて、何年ぶりかに体験しましたよ、パソコン関係は無事でヨカッタ(;^◇^;)ゝ 八王子も大雨の被害がでているようですが、にぽぽの家周辺は無事ですヨ。 みなさん、心配してくれてありがと。 今朝はいいお天気で! こりゃー洗濯日和だわーと思い、洗濯物を干しだしたらザーーーーっと・・・・ 空を見上げつつ涙を流すにぽぽです(TmT)ウゥゥ・・・ そしてまた晴れ間が!  「おーい!」  初登場ですが、我が家のワンコ(若)です。 「若ちゃん、今のうちにお散歩行ってこようよ!」 散歩?  勢いよく振り向くからブレちゃったよ(笑) 休日はにぽぽとお散歩です。 にぽぽは若ちゃんに家来だと思われているようですが、飼い主ですから(泣)!  「毎年ここはコスモスが群生するんだけど、まだ早いみたいだねー、若ちゃん?」 写真撮ってないで、真面目に散歩せんか!  と言わんばかりの顔ですね、若ちゃん。 「・・・どうもすいません」  「ほらほら若ちゃん!桜の葉が赤くなってきてるよ!秋の気配だねぇ♪」 食えないもんには興味無いぜ!   「若ちゃん、また曇ってきちゃったよ、そろそろ帰ろうか?」 まだ帰らないよ!   「でも、雷も鳴ってきたから、ザーっとくるよ!」 帰らないってばぁ!! ・・・なめられている。結局若ちゃんの思うがままに散歩に付き合わされたにぽぽです。 ダメじゃん・・・( ̄△ ̄;) また散歩に連れて行ってやってもいいぞ!  なんだその態度は(怒) 続きを読む
2008年8月29日(金) 東京/   ⇒  未明の雷雨はハンパなかった・・・ ども (ウンチク)にぽぽ です (=´ー`)ノ この週末は、少し夏らしい気温に戻るようですが、ほんとうにしばらく涼しくて、めっきりとお茶が美味しかったですね〜。  本日は、江戸時代スキスキにぽぽのウンチク話を一つ。 江戸城の将軍様も、お城にばかりいた訳ではなく、鷹狩りに出かけたり、大名家のお庭を見に出かけたりした訳なんですが、さて、将軍がお出ましになるというお触れがでたら、サー大変! その日、将軍が通る道沿いは全て通行止めはもちろんのこと、道は掃き清められて、街道沿いは、火も炊いちゃいけないから、お風呂屋さんも休業、住民達は、お風呂にも行けず、ご飯の支度もできないという事になります。万が一にも火事など出さないようにという厳重な警戒態勢です。 そればかりでなく、戸という戸、障子の隙間も全てピッチリとふさがなくては、万が一にも、将軍の行列を見ては失礼にあたるということで、厳重に目張りもしなくてはならなかったんですって! これは将軍だけにとどまらず! 新茶の季節には、京都の宇治から江戸に、将軍へのお茶が届けられます。 これを『お茶壺道中』といって、東海道を通ったり、中山道経由で、 この前の甲州街道を通って運ばれたりしましたが、この『お茶壺』様も将軍と同じ扱いになるんですよ! ♪ズイズイ ズッコロバシ 胡麻味噌ずい 茶壺に追われて 戸をピッシャン 抜けたーらどんどこしょ♪ の茶壺に追われて 戸をピッシャンとは、お茶壺道中が近づいてきたら、通り抜けるまで、家に入って戸をピッタリと閉めていなくてはならなかった!という事を歌っているんだそうです。 こういう事は、将軍の威光を知らしめる為の、幕府の演出だったんですって! お茶を飲んでいたら、以前に読んだ本を思い出して、ウンチクしてみました。 また暑さが戻ってくるようですね。 にぽぽとしては、残暑も楽しみたいので、ちょっと嬉しいです♪ 本日のウンチクはこちらの本からでした! 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 皆様の応援 ポチp(*^-^*)qポチ でとうとう夏を乗り切りました!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月28日(木) 東京/  ⇒  ども にぽぽ です=*^-^*= にぽぽの弱点 それは爪が弱いことですかね。 にぽぽは両効きなので、鉛筆とお箸は右を使いますが、それ以外は消しゴム、携帯、自動販売機にコインを入れる、鋏、ボールを投げる などなど、全て左を使っているようです。 もともとは左利きだったので、無意識には左を使っているんでしょうね、その結果、よくよく、ほんとによーく、左の人差し指や中指の爪が折れます。 なんですかねー、 蛋白質がたりてないんですかねー いつも、美味しい物を求めて食いまくっていて、足りない栄養素があるとも思えませんが、いや、 むしろ足りすぎて溜まってるぐらいだからして。 ( ̄へ ̄|||) ウーム 今回も順調に爪が伸びてきたところで、ヒビが! 爪の白いところの境目に沿ってビビーっと横割れしてきました! ( ̄▽ ̄;)!!ガーン 今ならまだ、何とかなるかも! 補修剤  シルクスクリーン?とかいうヤツです。 買ってきてみました♪ 絹の薄い布を爪に接着してヒビを補修します。 行き着けのネイルサロンなんてないので、とりあえず自分でやってみるさ。 補修完了です〜! じゃん♪  おおー!(自画自賛) いいかも、いいかも、大丈夫カモー\(*^▽^*)/ このまま順調に伸びていってくれたまえよ! アートはシールだしね(笑) むふふ、最近は便利なネイル小物が沢山あって、嬉しいですね♪ でも ネイルサロン、行きたいな〜 なんか立体のいろんなの!くっつけてもらいたいな〜 ((o>ω<))o(笑) 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 秋冬になると、乾燥でますます爪が折れやすいにぽぽには 皆様の応援 ポチp(*^-^*)qポチの潤いが大変効果的です。  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月27日(水) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= 東京は不定形都市ですね。 ちょっと来ないと、あれ?ここって元はどうなっていたっけ?というような事になります。 過去の様子がまったく思い出せない、以前から当然こうだったというように。 東京駅 GRANSTA GRANSTAは昨年の10月にOPENした東京駅のショッピングスペース。 初めて来てみました。 東京駅もいつも歩いているんですけど、山手線から中央線、中央線から東海道新幹線。 というように、いつも目的に向って歩いているので、GRANSTAのスペースを通ることなど無かったのでした。 で、来てみましたが。 ここのスペースって、以前どうなってましたっけか? そういえば、しばらく工事していたような・・・・?それにしても、人がいっぱい。 当然以前から使ってました、みたいにお買い物してたり、待ち合わせしてたり。 すごいですねー(感心) おしゃれなお菓子のお店もたーくさんありますね。 東京のお土産ならここで買ってもいいかな〜 って!! あれあれあれ〜!!! 京都のお菓子屋さんとか横浜のお店とか!!! うんうん、東京って、そういうところだよ。 駅弁も売っています。 何故か沖縄料理のお弁当とか、京のお惣菜とか、横浜の中華とか。 人気があるってことですよね(笑) ここのスペースで駅弁を買うならば、にぽぽのお薦めは 新宿アカシアのロールキャベツ弁当または 浅草 今半のお弁当ですよ。 せっかくだから、東京のお店のお弁当がいいんじゃないかな〜。 にぽぽも購入しちゃいました♪ 浅草 今半のお弁当  牛肉弁当  お肉たーっぷり入ってます。ご飯もお肉の味が浸みてウマウマですよ♪ なにより、お豆腐がねぇ〜、もっと入れてほしいなー♪ お弁当を食べながら、秋の旅行の計画を練っています(笑) 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 皆様からの応援 ポチp(*^-^*)qポチ がとっても励みになっています!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと 二つもありがとう<(_ _*)X(*_ _)>
2008年8月25日(月) 東京/  ⇒  ども にぽぽ(山女) です( ̄‥ ̄) = =3 街道を行くとか言って、司馬遼太郎さんのような事になってますが、いつか踏破してみようと思っている甲州街道の旧道を、先日下見してきました。 甲州街道は、江戸時代に整備された五街道の一つで、東京・日本橋からにぽぽの住む東京多摩地区を通り、長野県の下諏訪までを結んでいます。現在でいうところのR20です。 ただし、現在はパイパスも整備されて、以前の甲州街道とルートが違っているところもあります。八王子の高尾の辺りには「甲州道中」と呼ばれていた時代の面影を残す旧道が一部残っているのです。 車を走らせてJR中央線の高尾駅付近になると、前方一気に山という景色になってきます。 現在のR20は高尾山を右に見るようにして迂回し、大垂水峠を越えて神奈川県の相模湖に下りていくルートになっていますが、旧甲州街道は高尾山を左に見る現在の中央高速に沿っていて、小仏峠を越えて神奈川県に入るルートでした。 JR高尾駅を過ぎてしばらく行った「小名路」の三叉路を右に入ると、旧甲州街道となります。道幅も狭く、のどかな生活道路という様相です。 旧道をしばらく行くと、駒木野バス停の右手に、小さな公園のようなスペースがあります。 ここは東海道の箱根、中山道の碓氷と並んで「関東の三関」の一つとされた小仏の関所跡です。 小仏の関所跡  建物などは一切残っていませんが、江戸への出入りを厳しく取り締まっていたことを示す手形石と手付石というものが残っています。 手形石と手付石  奥に見える手形石に手形を置き、役人が手形を改めている間、通行人は手前に見える手付石に手を付き頭を下げていたそうです。 小仏の関は明治2年に廃止となりました。 小仏の関を過ぎ車を走らせて行きますと、道の左側には小仏川が平行して流れるようになり、蛇滝口のバス停があります。 蛇滝口  バス停のところに建っている小屋は、昔、蛇滝で修行をする人達の為の宿泊小屋として使われていたそうです。この辺りは水が美味しいと評判で、小屋の手前も湧き水が汲める場所になっています。 湧き水  この辺りに住む人はもとより、ポリタンクをもって汲みにくる人も見られます。 にぽぽも、お茶の初釜に使うからと、ママちゃんに命令されて汲みに来たこともありました。 澄みきった感じの癖のない美味しいお水です♪ 蛇滝口のバス停の向いに、“いのはなトンネル供養碑、徒歩5分”という看板があったので、ついでに行ってみる事にしました。道といってもほとんど畦道です。 ちょっと歩くと、畑に突然踏み切りが出現! 踏み切りの反対側まで50mぐらいはありそうな、幅広の踏み切り。 今時めずらしいです。  踏み切りの向こうの構造物は中央高速です、下から見たことなかったけど、すごい高さ! 踏み切りの中央で立ち止まり、電車が来たらどうしようとドキドキしながら、いのはなトンネルを撮ってみました。   ところで、慰霊碑というのは、この場所で起こった“いのはなトンネル列車銃撃事件”のものでした。 昭和20(1945)年8月5日正午過ぎに、満員の新宿発長野行419列車が、アメリカ軍のP−51戦闘機複数機に執拗に爆撃を受け、乗客の多くが犠牲になったという事件があったそうです。 悲しい事件があったとは考えられないほど、今はのどかで静かな場所でした。 車に戻って走り出すと、街道沿いの普通のお家の軒先に 『梅干あります』の札がかかっていました。一瞬通り過ぎましたが、手作りの梅干に憧れるにぽぽ、 車を止めて、梅干ゲット! この辺りは梅郷としても有名なのです。 梅干あります  街道を進んでいくと、摺指(するさし)へ入っていきます。 この辺りは昔から新規の移住者が少なく、ほとんどのお家が峰尾(峯尾)さんなのだそうです。先祖代々住んでいるんですね。そういえば、にぽぽの高校の同級生や後輩にも峰尾(峯尾)さんがいましたっけ。 そんな摺指の峰尾さんの一軒がお豆腐屋さんをやっています。 するさしの豆腐(峰尾豆腐店)  おいしいお水でつくる、評判のおいしいお豆腐。駐車場には、遠くから買いに来るお客様の車がいっぱいです。寄せ豆腐が美味しいですし、豆乳も分けてくれます。 すぐにお家に帰れないにぽぽは、今日はおからドーナツとおから茶を購入しました! おからドーナツとおから茶  摺指を過ぎると、いよいよ道幅も狭く、険しくなってくるのですが、おいしい珈琲を飲ませてくれると有名な“ふじだな珈琲”があるので、珈琲を飲みながら一休みを楽しみにしていました。 ふじだな珈琲  Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン お休みでした・・・。 残念ムネン・・・・。 ふじだな珈琲を過ぎると、日陰バス停付近、いよいよ本当に急峻な山道になってきます。 というか、日陰という名前もスゴイし、バスが走る道であるという事がスゴイです。 日陰から小仏のバス折り返し場に向う道  写真では解りにくいと思いますが、普通車同士のすれ違いもちょっと危ない。 何メートルかごとに車逃げのスペースが設けられているので、対向車が見えたらそこで待機してるか、不幸にも鉢合わせちゃったら、どちらかの車がバックで下がるか・・・って大抵はバックが下りになるにぽぽが譲らなくてはならないハメになります、チッ(腹黒にぽぽ登場)。 にぽぽの華麗なドライビングテクニックが冴えるってもんです(かなり強がってます) バスが折り返してくる時のすれ違いが怖いよー! バスの折り返し場を過ぎると、日光いろは坂の小型版のようなつづら折を登って、いよいよ普通車も行き止まり。 車止まり  ここから影信山や小仏峠を越えて、相模湖方面へ向うルートがあるのです。 ちなみに、にぽぽの小学校5年の秋の遠足は、高尾山を登って影信山へ、小仏峠を経由して、今ににぽぽが立っている場所へ出て、バスで学校まで戻るというコースでした。 よく歩いたもんだな〜、今のにぽぽにもできるかしら・・・イヤ、ムリだし。 複雑な思いで、木立の道をにらみ、仁王立ちのにぽぽなのでした。 この先、旧甲州街道は小仏峠へ 目指せ 踏破!!・・・・できるのかしら・・・・? 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 大丈夫、きっと歩けるさという励ましの ポチp(*^-^*)qポチ お待ちしております。 にぽぽもおだてりゃ山に登る ぶひ♪  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月24日(日) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= ここ1週間はとっても寒いですね、8月だという事を忘れてしまう程でした。 お天気も悪く雨がちで、今日の東京/八王子はどしゃどしゃと雨ふりです。 高円寺では阿波踊り、調布ではよさこいなどのイベントがありましたが、どこにもお出かけせずに、お家でまったりモードのにぽぽです。 先日裏高尾に出かけ時に、“蛇滝口”という場所のちょっと先にあった普通のお家の軒先に『梅干あります』と紙がかかっていました。 手作り梅干に憧れているにぽぽは車を引き返して購入してきたのです。 いつか自分で漬けてみたいな〜と思うのですが、勤め人のにぽぽにはちょっと無理・・・。 お土産  くださいな〜と声をかけたら、販売主のおばーさんとそのお孫さんが出てきて、とっても感じよく対応してくれました。 “小梅”と“赤シソ”と“梅酢” 最近は真っ赤な梅干が好まれないそうで、あまり色をつけないんですよ、とおばーさん。 シソはご飯を炊くときに入れると、綺麗な赤いご飯になるとか、そのままでもビールのおつまみになるとか、いろいろ教えてくださいました( ^-^ ) ドモドモ♪ 梅酢というものは、初めて手にしたので、家に帰って、薄めて飲んでみました。梅干汁といった感じでしょうか。 そうだそうだ!とお粥に仕立ててみることにしました。 お粥は大好きなのですが、いつも水の量が少ないようで、糊のようになってしまうので、今日は思い切って大目のお水で炊いて見ました。 え?分量? ( ̄へ ̄|||) ウーム、それはね、適当(だからいつも失敗するんだけどね)。 果たして・・・・ 炊き上がりました!  じゃーん♪ いい感じじゃないですか? 赤シソも、“ゆかり”にして炊き込んでみましたよ。 v(*'-^*)bぶいっ♪ さらに小梅ちゃんにも参加していただきましょう! <タレ> 小梅ちゃんの種を除いて叩く、めんつゆをお水で薄めたものに投入。 さらに、鰹節とすり胡麻を投入。 茹でた鶏のささみを裂いてタレに馴染ませる。 大葉の千切りを混ぜる。 分量は全て適当(笑)。 炒った松の実を散らして じゃじゃーん♪  完成でーす \(*^▽^*)/ ちょっと 謝朋殿粥餐庁のお粥に近づいたかな? 天候不順の時の体調管理には体にやさしいお粥がいいですね♪ 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 皆様からの応援 ポチp(*^-^*)qポチ はとっても励みになります。  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月22日(金) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= とか言いながら、この日記は8/19に書いている予約投稿分でごじゃいます。 先日、新宿歌舞伎町のマックで待ち合わせまでの時間をつぶしておりましたらば、近くの席のハイティーンと思われる女子が、 「さいきんーー、におい、かえたんだよぉー どう?」 と話していました。 ふーん、最近の女子は香水とかの事を『におい』っていうんだぁ! と妙に感心しながら、その直接的表現に情緒がないなぁ、と批判的になったりして。 ロクシタン ソリッドパフューム  香りというのは、時代をよく映すもので、おしゃれな人達はいつも、時代にあった香りを身にまとっていらっしゃいます。 にぽぽの少し“おねーさん”の世代は、“毒”という名の香りを思いっきり身にまとい、電車の一車両分に充満するほど、長い長い香りの帯を引きずっておりました。 また別の“おねーさん”方は、「COCO」だったり「トレゾァ」だったり、いずれも濃い重厚な甘き香りをこれでもか!と香らせておりました。 さすがパワー全開の時代! その少し後、にぽぽがあこがれていた“おにーさん”は「エゴイスト」という香水を愛用していて、とちくるっていたいたにぽぽは“おにーさん”と同じ香水を身にまとって悦にはいったりしましたが、皮膚体温が低いにぽぽには、「エゴイスト」の香りは重くまとわりつくだけで、舞ってはくれなかった。 若気の至りの大失敗な思い出です。 お気に入りの香りを、上手に身にまとうことに憧れているのですが、どうもなかなか、上手に使いこなせないにぽぽは、最近はソリッドパフュームばかり使っており、香水売り場に寄ることも少なくなっておりました。 『におい』世代の女子達は、「エスカーダ」や「セクシーガール」のような、お花と果物が合わさった、なんとも美味しそうな香りをまとっておりますね。 そしてとっても軽やかです。 久しぶりににぽぽもお気に入りの『におい』を探しに行こうかな♪ 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 明日から、コメントもお返しできると思いますので、どうぞまたよろしくお願いします〜!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月21日(木) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= 八王子城の近辺は、気の利いた食事どころも何もなかった。 お腹もすいたし、山歩きで汗もだくだくだし、山裾をぐるりまわって、陣馬街道に入りを恩方(おんがた)方面に行くことにしました。 陣馬街道(じんばかいどう)は、八王子市の市街地を通る国道20号(甲州街道)の追分交差点から西へ分かれ、和田峠を経て神奈川県相模原市藤野町に至る街道、その向こうは山梨県です。 古くは甲州街道の裏街道として多くの人々が通り、武田軍が陣場(戦の際の基地)を張った場所でもあります。 だから陣馬街道なのかしら? 多摩川の上流の一つ、北浅川を左手に見ながら走っていくと、やがて狐塚バス停があります。 狐塚という地名が、どれだけ山奥かを現している気もしますが、ググってみると狐塚をいう地名は全国に結構あるんですね。 狐塚バス停からちょっと歩くと「興慶寺(けいこうじ)」というお寺があって、このお寺は、 ♪「夕焼け小焼けで日が暮れて・・」で知られる童謡「夕焼け小焼け」の中で歌われている「山のお寺の鐘が鳴る」のお寺です。 この童謡の作詞者・中村雨紅は、八王子の恩方に生まれた人です。 狐塚バス停を過ぎると、ブルーベリー狩りやます釣り場の看板が! 陣馬街道  このあたりはブルーベリーの生産が盛んらしい、知らなかった。 今度ブルーベリー狩りに来てみようかな〜。 そのまま道なりに走っていくと、「夕焼け小焼けふれあいの里」があります。 ふれあいの里付近  農作業の体験・ポニー乗馬・小動物とのふれあい広場、温室園芸館、農具・民具の展示、今と昔の遊びの体験、バーベキュー、などなどができるらしいです。 にぽぽが目指すのは、宿泊と、日帰り入浴、レストランの施設である“おおるりの家”。 おおるりの家  日帰り入浴は、宿泊するお客さんのためのお風呂なので、温泉でもないし、露天になっている訳でもありません。 近所にあるスパに行った方がよっぽど施設は整っていますが、まーまー、いいじゃない。 汗流してさっぱりして、ご飯だ! 利用料は大人¥500 お風呂に行ってみたら、貸切?! だーれもいませんでした♪ 非常時以外開けちゃだめってかいてあるドアを開けて(こらっ!!)景色を撮ってみました。 お風呂からの景色  ・・・山ですな。 頭に 例の手ぬぐいを置いて、景色を眺めながら旅行気分です。 さっぱりしたところで、併設されているレストラン、“いろり端”へ。  これまた貸切?! お昼時から少しズレているから、ガラガラ。 おおるりの家のフロントでお土産も買ってみました。 ブルーベリーのはちみつ  カキ氷にかけても美味しいと書いてあります、いいかもー♪ 5〜6倍に薄めて飲む、うーんいいかもー♪ あ オーダしたものがきました! にぽぽの定番、天ざるです。  国産のそば粉で手打ちです。 天ぷらもおいしいです。 おまけでついてる“そば羊羹”は、そばの実のやさしい甘さが生きていて美味しかった! 食後に、地元農場のブルーベリーを使ったソルべも。  “o(><)o”くう〜! ブルーベリーが濃いよ♪ いやいや〜、 地元だけど、八王子って侮れないなぁ。 って思ったお散歩でした。 まだまだ、行ったことないところ、沢山あるんですよ。 地元もまた、ぼちぼちとお散歩したいと思います〜! 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) コメント返しが遅れてすみませんです〜! ちゃんと読ませていただいてます( 仕事中に)  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月20日(水) ども にぽぽ です=*^-^*= 今日と明日は帰宅時間が遅くなってしまいそうなのです。 なので、いつもコメントいただく方々のところには応援ポチ逃げ(あし@の方にはプラスぐって)になってしまいます。 どうぞお許しを〜(汗) そして、にぽぽのお散歩日記は、予約投稿するので、いただいたコメントに返答せずに 新しい日記がアップされます。 コメントいただけましたら、あさって以降、早めにお返ししたいと思っています。 あいスイマセンです(。 _ _)。
2008年8月19日(火) 東京/ ども にぽぽ です=*^-^*= 懲りずに、八王子城日記に、ようこそお越しくださいました! 今回も字が多いですゾ〜! 天正10(1582)年、天下統一を目前にした織田信長が本能寺に倒れます。 その後、全国制覇を狙う豊臣秀吉と北条氏が天正16(1588)年頃から対立し、北条氏は領内で戦闘準備を始めます。 天正18(1590)年4月、いよいよ豊臣秀吉は箱根湯本に本陣を据えて、小田原攻めを行いました。 豊臣軍は前田利家を総大将に、上杉景勝を加え上州方面から、北条氏の各出城を攻めつつ進行していきます。 一方、北条軍の司令塔であった北条氏照は精鋭部隊と共に小田原城に籠城し、八王子城は重臣を中心とした守備隊に任せていました。 天正18(1590)年6月23日未明 八王子城は豊臣秀吉の軍勢、上杉景勝・前田利家・真田昌幸らの一万五千の軍に攻められました。 八王子城を守っていたのは、老武将に率いられた農民、職人、山伏、僧侶や他、その家族の女達、千人ほどに過ぎませんでした。 籠城戦は、籠城側を降伏させて開城させるといった、人命を優先する戦法が主流でしたが、「降伏を許すと共に、時には城兵はことごとく殺戮することも必要だ」と秀吉が言い、八王子城での戦は見せしめの為、降伏する事も許さず徹底的に叩かれました。 八王子城が悲劇の城と語られるのは、豊臣秀吉の小田原攻めで唯一、地獄攻めというに等しい、殺戮戦だったからなのでしょう。 築城当時からあった道かどうか解りませんが、御主殿の脇の坂道があります。 坂道を下る途中、にぽぽの足元から、大きなバッタが跳ね上がってきました。  殿様バッタ? 北条家の家臣の生まれ変わり? なんて、しみじみバッタを見つめちゃったりして・・・・。 坂道を下りきると、そこに小さな滝があります。 御主殿の滝  北条氏照の正室、比佐は城内で自害、側室のお豊の方は幼い若君を抱いて落ち延びようとしましたが、敵兵の前になすすべもなく、御主殿の滝に身を投げたと言われています。  滝つぼの底までもよく見える程、川の水は澄んでいますが、城で討ち死にした屍から流れ出す血で城山川は3日3晩、真っ赤に染まったと言われています。 御主殿の滝を見下ろす崖には、きれいに整備された八王子城跡の中で、唯一古めかしい供養等が建ち、明らかに他の場所と違う湿った空気に支配されています。  八王子城は、心霊スポットとして有名ですが、特にこの御主殿の滝あたりが波動の強いスポットの一つらしいです。 御主殿跡や古道のあたりには散策する親子づれや登山の足慣らしに歩いているご夫婦がみえましたが、この滝のあたりに立ち止まる人はありません。 今でも地元の方々の間では6月23日には城に入ってはいけないと伝えられています。 悲しい魂が今でも、この場所にとどまっているのかもしれません。 小田原城で八王子城の悲報を聞いた北条氏照は床を叩いて号泣したといいます。 翌日には、八王子で討ち死にした武将の首も小田原城に届けられ、北条方武将の妻子と思われる、ボロボロになった着物を着た女・子供が小田原城前にさらされました。 八王子城の陥落は小田原城に籠城していた北条軍の志気を失わせ、7月に開城、北条氏照は兄・氏政ともに切腹して果てました。 切腹の数十日後に徳川家康が江戸入りします。 豊臣の時代が終わり、江戸時代になると八王子は幕府の直轄地となり、八王子の中心は甲州街道沿いの宿場町へと移ります。 八王子城は廃城のまま捨て置かれ土に埋もれていったのです。 御主殿の滝から曳橋の下側を通る入口へ戻る道は、江戸時代に整備された林道です。 八王子城の悲劇を慰めるがごとく、ひっそりと弥勒菩薩様が置かれていました。 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 皆様からの応援 ポチp(*^-^*)qポチ でお散歩もいっそう楽しめるにぽぽです!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)> 続きを読む
2008年8月18日(月) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= お盆休みに故郷に帰ったり、旅行を楽しむ世間を横目に、たんたんと平常営業のにぽぽでしたが、 そもそも片田舎の八王子にすんでいるんだから、ちょっと出かけてくれば旅行気分満載ではないか! と気付いて、そそくさとお散歩に出かけました。 今日の目的地は、戦国時代に作られた巨大な山城、八王子城です。 八王子城は高尾山の北、そして神奈川県との県境の辺りに位置します。 住所は“東京都八王子市元八王子”です。 時は戦国時代。 武田、今川、徳川、豊臣、そして織田、名だたる戦国武将が名を並べる時代に、小田原城を本拠にとし、関東に多くの支城を構えて一円を支配していたのが北条氏です。 第四代目当主・氏政の弟・氏照は多摩川と秋川の合流地点にある“滝山城”を居城とし、北は五日市・青梅・飯能・所沢の一帯、南は相模原・大和から横浜の一部までを支配地としていました。永禄12(1569)年に武田信玄が滝山城を攻撃し、落城寸前となったことから、強固で広大な八王子城の築城を考えたようです。 八王子城築城の時期は明確ではりませんが、天正年間のはじめ(1570)ぐらいかららしく、天正年間の中頃に、氏照は八王子城に移ったと考えられています。 八王子城が築かれた深沢山(城山) 城は大まかに、城下町に当たる「根小屋地区」、城主氏照の館のあった「御主殿」、戦闘時に要塞となる「要害地区」に分かれています。 要害地区は深沢山頂の八王子神社の尾根一帯。 そんな本格的な登山をする覚悟はないので、入口から割りと近い「御主殿」あたりまでで引き返して来る事に決定。 八王子城の碑 八王子城は有名な心霊スポットでもあります。 この碑、昔からあるんですけど、なぜか字が朱に塗られてて怖いんですけど・・・ 平成2(1990)年に、見学者の案内のために管理棟が建てられ、広場に八王子城案内板が設置されるなどの整備がされたそうで、ずいぶん明るい雰囲気になってました。ホッ。 平成18(2006)年には日本100名城にも選定されたとか。 知らなかった〜!! 御主殿と古道の案内板に従って歩いていきましょう。  すぐ登り坂(山なんだから当たり前)です。 昭和63(1988)年の確認調査で明らかになった大手の門跡があります。 大手の門跡  古道(大手道) 門跡や尾根に断続的続く平坦部があり、どうやら御主殿に続く大手道だったようです。 右側はすぐに崖、城山川が流れています。 当時は対岸に御主殿の石垣や多くの建物が見わたせたと考えらます。 橋台(きょうだい)石垣と曳橋 山の両岸に、橋を架けるための橋台石垣が発見されました。当時はこの橋台に簡単な木橋を架け、攻撃を受けたときには 橋を壊すことによって、敵の侵入を防いだと考えられます。 橋は現在の工法で史跡の景観に合うように造られたそうです。 築城当時の石垣 曳橋を渡ると、御主殿したの石垣があります。 この石垣は八王子城落城から400年、土の中に崩れずに残っていたので、検出したそのままの状態にしてあるそうです。 この城山山中から産出する砂岩を利用して、ひとつ一つていねいに積み重ね、 隙間には小石を詰めて全体として強固な石垣としています。石垣の勾配が急なこと、石垣の裏側に沢山の砕いた石を入れていることも特徴で、戦国時代の石垣様式を示す全国でも貴重なものです。 御主殿虎口(こぐち) 城の出入り口は虎口と呼ばれ、防御と攻撃の拠点となるようにさまざなな工夫がこらしてあります。 御主殿の虎口は木橋をわたった位置から御主殿内部まで高低差約9mを「コ」の字型に折れ曲がった階段通路としていることが特徴です。 全体で25段の階段は蹴上が36cmで約5mの幅をもっています。途中の2か所の踊り場とともに、全面に石が敷かれているのは、八王子城独特のものだそうです。 それにしても蹴上36cmというのは、だいぶ腿を引き上げつつ登っていかなくてはならなくて〜!! 足の衰えをまざまざと感じてしまった、やばいな〜鍛えないと〜・・・。 櫓門跡 この踊り場から、4つの建物礎石が発見されました。写真の中で敷石の面よりちょっと高くなっている大きな石がそれです。 想定される建物は、通路の重要な位置にあることから、物見や指揮をするための櫓門であったかもしれないとのこと。 御主殿跡 いよいよ到着しました。 この場所は、江戸時代はじめに描かれた八王子城古図に「北条陸奥守殿御主殿」と記されており、城主北条氏照が居住していたところだそうです。 築城時に造成され、周囲を石垣として土塁で囲んだ長方形の削平地となっています。 発掘調査では、中国の磁器類の破片や国産の陶器、鉄砲弾をはじめとする武器・武具類など多くの遺物が発見されました。 中には当時の武人のたしなみであった茶道具や、当時でも極めて珍しかったと思われるベネチア産のガラス器の破片もあったそうです。 氏照の生活ぶりが想像できそうな気がします。 御主殿からの眺め 八王子城の規模は広大で、城全体の利用計画も複雑でした。 まだ工事が続いていた天正18(1590)年6月23日未明、天下統一を目指す豊臣秀吉の命を受けた前田利家と上杉景勝らの軍にわずか一日で攻め落とされてしまいます。 八王子城悲劇の落城は、次回のお散歩日記に続きます(長い)!! 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) もー、こんなマニアックな内容、読むの大変だったわ!と、 ぐったりついでに ポチp(*^-^*)q ポチ お願いします♪ 一発  長いわ!バキッ!!( -_-)=○()゜O゜)アウッ も 一発!  (゜o゜C=(_ _; バキッえーかげんにせい!!
2008年8月18日(月) 東京/  写真がアップロードできなくってさー あれ?これ?いやなんで???? なんてパソコンいじくりまくってたらさー FC2の障害だったんだよぉぉ!!早く言え!!いや、早く気づけ!にぽぽのアホアホアホーーー!! あ ども (腹黒)にぽぽ です( ̄∀ ̄)ニヤリッ つーことで、いつもコメントくださっている皆様のところにコメント あーんど 応援ポチにまわるのが0:00に迫っちゃって、ラスト10分ぐらいにお邪魔した方のところはポチ逃げ・・・・。 そして、間に合わなかった方も・・・・アワワワ((((゚ □ ゚ ) ゚ □ ゚))))アワワワ どうも、すみません。 只今もまだ復旧中のようで、写真がアップロードできないので、本日は番組の予定を変更してお送りします。 本のご紹介でーす。 著者の石川英輔さんは、江戸時代研究の第一人者で、江戸時代スキにぽぽは、杉浦日向子さんの本と石川英輔さんの本は、沢山読んでおります♪ ご紹介にあげた本は、SF小説のジャンルだと思うのですが、2050年の日本が舞台。 2050年の生活はなんとパソコンもなく、自動車なんて、ほとんど走らず、日本は世界中の何処の国からも相手にされず、意図せず鎖国状態。 食料も輸入されてこないので、皆、自給自足の正に江戸時代の農民のような暮らしになってしまっています。 あるとき、“文明”が発達していて、いろんな機械や沢山世界中の食べ物に囲まれて暮らしていた過去の日本について勉強してみようという事になり、古書の文面を読み解くことになりました。 −マルチメディア時代のエンターテイメントVRのクリエーターとしては、手段としてのデジタルを使いこなせるアーチストであることが、ビジネスとして成立するための必須条件である・・・。 2050年の若者達はみな????。 普通の人達がこんな文章を読んで理解できていたのだろうか? そこで、若者達は村の長老に聞きに行く事にしました。 この長老がちょうど、今のにぽぽ達の世代になります。 長老は、何が起こったのか、どういう状況だったのかを若者に語るのです。 2000年前後から、日本の工業製品が世界で売れなくなり、中国にとって変わられていきます。 日本は理由がよく解らず、“手先の器用な日本”“日本の製品は世界一”と思い続けているのです。 でも実際は日本の製品には故障多く、品質も低下してきていたのです。 子供の頃から物質に恵まれて育った世代は、新しい物を作り出す事ができなくなっていたのです。 工業製品が売れなくなると、円の価値もなくなり、石油も買えなくなってきます。 エネルギーのほとんどを石油に頼っていた日本、都心ではバスも電車も規制され、交通機関が麻痺しだします。高層ビルのエレベーターやエスカレーター、電気もしだいに稼動しなくなり、食料のほとんどを輸入に頼っていた日本は、いよいよ食料不足にも悩むことになります。 以前は故郷を離れ、都心で生活していた人達が、食料を求めて故郷に帰っていき、自分達で食べ物を作ってくことになり、日本という国が存続できなくなり、江戸時代のような小さい範囲での集落の生活になっていった。 というお話です。 この本は1994年に連載を開始し、1998年に文庫が発売されました。 文庫発売時ににぽぽは購入し、食料自給率の低さの問題に気付かされました。 リサイクルするよりも、消費して使い捨てる世の中って、おかしいなと強く思うようになりました。 はたして、現在。 まるでこの小説が予言の書のような事になってきています。 本当に2050年の日本は江戸時代に戻ってしまっているかもしれません。 日本の農業従事者の平均年齢は75歳だそうです。 あと5年のうちに、農業政策をしっかりやって、後継者を育てないと、経験が継承されず、大変な事になるそうです。 歳で耕すことができずに、そして後継者もいないために荒れてしまっている水田や畑も沢山あるそうです。 小説は江戸時代の生活によって、糖尿病などが無くなり、かえってみんな健康に暮らしているというハッピーエンドですが、実際はハッピーエンドに向うでしょうか・・・・? にぽぽのお薦め本です。 機会があったら、ぜひ読んでみてくださいね! 最後まで読んでくれてどうもありがとう~~~ヾ(^∇^) ちくしょーっ!予定してた日記が使えなかったんで、こんな時間になっちゃったじゃないか! くっっそーーっ、明日は業務中に寝てやる!!という(腹黒)にぽぽに、なぐさめの応援 ポチp(*^-^*)qポチ お願いします〜。  ポチっと ありがとう(* ̄ー ̄)ニヤリッ も 一個も  ポチっと二つも ありがとう( ̄∀ ̄*)ニヤリッ
2008年8月16日(土) 東京/  のち  ども にぽぽ です=*^-^*= 休みの初日、午前中に溜まっていた家事を片付けて。 何も予定のない贅沢な土曜日の午後には、窓辺にクッションを持ってきて、読書などしながらカシス・リキュールを楽しみます。  甘みの強い、お酒でいて、お酒じゃないような曖昧さが、休日の昼下がりにぴったりだと思うのです。 にぽぽが常備しているのは、『ルジェカシス』 カシスリキュールの代表的な銘柄です。 ストレートで飲むには甘すぎるので、ソーダやトニックヲウォーター、柑橘類の果汁で割って飲むのが一般的ですね。 最も有名なカクテルは“キール” カシスリキュールの故郷、フランスのディジョン市の市長、キャノン・フェリックス・キール氏が、市の特産品であるルジェ カシスと、同じく土地の名産品であるアリゴテ種の辛口白ワインで割ったカクテルを振舞い、これがいつしか“キール”と呼ばれるようになったと言われています。 アリゴテ種のブドウで作った地元産のワインを飲んだキール市長が 「まずい!カシスリキュールを入れなきゃ飲めやしない!」という事で、美味しくないワインを飲むために考案されたという説もあります(笑) 白ワインの代わりにシャンパン等のスパークリングワインに替えると“キール・ロワイヤル”となります。 シャンパンを使うため、シャンパーニュ地方発祥かと思うのですが、なんとオーストラリアのウィーンが発祥の地だそうです。 にぽぽは最も手軽にできる、カシス・ウーロンがお気に入りです♪ だんだん瞼が重くなり、気持ちよ〜くお昼寝。 最高の休日。 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) お昼寝中も皆様の応援 ポチp(*^-^*)q ポチ で楽しい夢を見れそうです!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月15日(金) 東京/  ときどき  ども にぽぽ です=*^-^*= 8月も半分が過ぎました。 本日は東西線の竹橋駅にきております。 毎日新聞社から竹橋の眺め  竹橋駅a1出口から、代官町に向って、紀伊国坂(きのくにさか)を登っていきます。 道路左側は皇居、右側は北の丸公園です。 皇居乾門の前あたりで北の丸公園に入りますと、レンガ造りの建物があります。 旧近衛師団司令部庁舎  近衛師団とは、天皇及び宮城の警護を目的とする軍隊です。 明治43(1910)年、旧陸軍技師の田村鎮により設計、現在地に司令部の庁舎が建てられました。 庁舎の基部にある通風口には陸軍の星章をあしらった青銅製の枠がはめ込まれています。  この建物では、昭和20(1945)年に8・15事件が起こりました。  昭和20(1945)年8月14日の御前会議にてポツダム宣言受諾し連合国に回答することを決めましたが、御前会議の後も、徹底抗戦を唱えていた陸軍省軍務局軍務課内政班、畑中少佐らが、近衛軍決起し、放送用の終戦の詔勅録音の玉音盤をクーデター的に奪取しようとしましたが、未遂に終わりました(宮城事件)。 入口  翌8月15日未明、近衛師団司令部にて森赳(中将)近衛師団長へ決起を促しましたが、天皇の聖断に従う決意の師団長は拒絶。畑中少佐は森近衛師団長を射殺し、偽の師団長命令を発し宮城を武力封鎖しました。 エントランス  さらに玉音盤奪取を謀りますが、田中静壱大将指揮の東部軍などの賛同を得られないまま失敗しました。畑中少佐らに「今日のような国家の危局に際しては、一人の無統制が国を破る因をなす。敢えて反対の行動に出ようとするものは、まず阿南を斬れ」と牽制していた阿南陸軍大臣が自刃。 早朝、東部軍が宮城を鎮撫しました。 11時 中心メンバー畑中少佐・椎崎中佐が二重橋前で自決。 12時 古賀近衛師団参謀 近衛師団長室で自決。 (8.15事件) 2F踊り場から窓の景色  そして、終戦の詔勅は放送されました。 先日、戦争や原爆投下について街頭インタビューを受けていた若い女性が、 「過去の事に興味はない」 と答えていて、ちょっと背筋がぞぉっとなりました。 日本が戦争を起こしたのは、軍部の人間が狂気だったからではありません。 『戦士の遺書』などを読みますと、陸軍、海軍の幹部も司令官達も家族を思い、国を思う立派な男達でした。 全て日本が悪かったです、ごめんなさい、で済ませてしまって、“なぜ日本は戦争を起こすことになったのか”という議論ときちんと世代を超えてしてこなかったから、上記ような発言をする人が出てきてしまうんでしょうね。 旧近衛師団司令部庁舎は、危うく解体されそうになりましたが、現在は、近代美術館工芸館として利用されています。 軍事的に作られた建物が、平和的に利用されている世の中になって、良かったと思います。 ずーっと、平和な世の中が続きますように! さて、 竹橋にきたらば、寄らなければならないお店があります! 紀伊国坂を元に戻り、毎日新聞社、パレスサイドビルへ。  このビルの地下1F、低い天井といい、昭和を感じさせるビルの中ですが、中華の赤坂飯店があります。通称“アカハン” アカハン  このお店に来た人の80%はオーダーしているんじゃないかと思われる人気のメニューは坦坦麺です! 坦坦麺  中華だけど、イタリアンカラー(笑)、もやしのしゃきしゃきと絹さやこれで決まりです。 アカハンも何店舗かあるんですけど、竹橋パレスサイドビル店じゃないとダメです〜! ここの坦坦麺は、胡麻が濃いです!濃厚です!そしてピリっと辛い。  麺は卵麺でストレート。 もっちりして、これがまた辛さにちょうどいいバランス! ここの餃子も絶対食べるベシ! お腹はきつくなるけど、絶対食べるベシ(重要なので2回言いました)  皮厚めです、むっちりしてます。 一口噛むと、ぶしゅーーっとスープが溢れますから、皮厚めじゃないと耐えられないんだと思うの。 ( ̄ρ ̄)ハゥゥゥ、お腹いっぱい。 頭で戦争を、お腹で平和を実感した北の丸公園付近のお散歩でした♪ ちょっと食べすぎましたけど・・・・ 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) 皆様からの応援 ポチp(*^-^*)qポチ、本当に励みになっています。  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m あの〜・・・できればも 一個  ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)> 今日の日記に出てきた本です。
2008年8月13日(水) 東京/  ども にぽぽ です=*^-^*= アレが食べたい、アレが!!お仕事中から、思いにとらわれたにぽぽ。 もう、どうにもこうにも! 食べたいとなったら食べたい訳です。 終業ベルと同時に、 ひたすら“アソコ”の“アレ”を目指し、会社を飛び出しました。 新宿から八王子の自宅に向うのは京王線。 東 京と八 王子を結ぶので、京・王。そんな事はどうでもいい! 千歳烏山駅で途中下車。 千歳烏山は世田谷区です。 関東大震災後に多くのお寺が移ってきたので、小京都の風情もあるという情報があります。 一度ゆっくりとお散歩してみたいな〜と思っているのですが、にぽぽにとっては、以前、仕事上の関連部署があり、打ち合わせに出向いた帰りに、しょっちゅう飲み倒していたところなので、ほどよくいい飲み屋さんがある街だな〜という印象しかなかったりして。 商店街も、ものすごく充実していますが、目的地は商店街から一本外れます。 やきとり村  なぜだか、この通りには焼き鳥を扱うお店が並んでおり、にぽぽは“やきとり村”と名付けました。 打ち合わせの帰りに 「じゃあ、やきとり村の●●に寄りましょうよ!」という使い方をしますが、大変狭い範囲でしか通用しません。 ですので、この日記を読んで、万が一、行ってみようと思ってくださった方がいても 千歳烏山に着いて地元の方に 「やきとり村どこでしょう?」と聞いたとしても、全く通じません。 そのやきとり村の一角に“アソコ”はあります。 仲屋  仲屋は、地元でも知る人ぞ知り、知らない人も知っている勢いの極上焼き鳥と焼き豚のお店です。 なんと、にぽぽ3年ぶりぐらいに来てみました! ここまでくれば、“アレ”の正体はわかりますね! 『焼き鳥』です。 今日は、牛が赤い布に突入するがごとくなので、友人を誘う余裕もなく、一人焼き鳥。 一人でもすんなり。 カウンターどーぞーってなもんです。感じいいお店です。 ああ・・・・ これでにぽぽも立派なおじさんになれました(爆) 生ビールを頼んで! えーっと、ハツとカシラとモモと網レバー! 塩で! あ、あ、あとピーマンね! 炭にのりましたーーー!! 手前のがにぽぽのですよー(と一人で興奮中)  焼き担当のおにーさんが、絶妙に塩をふっていきます!  向こう端にピーマンものりました!これもにぽぽのでしょー! (と一人で確認) 煙がもうもうしてきて、もうすぐ焼きあがり。 上がりました!!  にぽぽはかなり焼き鳥好きですが、仲屋の焼き鳥はマジ美味!! ぎゃるにぽぽなら、これやばーい! 木蓮さん風にいうならば でらうま!ボーデン(オス豚ちゃんのおち●ち●)とかパイパイ(メス豚ちゃんのおっぱい)とか、ちょっと珍しい部位も扱っています。 パイパイはやわらかくって美味しいですけど、ボーデンはあんまり美味しくないね、好みでしょうが。 刺系も、レバ刺し(絶品)、センマイ刺し、ミミガー、などなど、どれも美味しい。 久しぶりに来て見ても、変らず美味しい焼き鳥がうれしかった〜!! 今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^) お盆休み?ありませんよ、にぽぽには。 みなさんのポチp(*^-^*)qポチでお盆を乗り切ります!!  ポチっと ありがとうm(。-_-。)m も 一個も |