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湯に浸り、ベルばらに浸る

2008年8月1日(金) 東京/




♪ぽーーーーーーーーーっ!

ぽぽぽぽぽぽ ぽぽぽぽぽぽ 
ぽぉぉぉっ にぽぽ♪





ども にぽぽ です=*^-^*=


鼠先輩の歌を聞いたときからにぽぽに引っ掛けたかった、ただそれだけです。




ところで本題ですが、


相変わらず会社の冷房にやられているにぽぽ(2008年7月20日の日記⇒ドイツ製のマッサージオイル、O2クラフト)は、脱・冷え性キャンペーンを地道に実施しております。


とにもかくにもお風呂ですが、毎日の事なので、変化が必要です。
にぽぽは入浴剤を変えて楽しんでいます。



特に最近はまったのが、“ベルサイユのばら”シリーズ

“ベルサイユのばら”・・・・
今の知名度ってどのぐらいなのだろう。



にぽぽも連載オンタイムには間に合わなかったですけど、小学生の時にアニメになったりして、コミックもそろえて読んでました。(最近、漫画ネタが目立ちますね(;^_^A  )
今思えば、小学生であの難しい内容をよく読んでいたものだなと感心しますが、今のにぽぽの歴史好きは多分、“ベルばら”から始まった気がします。



“ベルばら”同時期には“エースをねらえ!”とかも連載していたのだろうと思うのですが、1970年代、キーワードとしては神田川、喫茶店、フォーク、なんて感じでしょうか。当時の少女マンガは、瞳キラキラ、涙がだらだら。足が長いし、フリフリだし、
あえて今読むと・・・・・

耽美な世界に、結構はまります ( ̄‥ ̄) = =3



入浴剤
DSCN1932.jpg


アンドレ(潤いの湯);大丈夫。おまえのそばに いつも俺がいる。 きゃーーーー!!
野バラの実抽出。色もワインレッド。

フェルゼン(タラソの湯);海より深い一途な愛で、あなたを包む。 きゃぁぁぁぁぁ!!
ゲランドの海塩、海草スパ(って昨日のフォションのパンもゲランドの塩だった)

ジェローデル(とろみの湯);貴方を優しく受けとめる、それが私の使命。 ギャーーーッ!!
乳清、ヨーグルトのような乳白色のとろみの湯。

アラン(多汗の湯):お前のすべてを 俺が見守ってやるぜ。 
ギャァァァァァッ!!
レパゲルマニウム、無色。


悶えますね、あまりにもコピーがぴったり過ぎて(笑)
しかしながら、効果は素晴らしく真面目です。
アランの多汗の湯なんて、本当に汗がだらだら出てきます。気持ちいいほどです。



アントワネット、オスカル、デュ・バリー夫人、ポリニャック夫人のボディケアシリーズもあって、コピーとしては、

オスカル(ソルト&珊瑚の泡立つスクラブ);諸君、美しくあるべきは 心のみにあらず!!

というのと、

ポリニャック婦人(ハニー&クレイのクレイパック);文句があるなら 磨いてからいらっしゃい。

というのがお気に入り。
いずれもコミック内のセリフのパロディなので、おかしい。


こちらもやはり、効果はバッチリです。オスカルのスクラブなんて、びっくりするほど、お肌スベスベになりましたよ!



そして、お風呂上りには

シートマスク
DSCN1938.jpg

DSCN1937.jpg


オスカル編には真珠パウダーが入って、アントワネット編にはは金ナノコロイドが入っています。
いずれもお肌がプルンプルン♪になりました。



楽しいし、ドラッグストア的コスメも、最近のものは効果が高いですね♪



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theme : **暮らしを楽しむ**
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獲れたて!夏の味

2008年8月2日(土) 東京/ ものすごーく暑い



ども にぽぽ です=*^-^*=



昨日のお昼のこと。
会社のマイデスクで、コンビにで購入してきた“もずく酢”をいつものように飲んでいました。

もずく酢
もずく酢


はい、にぽぽは“もずく酢”は飲み物だと思っていますが、それはさておき、
家庭菜園を楽しんでいるNさんの持ってきたプチトマトとゴーヤを手に入れました♪


ゴーヤとプチトマト
ゴーヤとトマト


手に入れたというよりも、別の方に持ってきたものを、無理やり強奪したと言うほうが正しいかもしれません。
お友達のまつんこさんのお家やご実家で収穫しているピッカピカの野菜や果物を、いつもうらやましい~と思っていたにぽぽ。
獲れたてを楽しめる機会を逃すわけにはいかなかったのです!!


だって、このムチムチ感、手を出すなという方に無理があります。
輝いてますよね~!
若いっていいわねー、みたいな。



プチトマトはすぐに食べてしまいましたが、その美味しかったこと!!
素朴なんですけど、味が弾むんですねー、獲れたてって♪
塩もなんにもつけなくっても、そのままが最高。


そして、ゴーヤ様(ええ、様ですよ、呼び捨てなんてできませんとも)は、今日のお昼に
登場!


ゴーヤのおひたし
DSCN1954.jpg


塩もみしただけで、茹でてませんけど、全く苦味は気になりません。
甘みさえ感じるようでした♪


そしてもちろん

ゴーヤチャンプル
DSCN1956.jpg


薄味に仕上げましたけど、なんでこんなに美味しいの!
にぽぽの獲れたて信仰はもう止まりません!



旬のものを大事に料理して、食べる。
そういう生活はやっぱり素敵です。



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theme : 日記
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八王子まつり

2008年8月3日(日) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=



ふるさとの話をしよう。



にぽぽのふるさとは八王子です。
生まれは違いますが、一番長く住んでいる街なので、ふるさととなりました。



東京都民から見れば、八王子って東京だっけ?という扱いをされますが、当の八王子市民も、東京という意識はかなり薄かったりします。


とはいえ、中世の北条氏の城が残り、江戸時代には甲州街道の宿場町として栄えた歴史ある街であります。


毎年8月の第一金曜日からの3日間はそんな八王子のお祭りが開催されます。
もとは「下の祭り」と呼ばれる八幡・八雲神社の祭礼と、「上の祭り」と呼ばれる多賀神社の祭礼が行われ、山車が曳かれていたのですが、“八王子まつり”として統合されました。


檜所お囃子
2.お囃子

居囃子
3.お囃子



お祭りの3日間はいろいろな行事が行われますが、中でも二日目の夜に行われる山車巡行は最大の盛り上がりとなります。
午後7時、各町のポイントに散っていた山車が甲州街道の巡行を開始します。


三崎町の山車
3.三崎町

八王子まつりの山車は、古いものは享保年間(1716~1740)に造られたといわれていて、江戸の一本柱の「吹貫」などをヒントに地元の宮大工が、唐破風の平屋根(総屋根)の中央に柱を立てて人形を取り付けた「八王子一本柱立て人形山車」といわれる山車でした。その後、火災で焼失したりして山車の構造は変化し、前部は唐破風の囃子台、後部の楽屋が二層構造の鉾台型が登場し、八王子まつりの主流になりました。入母屋八つ棟造りという堂宮型も登場しました。


山車は各町ごとに個性的な彫りなどでかざられていますが、最大の見所は、山車がすれ違う時にお囃子を競い合う『ぶっつけ』です!

三崎町と元横山町のぶっつけ
4.ぶっつけ

お囃子の音の一層高らかに響きます♪



山車は多くの人達によって曳かれて行きます。

大横町の山車
5.大横町



小門町の山車を先導する纏振り
6.纏振り

小門町の山車
7.小門町

山車の大きさはおよそ幅3m、奥行4.5m、高さ4m程。
結構でかい!迫力ありますよ♪


そして山車が出会えば、ぶっつけ!

八日町と元横山町のぶっつけ
8.ぶっつけ

ぶっつけの写真が元横山町のものばっかりだった(汗)


山車巡行
9.山車行列


19台の山車が勇壮に巡行するにぽぽ自慢のふるさと祭り、いかがだったでしょうか?





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灯涼し

2008年8月5日(火) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=



先日勢いで購入してきた“浮き玉”のその後。
こんな感じになってます。


浮き玉



キャンドルは、よく灯しておりますが、お友達のkazu* さんの日記に載っていた、フローティングキャンドルがとても素敵だったので、真似しちゃいました(笑)



夏の灯(なつのひ)、夏灯(なつともし)。



これは夏の季語です。夏の夜にともす灯火は昼の暑さと比べて涼しさを感じさせてくれることが多いです。涼しさを感じさせることを中心に『灯涼し(ひすずし)』と詠まれることもあるそうです。

日本語は、美しい言葉が沢山あるんだなーと嬉しくなります。
ちゃんと使いこなせるようになったら素敵なんだけどな。


DSCN2006.jpg


水に浮くビードロ照らす灯の涼し    にぽぽ作

・・・・・・・工夫無く そのまんまだよ こりゃ駄作    にぽぽ作 




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府中 ふたたび

2008年8月6日(水) 東京/

ども オタクにぽぽ です=*^-^*=



【本日の日記のご使用上の注意】
にぽぽは新選組が大好きで、特に土方歳三さん大好きっ子なので、たまにネタが出てきます。興味ない方にはまったく興味ないと思うのですが、いつもにぽぽの日記を読んでくれている皆様、どうか“病気(ビョーキ)”だとあきらめて温かくやさしく、スルーしてください(笑)。



再び、府中にやってまいりました。

けやき並木


前回はすもも祭りで賑わっている大國魂神社でしたが、普段はとても静かです。

大國魂神社本殿

大國魂神社は明治前までは「武蔵総社六所宮」と呼ばれていました。
「六所宮」は武蔵国中の著名な六つの神社の祭神を併せて祀られている呼び名で、一ノ宮 小野神社(東京都多摩市)、二ノ宮 小河神社(東京都あきる野市)、三ノ宮 氷川神社(埼玉県さいたま市大宮区)、四ノ宮 秩父神社(埼玉県秩父市)、五ノ宮 金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町)、六ノ宮 杉山神社(神奈川県横浜市緑区)です。


万延元(1860)年9月30日、近藤周助・勇父子らが、この場所に“天然理心流扁額”を奉納、文久元(1861)年8月27日には、近藤勇の天然理心流四代目襲名披露の野試合が開催されました。

数年前の大河ドラマで、香取慎吾ちゃん扮する近藤勇が、武者鎧を着けて軍配を持ち、天然理心流門人が額に素焼の皿をつけて試合していたシーンを覚えている方々もいらっしゃるのではないでしょうか?
あの場所が武蔵総社六所宮、現在の大國魂神社なのです。


にぽぽは新選組オタクとしては、まだまだ新米なので、神社の境内で試合が行われてたんだなーと思っていたら、違ったらしい。


野試合が行われた場所は、『六所宮東の方広場にて』という事で、未だ研究中であるそうですが、どうやら大國魂神社の境内を入らず左に曲がり、

京所道へ

京所道をしばらく東に行った、現在の日吉神社のある辺りだったのではないかとの事。

日吉神社

野試合の場所?

昔の地図を見ると、日吉神社も現在と場所が違うし、もっと広場と呼べるような場所だったらしいです。
研究要とのことですが、このあたりで野試合が行われていたのかと思うと、ゾクゾクしてきます。


オタクにぽぽとしては、新選組縁の場所に立つと、意識が幕末当時に飛んでいくようで、眩暈を覚えますが、この日感じた眩暈は、暑さ故だと思います。
間違いなく。




大國魂神社正面に接する道は旧甲州街道です。
府中は新宿(しんしゅく)、番場、本町の3つの町で構成された宿場町でもありました。

街道を挟んで斜め前に、ビジネスホテル松本があります。

旧松本屋

旧松本屋といい、上記万延元年(1860)年の奉納額についての打ち合わせや、ギャラ(笑)の清算をするのに利用されたそうです。
大河ドラマで試合の後の宴会が行われたシーンの場所かなと想像すると、笑ってしまいます。
当時と同じ旅館業を営んで残っていてくれることに感謝です。



松本屋と同じ並びに、“御菓子司 亀田屋”があります。

亀田屋

こちらも嘉永年間から続く老舗の和菓子屋さん。
近藤勇も土方歳三も、お酒呑みではなかったそうなので、ここでお饅頭など買った事があったかもしれませんね。


旧甲州街道をもう少し西に向って3~4分歩くと、当時の姿で高札場が残されています。

高札場1

高札場2

この場所は、甲州街道と鎌倉街道が鍵の手に交わるところにあったので、『札の辻』『鍵屋の辻』と呼ばれていました。

高札場の向かいには、酒屋の中久本店があります。

酒屋


安政6年(1859)年に府中宿本町で大火があり、それを機に万延2(1861)年に店蔵を防火建築物として再建しました。ちょうど天然理心流野試合の時には、この建物が建ったばかりだったと考えられます♪

今も酒屋さんとして営業していますが、この蔵は喫茶店となっているので、おいしいコーヒーを飲むことができますよ!



神社の境内にあった空蝉
蝉の抜け殻


空蝉や思いとどけよ天に鳴け   にぽぽ作




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ナイアード社のビーワックスリップクリーム

2008年8月7日(木) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=



本日は立秋。
高校野球も真っ盛り。
昼間の太陽はまだまだギンギンで、夏の高気圧の勢力を保っていますが、見上げると、あら、なんだか少し空が高くなった気がする、秋の始まりです。


にぽぽが秋の気配を感じるのは唇から。
20代中ごろから、やけに唇が乾燥するようになったのです。
正に、お肌の曲がり角だった訳です。肌自体よりも唇に症状が出るのはやはり、汗腺などが無いからでしょうね。

それから薬用リップクリームが手放せない人生が始まりました。

薬用リップはカワイクないのです。なんとなく。
いろんなリップを試したものです、蜂蜜が入っているとか、なんとかかんとか・・・・・・。
でもどれも今一つで、使い切ったことなかったですね。


ビーワックスリップクリーム
ビーワックスリップクリーム


ここ最近、このリップクリームがお気に入りです。
なんと、飽きっぽいにぽぽにしては2個目です!


この製品はネパールの自然農法「パーマカルチャー」を広めた女性が自分の為に作り始め、それが彼女の弟子に伝えられ、今ではネパール西部の村で「パーマカルチャー」を学んだ農場のスタッフ達が大切にハンドメイドしているものです。


素材も、天然のものばかり、特にビーワックス(蜜蜂の巣を溶かして作られる)はヒマラヤ山麓の森から集められます。保湿効果とフラポノイドとプロポリスが含まれ、殺菌効果があります。

薬用リップはユーカリが使われていることが多いですが、こちらはクスノキの精油が使われています。
防腐、制菌、消炎作用があります。ユーカリよりも深みのあるメントール系の香りがします。


木制の容器も手作りなんだそうですよ!味があってかわいいです♪


リップクリームとしてだけでなく、ハンドクリーム、ヘアワックスとしても使えます。
にぽぽはちょっとニキビが出来てしまったり、小さい切り傷が出来てしまったときにも使っています。
消炎作用があるのでちょうどいいです。(体質によると思いますが)



この製品を扱っているのはナイアード社という会社です。
環境にもやさしい自然のものを、現地の人々と共同で企画・生産しているとのこと。
モロッコの粘土(クレイ)を使った製品。
モロッコ、ムゴナという“ダマスカス・ローズ”の街のバラ水。
インドのヘナのカラーリング製品・・・


その他、どの製品も素朴なようで質が高い。
街のナチュラリスト(意味不明)を目指すにぽぽの好みにぴったりとはまる製品なのです!




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ニューモード!最新のファッション情報

2008年8月8日(金) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=


にぽぽの趣味の一つはお散歩です。
歴史オタク(特に新選組)気質を満足させるために、カメラ片手にあちこち歩いている訳です。



しかしながら、夏場のお散歩はきついですねー。
何の修行なんだ?!と思うほどです。
一度など、史跡の説明を読んだり、場所を確認したりするのに夢中になりすぎて、ホントに眩暈がして倒れそうになりました。熱中症の一歩手前だったと思いますヨ。


その日は外気温36℃だったようです。
真昼間の外歩きは、くれぐれも気をつけないと、まじでシンジャウよ・・・・。


にぽぽのお散歩姿
にぽぽ


これが、にぽぽの最新のお散歩ファッションです。

サングラスの色がちゃんと出なかった!惜しいなぁ~
本当はピンクのスモークなんですよぉ。光の受け方によっては瞳は見えないですよ。
夏は日差しが強すぎて、裸眼だときついですね。
(※にぽぽは視力2.0!“遠視”なんです。遠視はまぶしがりなんです・・・)


DSCN2092.jpg

ちなみにこの帽子、
上記熱中症になりかかった時に、通りかかったスーパーの店先ワゴンで¥500で購入。
命を救ったありがたい帽子です。今や外へ行くときに帽子は欠かせません!




お散歩の友のピップバックとその中身
DSCN2095.jpg

まぁ、どうでもいいって感じもしますが、こんなもんです。
プラスしてその時々の読みかけの本と、カメラが入ります。
帰りにはお散歩で立ち寄ったところのパンフレットとかが加わって、荷物が増えます。



さぁ 週末です!
どこにお散歩行こうかな♪



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百年のめざめ

2008年8月9日(土) 東京/


ども にぽぽ です=*^-^*=




会社の近くのファミマで見つけました。

100.jpg


お酒





じゃないよ。



ミネラルウォーターです。
にぽぽはお水が好きです♪
でも、海外のミネラルウォーターを好んで飲むっていうのにも抵抗があるんですよね。

だって、日本は水が豊かで美味しい国のはずじゃないですか!



にぽぽがこの“百年のめざめ”に飛びついたのは「明治初期に旧会津藩により発見された」というところ。
会津は、にぽぽには実に思い入れのある藩なのです。
新選組と強い、つよーーいつながりがある藩だから~、ああ、ビョーキ(2008年7月26日の日記⇒小説『燃えよ剣』 分倍河原の決闘シーン)

それはさておき。




明治初期に旧会津藩により発見された天然炭酸を含むこの水は、明治38年薬泉として『芸者印タンサン水』のネーミングで日本で初めてヨーロッパに輸出された。
その後百年の時を経て再び日本で発売されたと説明文にあります。


天然の炭酸水(ガス入りミネラルウォーター)というものをイタリアに行った時に初めて口にしました。
ヨーロッパにはたくさんあるようですが、日本で天然炭酸水は、ほとんどお目にかかりませんね。

最近はヨーロッパの炭酸水も店頭で見かけるようになりましたので、ずいぶん馴染みができましたが、それと比べると、この“百年のめざめ”は微炭酸。
微炭酸の天然水の保存は大変デリケートなので、瓶を使用しているのだそうです。


味はスッキリとして口当たりもいいです。炭酸水特有のガスくささも気になりません。




いま注目を浴びつつある国産の天然水。
すでに都内の老舗高級ホテルではレストランのドリンクメニューとして提供を開始するなど、セレブ層を中心に人気が高まっているそうです。
価格は380円ぐらいとちょっと高いですけど、コンビニやスーパーで見かけたら、一度試してみるといいかもです!!




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theme : ラーメン
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日本のシルクロード

2008年8月11日(月) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=


昨日のお散歩のお話です。
シルクロードといえば、中国からヨーロッパへ続く道が有名ですが、実は日本にもシルクロードがあるんです。


国道16号は神奈川県横浜市西区を起・終点として、横浜市、相模原市、八王子市、さいたま市、千葉市を結ぶ環状線です。
八王子から横浜へ向う国道16号を、横浜まで36km地点辺りで柚木街道へ左折するポイントがあります。東京工学院大学正門を過ぎた辺り。


柚木街道
R16を外れて


この辺り、にぽぽの自宅から車で10分ぐらいです。
改めて言っておきますが、住所は“東京都”です。


国道の交通量と突然えらい違いの道ですが、抜け道的に車の往来は結構激しいです。
しばらく走っていきますと、


絹の道資料館
絹の道資料館


絹の道資料館があります。

時は幕末。
ペリー来航からしばらくした安政5(1858)年、幕府はアメリカに対し“日米修好通商条約”を締結し、
安政6(1859)年、横浜を開港します。


開港して間もない頃は生糸が輸出品の85%を占めていました。
生糸は群馬、川越、もちろん八王子近郊の農家から八王子中心部に集められ、この資料館がある鑓水(やりみず)峠を通って横浜に運ばれました。

鑓水の名主など、一部の有力者達は開港ブームに乗って生糸の仲買に活躍し、莫大な利益を上げ、鑓水商人などと呼ばれていました。



八王子の辺りで生糸を取り巻く商売が沸いていた万延元(1860)年には、桜田門の変が起こり、大老井伊直弼が暗殺され(ちょうど昨日の大河・篤姫でやってましたね)、後の新選組局長と副長になる近藤勇・土方歳三はまだ多摩にいて、天然理心流4代目襲名の野試合を府中の大國魂神社で行っていた訳です。(2008年8月6日の日記⇒府中 ふたたび)


幕末の時代のうねりの第一波が小さく起こった時でありました。


この鑓水あたりから横浜に向う生糸を運んだ街道は当時、浜街道と呼ばれていましたが、昭和20年代末に地域の研究者、橋本義夫氏が『絹の道』と名付けました。

絹の道入口
絹の道入口

R16へ向う指示と絹の道への分岐地点。
百観音供養塔、寛政10年の庚申塔、上部が破損した常夜灯、道路改修記念碑などがあります。
なんとなく、ちょっと、・・・・・コワイ雰囲気・・・・

ここから1.5kmほどを歴史の道百選として、『絹の道』が保存されています。
地図
<クリックで拡大できます>


資料館には以前に来たことがありましたが、『絹の道』を歩いた事はなかったので、行ってみることに。


天気が曇っていたせいか、入口から『絹の道』に入るといきなり暗く、ジメっとした空気。
まだ民家があるのに、全然人の気配がしないのはなぜだろう・・・・
アキレス腱が伸びきっているほどの傾斜の坂が続きます。

なんだか、とっても怖い雰囲気で、何度も後ろを振り返りつつ。300mぐらい進んだところで、いよいよ舗装も途絶え、昔ながらの未舗装の街道となりました。

絹の道


もう限界、ムリムリ!!
本当は1.5km全て歩いてみようと思っていたのですが、何に恐怖を感じているのかわからない自分が一番怖い!

シャッターを切って、速攻引き返しました。
引き返しながらも、後ろが気になって気になって、何度も振り返りながら、唯一唱えられる般若心経を口にしつつ、資料館まで戻りました。



帰って写真を見てみると、『絹の道』、とっても明るく綺麗に撮れてる・・・
露出をかなり高くしましたけど、一体何があんなに怖かったのか・・・・。
場所とにぽぽの相性が合わなかったんでしょうね~。


ちなみに慶応2(1866)年には八王子に幕府直轄の生糸蚕糸改所が置かれました。
八王子は明治に入ってからも桑の都とも、織物の都とも呼ばれ、織物の町として栄えたのです。




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theme : 地域情報
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23年目 日本航空123便墜落事故を想う

空港コード HND/RJTT

東京国際空港(通称 羽田空港)の第一ターミナル、北ウィングの出発ロビーはお盆のこの時期、19時近くなってもまだまだ人で溢れている。
空を飛ぶ、という行為が気持ちを高揚させるのであろう、出発ロビーの人々のざわめきは、他のどの交通機関のものよりも高らかに楽しげに響く気がする。


出発便の案内板には、満席のお知らせと乗り遅れ注意のアナウンスが繰り返し掲示されている。


北ウィング Departure
出発ロビー

案内板



6F展望ロビーに立つ。
建設中のD滑走路をバックに、日本航空の飛行機が整然と並ぶ。
新たな出発のために給油を受けている便があるのだろう。ジェット燃料の匂いが、時たま風に運ばれてくる。

第一ターミナル滑走路
第一ターミナル滑走路1




1985年8月12日 月曜日 最高気温31.5℃ 湿度72% 


18時。
離陸を待つ日本航空123便(機体番号JA8119)もいつもと変わらぬ、夏の空港の景色の中にあった。

第一ターミナル滑走路2



毎週月曜日19時から見ていた日本TVのアニメ放送中に入ったニュース速報。
日本航空大阪行きジャンボ、レーダーアウトの第一報。

情報は混乱していた。


NHKにチャンネルを変えてみたが、まだ通常番組だった。
不時着の続報があるかとチャンネルをあちこち変えていくうちに、乗員乗客の生存は絶望視され、次々と通常番組がニュース特番に切り替わっていった。
緊張感がTVから伝わる、大変な事が起こったと感じ、夜通しニュースを見続けた。
繰り返される搭乗者名簿の画面が、最初はカタカナで、刻々と漢字に変わっていった。


にぽぽの頭の中に忘れられずに張り付いている記憶だ。



大人になってから、とり憑かれたように関連書籍を読み漁った。
現場に身を置いていた報道関係者が、群馬県警の元警察官が、書く。
日本航空の元機長が、書く。
航空評論家が、航空学の教授が、法医学者が、書く。
それぞれの視点で書かれたそれぞれの記事の中にある、『事実』に涙は溢れて止まらない。



映画、『クライマーズ・ハイ』を観た。
『クライマーズ・ハイ』は未曾有の事故に直面した地元紙記者たちの置かれた状況や葛藤を描いた小説だ。

原作のテーマが映画には集約しきれないように感じたが、地元消防団の男性が、
「俺たちは墜落地点がすげの沢だって、最初からわかっていたんだ。夜中だって、行く事はできたのに」と、独り言のように語るシーンがある。


日本の空は、くまなくレーダーで監視されている。
日本航空123便も、管制塔、横田基地のアメリカ軍、、もちろん日本の自衛隊にも墜落までの32分間、レーダーで捕らえられていた。


朝日新聞社の取材ヘリ“ちよどり”は墜落情報があった後、すぐに現場上空に飛んだ。
日没時間ぎりぎりだった。
現場上空にはジェット燃料の匂いが充満していたそうだ。


夕暮れ

朝日新聞社のポイント測定では墜落地点は群馬県を指していた。
目撃情報の中にも群馬県山中を示すものが多くあったにも拘らず、墜落地点は翌朝まで長野県とされ続けた。


生存者は4名だった。奇跡と言われたが、墜落時には多くの生存者がいた。
もっと早く救出活動に入っていたら、救われる命があったはずと言われている。


事故原因は、「同機がしりもち着陸事故を起こした後のボーイング社の修理が不適切だったことによる圧力隔壁の破損が原因」とされた。
だが、なんらかの原因で尾翼倒壊がはじめにあったのではないかという説も消えない。

相模湾に沈んだ多くの尾翼を徹底的に回収すれば、事故原因を明確にできたはずと言われている。



この事故に、親戚や知り合いが乗っていなかった第三者だから言えることかもしれないが、
機械が機械であるかぎり故障は起こる。
人間が操作をする限り、ミスは起こり得る。

しかしながら、事故が起こったその原因究明に不明瞭な部分を残すのは許される事ではないと思う。


事故の犠牲になった方は520名、母親のお腹の中にいた胎児は人数に含まれていない。

誘導灯が点灯


事故から23年が過ぎた。
憶測が飛び交う隙のない、本当の事故原因の特定がなされる事を、にぽぽは今でも願っている。

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世田谷 千歳烏山の『アレ』が食べたい!

2008年8月13日(水) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=



アレが食べたい、アレが!!


お仕事中から、思いにとらわれたにぽぽ。
もう、どうにもこうにも!
食べたいとなったら食べたい訳です。


終業ベルと同時に、
ひたすら“アソコ”の“アレ”を目指し、会社を飛び出しました。


新宿から八王子の自宅に向うのは京王線。
と八子を結ぶので、京・王。そんな事はどうでもいい!


千歳烏山駅で途中下車。


千歳烏山は世田谷区です。
関東大震災後に多くのお寺が移ってきたので、小京都の風情もあるという情報があります。
一度ゆっくりとお散歩してみたいな~と思っているのですが、にぽぽにとっては、以前、仕事上の関連部署があり、打ち合わせに出向いた帰りに、しょっちゅう飲み倒していたところなので、ほどよくいい飲み屋さんがある街だな~という印象しかなかったりして。


商店街も、ものすごく充実していますが、目的地は商店街から一本外れます。

やきとり村
6番街

なぜだか、この通りには焼き鳥を扱うお店が並んでおり、にぽぽは“やきとり村”と名付けました。
打ち合わせの帰りに
「じゃあ、やきとり村の●●に寄りましょうよ!」という使い方をしますが、にぽぽの周囲でしか通用しません。

ですので、この日記を読んで、万が一、行ってみようと思ってくださった方がいても
千歳烏山に着いて地元の方に
「やきとり村どこでしょう?」と聞いたとしても、全く通じません。



そのやきとり村の一角に“アソコ”はあります。

仲屋
仲屋

仲屋は、地元でも知る人ぞ知り、知らない人も知っている勢いの極上焼き鳥と焼き豚のお店です。
なんと、にぽぽ3年ぶりぐらいに来てみました!



ここまでくれば、“アレ”の正体はわかりますね!

『焼き鳥』です。



今日は、牛が赤い布に突入するがごとくなので、友人を誘う余裕もなく、一人焼き鳥。
一人でもすんなり。
カウンターどーぞーってなもんです。感じいいお店です。


ああ・・・・
これでにぽぽも立派なおじさんになれました(爆)




生ビールを頼んで!

えーっと、ハツとカシラとモモと網レバー! 塩で!
あ、あ、あとピーマンね!

炭にのりましたーーー!!
手前のがにぽぽのですよー(と一人で興奮中)
のせます


焼き担当のおにーさんが、絶妙に塩をふっていきます!
もうすぐあがります


向こう端にピーマンものりました!これもにぽぽのでしょー!
(と一人で確認)
煙がもうもうしてきて、もうすぐ焼きあがり。



上がりました!!
DSCN2149.jpg


にぽぽはかなり焼き鳥好きですが、仲屋の焼き鳥はマジ美味!!
ぎゃるにぽぽなら、これやばーい!
木蓮さん風にいうならば でらうま!


ボーデン(オス豚ちゃんのおち●ち●)とかパイパイ(メス豚ちゃんのおっぱい)とか、ちょっと珍しい部位も扱っています。
パイパイはやわらかくって美味しいですけど、ボーデンはあんまり美味しくないね、好みでしょうが。


刺系も、レバ刺し(絶品)、センマイ刺し、ミミガー、などなど、どれも美味しい。
久しぶりに来て見ても、変らず美味しい焼き鳥がうれしかった~!!




今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
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theme : 美味しかった♪
genre : グルメ

北の丸公園 旧近衛師団指令部庁舎

2008年8月15日(金) 東京/ときどき



ども にぽぽ です=*^-^*=


8月も半分が過ぎました。

本日は東西線の竹橋駅にきております。

毎日新聞社から竹橋の眺め
竹橋

竹橋駅a1出口から、代官町に向って、紀伊国坂(きのくにさか)を登っていきます。
道路左側は皇居、右側は北の丸公園です。


皇居乾門の前あたりで北の丸公園に入りますと、レンガ造りの建物があります。

旧近衛師団司令部庁舎
近衛師団司令部


近衛師団とは、天皇及び宮城の警護を目的とする軍隊です。
明治43(1910)年、旧陸軍技師の田村鎮により設計、現在地に司令部の庁舎が建てられました。
庁舎の基部にある通風口には陸軍の星章をあしらった青銅製の枠がはめ込まれています。

通風孔

この建物では、昭和20(1945)年に8・15事件が起こりました。

近衛師団司令部2


昭和20(1945)年8月14日の御前会議にてポツダム宣言受諾し連合国に回答することを決めましたが、御前会議の後も、徹底抗戦を唱えていた陸軍省軍務局軍務課内政班、畑中少佐らが、近衛軍決起し、放送用の終戦の詔勅録音の玉音盤をクーデター的に奪取しようとしましたが、未遂に終わりました(宮城事件)。

入口
入口


翌8月15日未明、近衛師団司令部にて森赳(中将)近衛師団長へ決起を促しましたが、天皇の聖断に従う決意の師団長は拒絶。畑中少佐は森近衛師団長を射殺し、偽の師団長命令を発し宮城を武力封鎖しました。


エントランス
エントランス


さらに玉音盤奪取を謀りますが、田中静壱大将指揮の東部軍などの賛同を得られないまま失敗しました。畑中少佐らに「今日のような国家の危局に際しては、一人の無統制が国を破る因をなす。敢えて反対の行動に出ようとするものは、まず阿南を斬れ」と牽制していた阿南陸軍大臣が自刃。
早朝、東部軍が宮城を鎮撫しました。
11時 中心メンバー畑中少佐・椎崎中佐が二重橋前で自決。
12時 古賀近衛師団参謀 近衛師団長室で自決。
(8.15事件)

2F踊り場から窓の景色
2F踊り場


そして、終戦の詔勅は放送されました。



先日、戦争や原爆投下について街頭インタビューを受けていた若い女性が、
「過去の事に興味はない」
と答えていて、ちょっと背筋がぞぉっとなりました。


日本が戦争を起こしたのは、軍部の人間が狂気だったからではありません。
『戦士の遺書』などを読みますと、陸軍、海軍の幹部も司令官達も家族を思い、国を思う立派な男達でした。


全て日本が悪かったです、ごめんなさい、で済ませてしまって、“なぜ日本は戦争を起こすことになったのか”という議論ときちんと世代を超えてしてこなかったから、上記ような発言をする人が出てきてしまうんでしょうね。


旧近衛師団司令部庁舎は、危うく解体されそうになりましたが、現在は、近代美術館工芸館として利用されています。
軍事的に作られた建物が、平和的に利用されている世の中になって、良かったと思います。
ずーっと、平和な世の中が続きますように!


さて、


竹橋にきたらば、寄らなければならないお店があります!
紀伊国坂を元に戻り、毎日新聞社、パレスサイドビルへ。

紀伊国坂から見る

このビルの地下1F、低い天井といい、昭和を感じさせるビルの中ですが、中華の赤坂飯店があります。通称“アカハン”

アカハン
赤坂飯店

このお店に来た人の80%はオーダーしているんじゃないかと思われる人気のメニューは坦坦麺です!

坦坦麺
坦坦麺

中華だけど、イタリアンカラー(笑)、もやしのしゃきしゃきと絹さやこれで決まりです。
アカハンも何店舗かあるんですけど、竹橋パレスサイドビル店じゃないとダメです~!
ここの坦坦麺は、胡麻が濃いです!濃厚です!そしてピリっと辛い。

坦坦麺2

麺は卵麺でストレート。
もっちりして、これがまた辛さにちょうどいいバランス!

ここの餃子も絶対食べるベシ!
お腹はきつくなるけど、絶対食べるベシ(重要なので2回言いました)

餃子

皮厚めです、むっちりしてます。
一口噛むと、ぶしゅーーっとスープが溢れますから、皮厚めじゃないと耐えられないんだと思うの。


( ̄ρ ̄)ハゥゥゥ、お腹いっぱい。


頭で戦争を、お腹で平和を実感した北の丸公園付近のお散歩でした♪
ちょっと食べすぎましたけど・・・・



今日の日記に出てきた本です。
戦士の遺書―太平洋戦争に散った勇者たちの叫び (文春文庫)戦士の遺書―太平洋戦争に散った勇者たちの叫び (文春文庫)
(1997/08)
半藤 一利

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theme : ちょっと、お出かけ
genre : 地域情報

休日の昼下がりは、カシスのカクテル

2008年8月16日(土) 東京/のち



ども にぽぽ です=*^-^*=


休みの初日、午前中に溜まっていた家事を片付けて。

何も予定のない贅沢な土曜日の午後には、窓辺にクッションを持ってきて、読書などしながらカシス・リキュールを楽しみます。



カシスウーロン



甘みの強い、お酒でいて、お酒じゃないような曖昧さが、休日の昼下がりにぴったりだと思うのです。


にぽぽが常備しているのは、『ルジェカシス』
カシスリキュールの代表的な銘柄です。


ストレートで飲むには甘すぎるので、ソーダやトニックヲウォーター、柑橘類の果汁で割って飲むのが一般的ですね。

最も有名なカクテルは“キール”

カシスリキュールの故郷、フランスのディジョン市の市長、キャノン・フェリックス・キール氏が、市の特産品であるルジェ カシスと、同じく土地の名産品であるアリゴテ種の辛口白ワインで割ったカクテルを振舞い、これがいつしか“キール”と呼ばれるようになったと言われています。

アリゴテ種のブドウで作った地元産のワインを飲んだキール市長が
「まずい!カシスリキュールを入れなきゃ飲めやしない!」という事で、美味しくないワインを飲むために考案されたという説もあります(笑)


白ワインの代わりにシャンパン等のスパークリングワインに替えると“キール・ロワイヤル”となります。
シャンパンを使うため、シャンパーニュ地方発祥かと思うのですが、なんとオーストラリアのウィーンが発祥の地だそうです。


にぽぽは最も手軽にできる、カシス・ウーロンがお気に入りです♪

だんだん瞼が重くなり、気持ちよ~くお昼寝。
最高の休日。




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theme : **暮らしを楽しむ**
genre : ライフ

2050年は江戸時代

2008年8月18日(月) 東京/



写真がアップロードできなくってさー
あれ?これ?いやなんで????
なんてパソコンいじくりまくってたらさー

FC2の障害だったんだよぉぉ!!

早く言え!!

いや、早く気づけ!にぽぽのアホアホアホーーー!!




ども (腹黒)にぽぽ です( ̄∀ ̄)ニヤリッ




つーことで、只今もまだ復旧中のようで、写真がアップロードできないので、本日は番組の予定を変更してお送りします。


本のご紹介でーす。



2050年は江戸時代―衝撃のシミュレーション (講談社文庫)2050年は江戸時代―衝撃のシミュレーション (講談社文庫)
(1998/06)
石川 英輔

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著者の石川英輔さんは、江戸時代研究の第一人者で、江戸時代スキにぽぽは、杉浦日向子さんの本と石川英輔さんの本は、沢山読んでおります♪


ご紹介にあげた本は、SF小説のジャンルだと思うのですが、2050年の日本が舞台。
2050年の生活はなんとパソコンもなく、自動車なんて、ほとんど走らず、日本は世界中の何処の国からも相手にされず、意図せず鎖国状態。
食料も輸入されてこないので、皆、自給自足の正に江戸時代の農民のような暮らしになってしまっています。

あるとき、“文明”が発達していて、いろんな機械や沢山世界中の食べ物に囲まれて暮らしていた過去の日本について勉強してみようという事になり、古書の文面を読み解くことになりました。


-マルチメディア時代のエンターテイメントVRのクリエーターとしては、手段としてのデジタルを使いこなせるアーチストであることが、ビジネスとして成立するための必須条件である・・・。


2050年の若者達はみな????。
普通の人達がこんな文章を読んで理解できていたのだろうか?
そこで、若者達は村の長老に聞きに行く事にしました。

この長老がちょうど、今のにぽぽ達の世代になります。
長老は、何が起こったのか、どういう状況だったのかを若者に語るのです。


2000年前後から、日本の工業製品が世界で売れなくなり、中国にとって変わられていきます。
日本は理由がよく解らず、“手先の器用な日本”“日本の製品は世界一”と思い続けているのです。
でも実際は日本の製品には故障多く、品質も低下してきていたのです。
子供の頃から物質に恵まれて育った世代は、新しい物を作り出す事ができなくなっていたのです。

工業製品が売れなくなると、円の価値もなくなり、石油も買えなくなってきます。
エネルギーのほとんどを石油に頼っていた日本、都心ではバスも電車も規制され、交通機関が麻痺しだします。高層ビルのエレベーターやエスカレーター、電気もしだいに稼動しなくなり、食料のほとんどを輸入に頼っていた日本は、いよいよ食料不足にも悩むことになります。


以前は故郷を離れ、都心で生活していた人達が、食料を求めて故郷に帰っていき、自分達で食べ物を作ってくことになり、日本という国が存続できなくなり、江戸時代のような小さい範囲での集落の生活になっていった。

というお話です。



この本は1994年に連載を開始し、1998年に文庫が発売されました。
文庫発売時ににぽぽは購入し、食料自給率の低さの問題に気付かされました。
リサイクルするよりも、消費して使い捨てる世の中って、おかしいなと強く思うようになりました。


はたして、現在。
まるでこの小説が予言の書のような事になってきています。
本当に2050年の日本は江戸時代に戻ってしまっているかもしれません。

日本の農業従事者の平均年齢は75歳だそうです。
あと5年のうちに、農業政策をしっかりやって、後継者を育てないと、経験が継承されず、大変な事になるそうです。
歳で耕すことができずに、そして後継者もいないために荒れてしまっている水田や畑も沢山あるそうです。

小説は江戸時代の生活によって、糖尿病などが無くなり、かえってみんな健康に暮らしているというハッピーエンドですが、実際はハッピーエンドに向うでしょうか・・・・?



にぽぽのお薦め本です。
機会があったら、ぜひ読んでみてくださいね!


最後まで読んでくれてどうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
ちくしょーっ!予定してた日記が使えなかったんで、こんな時間になっちゃったじゃないか!

くっっそーーっ、明日は業務中に寝てやる!!




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theme : 読書
genre : 小説・文学

戦国時代の山城 八王子城を歩く

2008年8月18日(月) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=


お盆休みに故郷に帰ったり、旅行を楽しむ世間を横目に、たんたんと平常営業のにぽぽでしたが、
そもそも片田舎の八王子にすんでいるんだから、ちょっと出かけてくれば旅行気分満載ではないか!
と気付いて、そそくさとお散歩に出かけました。

今日の目的地は、戦国時代に作られた巨大な山城、八王子城です。
八王子城は高尾山の北、そして神奈川県との県境の辺りに位置します。
住所は“東京都八王子市元八王子”です。



時は戦国時代。
武田、今川、徳川、豊臣、そして織田、名だたる戦国武将が名を並べる時代に、小田原城を本拠にとし、関東に多くの支城を構えて一円を支配していたのが北条氏です。

第四代目当主・氏政の弟・氏照は多摩川と秋川の合流地点にある“滝山城”を居城とし、北は五日市・青梅・飯能・所沢の一帯、南は相模原・大和から横浜の一部までを支配地としていました。永禄12(1569)年に武田信玄が滝山城を攻撃し、落城寸前となったことから、強固で広大な八王子城の築城を考えたようです。
八王子城築城の時期は明確ではりませんが、天正年間のはじめ(1570)ぐらいかららしく、天正年間の中頃に、氏照は八王子城に移ったと考えられています。



八王子城が築かれた深沢山(城山)
1八王子城全体



城は大まかに、城下町に当たる「根小屋地区」、城主氏照の館のあった「御主殿」、戦闘時に要塞となる「要害地区」に分かれています。
要害地区は深沢山頂の八王子神社の尾根一帯。
そんな本格的な登山をする覚悟はないので、入口から割りと近い「御主殿」あたりまでで引き返して来る事に決定。


八王子城の碑
2八王子城跡


八王子城は有名な心霊スポットでもあります。
この碑、昔からあるんですけど、なぜか字が朱に塗られてて怖いんですけど・・・


平成2(1990)年に、見学者の案内のために管理棟が建てられ、広場に八王子城案内板が設置されるなどの整備がされたそうで、ずいぶん明るい雰囲気になってました。ホッ。
3八王子城跡


平成18(2006)年には日本100名城にも選定されたとか。
知らなかった~!!



御主殿と古道の案内板に従って歩いていきましょう。

4ルート案内


すぐ登り坂(山なんだから当たり前)です。
昭和63(1988)年の確認調査で明らかになった大手の門跡があります。

大手の門跡
5大手門跡


古道(大手道)
6大手道(古道)


門跡や尾根に断続的続く平坦部があり、どうやら御主殿に続く大手道だったようです。
右側はすぐに崖、城山川が流れています。
当時は対岸に御主殿の石垣や多くの建物が見わたせたと考えらます。


橋台(きょうだい)石垣と曳橋
7橋台石垣と曳橋


山の両岸に、橋を架けるための橋台石垣が発見されました。当時はこの橋台に簡単な木橋を架け、攻撃を受けたときには
橋を壊すことによって、敵の侵入を防いだと考えられます。
橋は現在の工法で史跡の景観に合うように造られたそうです。

8曳橋



築城当時の石垣
9築城当時の石垣


曳橋を渡ると、御主殿したの石垣があります。
この石垣は八王子城落城から400年、土の中に崩れずに残っていたので、検出したそのままの状態にしてあるそうです。
この城山山中から産出する砂岩を利用して、ひとつ一つていねいに積み重ね、
隙間には小石を詰めて全体として強固な石垣としています。石垣の勾配が急なこと、石垣の裏側に沢山の砕いた石を入れていることも特徴で、戦国時代の石垣様式を示す全国でも貴重なものです。


御主殿虎口(こぐち)
10御主殿虎口


城の出入り口は虎口と呼ばれ、防御と攻撃の拠点となるようにさまざなな工夫がこらしてあります。
御主殿の虎口は木橋をわたった位置から御主殿内部まで高低差約9mを「コ」の字型に折れ曲がった階段通路としていることが特徴です。


全体で25段の階段は蹴上が36cmで約5mの幅をもっています。途中の2か所の踊り場とともに、全面に石が敷かれているのは、八王子城独特のものだそうです。

それにしても蹴上36cmというのは、だいぶ腿を引き上げつつ登っていかなくてはならなくて~!!
足の衰えをまざまざと感じてしまった、やばいな~鍛えないと~・・・。


櫓門跡
11櫓門の礎石


この踊り場から、4つの建物礎石が発見されました。写真の中で敷石の面よりちょっと高くなっている大きな石がそれです。
想定される建物は、通路の重要な位置にあることから、物見や指揮をするための櫓門であったかもしれないとのこと。


御主殿跡
12御主殿跡


いよいよ到着しました。
この場所は、江戸時代はじめに描かれた八王子城古図に「北条陸奥守殿御主殿」と記されており、城主北条氏照が居住していたところだそうです。
築城時に造成され、周囲を石垣として土塁で囲んだ長方形の削平地となっています。
発掘調査では、中国の磁器類の破片や国産の陶器、鉄砲弾をはじめとする武器・武具類など多くの遺物が発見されました。
中には当時の武人のたしなみであった茶道具や、当時でも極めて珍しかったと思われるベネチア産のガラス器の破片もあったそうです。
氏照の生活ぶりが想像できそうな気がします。


御主殿からの眺め
13御主殿からの眺め



八王子城の規模は広大で、城全体の利用計画も複雑でした。
まだ工事が続いていた天正18(1590)年6月23日未明、天下統一を目指す豊臣秀吉の命を受けた前田利家と上杉景勝らの軍にわずか一日で攻め落とされてしまいます。


八王子城悲劇の落城は、次回のお散歩日記に続きます(長い)!!



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八王子城 悲劇の落城

2008年8月19日(火) 東京/


ども にぽぽ です=*^-^*=


懲りずに、八王子城日記に、ようこそお越しくださいました!
今回も字が多いですゾ~!



天正10(1582)年、天下統一を目前にした織田信長が本能寺に倒れます。
その後、全国制覇を狙う豊臣秀吉と北条氏が天正16(1588)年頃から対立し、北条氏は領内で戦闘準備を始めます。

天正18(1590)年4月、いよいよ豊臣秀吉は箱根湯本に本陣を据えて、小田原攻めを行いました。


豊臣軍は前田利家を総大将に、上杉景勝を加え上州方面から、北条氏の各出城を攻めつつ進行していきます。


一方、北条軍の司令塔であった北条氏照は精鋭部隊と共に小田原城に籠城し、八王子城は重臣を中心とした守備隊に任せていました。


天正18(1590)年6月23日未明
八王子城は豊臣秀吉の軍勢、上杉景勝・前田利家・真田昌幸らの一万五千の軍に攻められました。
八王子城を守っていたのは、老武将に率いられた農民、職人、山伏、僧侶や他、その家族の女達、千人ほどに過ぎませんでした。


籠城戦は、籠城側を降伏させて開城させるといった、人命を優先する戦法が主流でしたが、「降伏を許すと共に、時には城兵はことごとく殺戮することも必要だ」と秀吉が言い、八王子城での戦は見せしめの為、降伏する事も許さず徹底的に叩かれました。
八王子城が悲劇の城と語られるのは、豊臣秀吉の小田原攻めで唯一、地獄攻めというに等しい、殺戮戦だったからなのでしょう。


14御主殿から坂道

築城当時からあった道かどうか解りませんが、御主殿の脇の坂道があります。
坂道を下る途中、にぽぽの足元から、大きなバッタが跳ね上がってきました。

15殿様バッタに遭遇

殿様バッタ?
北条家の家臣の生まれ変わり?
なんて、しみじみバッタを見つめちゃったりして・・・・。



坂道を下りきると、そこに小さな滝があります。

御主殿の滝
17御主殿の滝

北条氏照の正室、比佐は城内で自害、側室のお豊の方は幼い若君を抱いて落ち延びようとしましたが、敵兵の前になすすべもなく、御主殿の滝に身を投げたと言われています。


18滝壷


滝つぼの底までもよく見える程、川の水は澄んでいますが、城で討ち死にした屍から流れ出す血で城山川は3日3晩、真っ赤に染まったと言われています。


御主殿の滝を見下ろす崖には、きれいに整備された八王子城跡の中で、唯一古めかしい供養等が建ち、明らかに他の場所と違う湿った空気に支配されています。

16御主殿の滝


八王子城は、心霊スポットとして有名ですが、特にこの御主殿の滝あたりが波動の強いスポットの一つらしいです。
御主殿跡や古道のあたりには散策する親子づれや登山の足慣らしに歩いているご夫婦がみえましたが、この滝のあたりに立ち止まる人はありません。

今でも地元の方々の間では6月23日には城に入ってはいけないと伝えられています。
悲しい魂が今でも、この場所にとどまっているのかもしれません。



小田原城で八王子城の悲報を聞いた北条氏照は床を叩いて号泣したといいます。
翌日には、八王子で討ち死にした武将の首も小田原城に届けられ、北条方武将の妻子と思われる、ボロボロになった着物を着た女・子供が小田原城前にさらされました。

八王子城の陥落は小田原城に籠城していた北条軍の志気を失わせ、7月に開城、北条氏照は兄・氏政ともに切腹して果てました。


切腹の数十日後に徳川家康が江戸入りします。
豊臣の時代が終わり、江戸時代になると八王子は幕府の直轄地となり、八王子の中心は甲州街道沿いの宿場町へと移ります。
八王子城は廃城のまま捨て置かれ土に埋もれていったのです。



19曳橋下から


御主殿の滝から曳橋の下側を通る入口へ戻る道は、江戸時代に整備された林道です。
八王子城の悲劇を慰めるがごとく、ひっそりと弥勒菩薩様が置かれていました。

20菩薩様





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八王子 夕焼け小焼けの陣馬街道

2008年8月21日(木) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=



八王子城の近辺は、気の利いた食事どころも何もなかった。




お腹もすいたし、山歩きで汗もだくだくだし、山裾をぐるりまわって、陣馬街道に入りを恩方(おんがた)方面に行くことにしました。


陣馬街道(じんばかいどう)は、八王子市の市街地を通る国道20号(甲州街道)の追分交差点から西へ分かれ、和田峠を経て神奈川県相模原市藤野町に至る街道、その向こうは山梨県です。
古くは甲州街道の裏街道として多くの人々が通り、武田軍が陣場(戦の際の基地)を張った場所でもあります。
だから“じんば”なのかしら?


多摩川の上流の一つ、北浅川を左手に見ながら走っていくと、やがて狐塚バス停があります。
狐塚という地名が、どれだけ山奥かを現している気もしますが、ググってみると狐塚をいう地名は全国に結構あるんですね。



狐塚バス停からちょっと歩くと「興慶寺(けいこうじ)」というお寺があって、このお寺は、
♪「夕焼け小焼けで日が暮れて・・」で知られる童謡「夕焼け小焼け」の中で歌われている「山のお寺の鐘が鳴る」のお寺です。
この童謡の作詞者・中村雨紅は、八王子の恩方に生まれた人です。



狐塚バス停を過ぎると、ブルーベリー狩りやます釣り場の看板が!

陣馬街道
0恩方ます釣り場


このあたりはブルーベリーの生産が盛んらしい、知らなかった。
今度ブルーベリー狩りに来てみようかな~。


そのまま道なりに走っていくと、「夕焼け小焼けふれあいの里」があります。

ふれあいの里付近
1陣馬街道


農作業の体験・ポニー乗馬・小動物とのふれあい広場、温室園芸館、農具・民具の展示、今と昔の遊びの体験、バーベキュー、などなどができるらしいです。
にぽぽが目指すのは、宿泊と、日帰り入浴、レストランの施設である“おおるりの家”。


おおるりの家
2おおるりの里


日帰り入浴は、宿泊するお客さんのためのお風呂なので、温泉でもないし、露天になっている訳でもありません。
近所にあるスパに行った方がよっぽど施設は整っていますが、まーまー、いいじゃない。
汗流してさっぱりして、ご飯だ!

利用料は大人¥500
お風呂に行ってみたら、貸切?!
だーれもいませんでした♪

非常時以外開けちゃだめってかいてあるドアを開けて(こらっ!!)景色を撮ってみました。


お風呂からの景色
3浴場からの眺め


・・・山ですな。
頭に例の手ぬぐいを置いて、景色を眺めながら旅行気分です。



さっぱりしたところで、併設されているレストラン、“いろり端”へ。


4貸切のよう


これまた貸切?!
お昼時から少しズレているから、ガラガラ。

おおるりの家のフロントでお土産も買ってみました。


ブルーベリーのはちみつ
5お土産

カキ氷にかけても美味しいと書いてあります、いいかもー♪
5~6倍に薄めて飲む、うーんいいかもー♪



あ オーダしたものがきました!
にぽぽの定番、天ざるです。

6天ざる、そば羊羹付き


国産のそば粉で手打ちです。
天ぷらもおいしいです。
おまけでついてる“そば羊羹”は、そばの実のやさしい甘さが生きていて美味しかった!


食後に、地元農場のブルーベリーを使ったソルべも。

7地元松本農場のブルーベリーソルベ


“o(><)o”くう~! ブルーベリーが濃いよ♪



いやいや~、
地元だけど、八王子って侮れないなぁ。

って思ったお散歩でした。
まだまだ、行ったことないところ、沢山あるんですよ。
地元もまた、ぼちぼちとお散歩したいと思います~!




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香りの記憶

2008年8月22日(金) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=

とか言いながら、この日記は8/19に書いている予約投稿分でごじゃいます。



先日、新宿歌舞伎町のマックで待ち合わせまでの時間をつぶしておりましたらば、近くの席のハイティーンと思われる女子が、
「さいきんーー、におい、かえたんだよぉー どう?」
と話していました。


ふーん、最近の女子は香水とかの事を『におい』っていうんだぁ!
と妙に感心しながら、その直接的表現に情緒がないなぁ、と批判的になったりして。




ロクシタン ソリッドパフューム
ソリッドパヒューム


香りというのは、時代をよく映すもので、おしゃれな人達はいつも、時代にあった香りを身にまとっていらっしゃいます。



にぽぽの少し“おねーさん”の世代は、“毒”という名の香りを思いっきり身にまとい、電車の一車両分に充満するほど、長い長い香りの帯を引きずっておりました。
また別の“おねーさん”方は、「COCO」だったり「トレゾァ」だったり、いずれも濃い重厚な甘き香りをこれでもか!と香らせておりました。

さすがパワー全開の時代!




その少し後、にぽぽがあこがれていた“おにーさん”は「エゴイスト」という香水を愛用していて、とちくるっていたいたにぽぽは“おにーさん”と同じ香水を身にまとって悦にはいったりしましたが、皮膚体温が低いにぽぽには、「エゴイスト」の香りは重くまとわりつくだけで、舞ってはくれなかった。

若気の至りの大失敗な思い出です。



お気に入りの香りを、上手に身にまとうことに憧れているのですが、どうもなかなか、上手に使いこなせないにぽぽは、最近はソリッドパフュームばかり使っており、香水売り場に寄ることも少なくなっておりました。



『におい』世代の女子達は、「エスカーダ」や「セクシーガール」のような、お花と果物が合わさった、なんとも美味しそうな香りをまとっておりますね。
そしてとっても軽やかです。



久しぶりににぽぽもお気に入りの『におい』を探しに行こうかな♪




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梅酢がゆ

2008年8月24日(日) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=


ここ1週間はとっても寒いですね、8月だという事を忘れてしまう程でした。
お天気も悪く雨がちで、今日の東京/八王子はどしゃどしゃと雨ふりです。
高円寺では阿波踊り、調布ではよさこいなどのイベントがありましたが、どこにもお出かけせずに、お家でまったりモードのにぽぽです。


先日裏高尾に出かけ時に、“蛇滝口”という場所のちょっと先にあった普通のお家の軒先に『梅干あります』と紙がかかっていました。
手作り梅干に憧れているにぽぽは車を引き返して購入してきたのです。
いつか自分で漬けてみたいな~と思うのですが、勤め人のにぽぽにはちょっと無理・・・。


お土産
裏高尾のお土産


「くださいな~」と声をかけたら、販売主のおばーさんとそのお孫さんが出てきて、とっても感じよく対応してくれました。
“小梅”と“赤シソ”と“梅酢”

最近は真っ赤な梅干が好まれないそうで、あまり色をつけないんですよ、とおばーさん。
シソはご飯を炊くときに入れると、綺麗な赤いご飯になるとか、そのままでもビールのおつまみになるとか、いろいろ教えてくださいました( ^-^ ) ドモドモ♪


梅酢というものは、初めて手にしたので、家に帰って、薄めて飲んでみました。梅干汁といった感じでしょうか。
そうだそうだ!とお粥に仕立ててみることにしました。


お粥は大好きなのですが、いつも水の量が少ないようで、糊のようになってしまうので、今日は思い切って大目のお水で炊いて見ました。

え?分量?
( ̄へ ̄|||) ウーム、それはね、適当(だからいつも失敗するんだけどね)。


果たして・・・・





炊き上がりました!

梅酢がゆ


じゃーん♪
いい感じじゃないですか?
赤シソも、“ゆかり”にして炊き込んでみましたよ。
v(*'-^*)bぶいっ♪



さらに小梅ちゃんにも参加していただきましょう!

<タレ>
小梅ちゃんの種を除いて叩く、めんつゆをお水で薄めたものに投入。
さらに、鰹節とすり胡麻を投入。

茹でた鶏のささみを裂いてタレに馴染ませる。
大葉の千切りを混ぜる。

分量は全て適当(笑)。



炒った松の実を散らして
じゃじゃーん♪


トッピング


完成でーす \(*^▽^*)/
ちょっと謝朋殿粥餐庁のお粥に近づいたかな?

天候不順の時の体調管理には体にやさしいお粥がいいですね♪



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旧甲州街道を行く

2008年8月25日(月) 東京/



ども にぽぽ(山女) です( ̄‥ ̄) = =3


街道を行くとか言って、司馬遼太郎さんのような事になってますが、いつか踏破してみようと思っている甲州街道の旧道を、先日下見してきました。


甲州街道は、江戸時代に整備された五街道の一つで、東京・日本橋からにぽぽの住む東京多摩地区を通り、長野県の下諏訪までを結んでいます。現在でいうところの国道20です。

ただし、現在はパイパスも整備されて、以前の甲州街道とルートが違っているところもあります。八王子の高尾の辺りには「甲州道中」と呼ばれていた時代の面影を残す旧道が一部残っているのです。



車を走らせてJR中央線の高尾駅付近になると、前方一気に山という景色になってきます。
現在の国道20号は高尾山を右に見るようにして迂回し、大垂水峠を越えて神奈川県の相模湖に下りていくルートになっていますが、旧甲州街道は高尾山を左に見る現在の中央高速に沿っていて、小仏峠を越えて神奈川県に入るルートでした。

JR高尾駅を過ぎてしばらく行った「小名路」の三叉路を右に入ると、旧甲州街道となります。道幅も狭く、のどかな生活道路という様相です。

旧道をしばらく行くと、駒木野バス停の右手に、小さな公園のようなスペースがあります。
ここは東海道の箱根、中山道の碓氷と並んで「関東の三関」の一つとされた小仏の関所跡です。

小仏の関所跡
1旧甲州街道

建物などは一切残っていませんが、江戸への出入りを厳しく取り締まっていたことを示す手形石と手付石というものが残っています。


手形石と手付石
2小仏の関


奥に見える手形石に手形を置き、役人が手形を改めている間、通行人は手前に見える手付石に手を付き頭を下げていたそうです。
小仏の関は明治2年に廃止となりました。





小仏の関を過ぎ車を走らせて行きますと、道の左側には小仏川が平行して流れるようになり、蛇滝口のバス停があります。

蛇滝口
3蛇滝口

バス停のところに建っている小屋は、昔、蛇滝で修行をする人達の為の宿泊小屋として使われていたそうです。この辺りは水が美味しいと評判で、小屋の手前も湧き水が汲める場所になっています。

湧き水
4蛇滝口の湧き水

この辺りに住む人はもとより、ポリタンクをもって汲みにくる人も見られます。
にぽぽも、お茶の初釜に使うからと、ママちゃんに命令されて汲みに来たこともありました。
澄みきった感じの癖のない美味しいお水です♪



蛇滝口のバス停の向いに、“いのはなトンネル供養碑、徒歩5分”という看板があったので、ついでに行ってみる事にしました。道といってもほとんど畦道です。

ちょっと歩くと、畑に突然踏み切りが出現!
踏み切りの反対側まで50mぐらいはありそうな、幅広の踏み切り。
今時めずらしいです。

5蛇滝口からすぐ

踏み切りの向こうの構造物は中央高速です、下から見たことなかったけど、すごい高さ!

踏み切りの中央で立ち止まり、電車が来たらどうしようとドキドキしながら、いのはなトンネルを撮ってみました。

7いのはなトンネル

6いのはなトンネル


ところで、慰霊碑というのは、この場所で起こった“いのはなトンネル列車銃撃事件”のものでした。
昭和20(1945)年8月5日正午過ぎに、満員の新宿発長野行419列車が、アメリカ軍のP-51戦闘機複数機に執拗に爆撃を受け、乗客の多くが犠牲になったという事件があったそうです。
悲しい事件があったとは考えられないほど、今はのどかで静かな場所でした。



車に戻って走り出すと、街道沿いの普通のお家の軒先に
『梅干あります』の札がかかっていました。一瞬通り過ぎましたが、手作りの梅干に憧れるにぽぽ、
車を止めて、梅干ゲット!
この辺りは梅郷としても有名なのです。

梅干あります
9うめ干あります




街道を進んでいくと、摺指(するさし)へ入っていきます。
この辺りは昔から新規の移住者が少なく、ほとんどのお家が峰尾(峯尾)さんなのだそうです。先祖代々住んでいるんですね。そういえば、にぽぽの高校の同級生や後輩にも峰尾(峯尾)さんがいましたっけ。

そんな摺指の峰尾さんの一軒がお豆腐屋さんをやっています。

するさしの豆腐(峰尾豆腐店)
10峰尾豆腐店


おいしいお水でつくる、評判のおいしいお豆腐。駐車場には、遠くから買いに来るお客様の車がいっぱいです。寄せ豆腐が美味しいですし、豆乳も分けてくれます。
すぐにお家に帰れないにぽぽは、今日はおからドーナツとおから茶を購入しました!

おからドーナツとおから茶
11おから茶とドーナツ




摺指を過ぎると、いよいよ道幅も狭く、険しくなってくるのですが、おいしい珈琲を飲ませてくれると有名な“ふじだな珈琲”があるので、珈琲を飲みながら一休みを楽しみにしていました。

ふじだな珈琲
12ふじだな珈琲

Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン お休みでした・・・。
残念ムネン・・・・。



ふじだな珈琲を過ぎると、日陰バス停付近、いよいよ本当に急峻な山道になってきます。
というか、日陰という名前もスゴイし、バスが走る道であるという事がスゴイです。


日陰から小仏のバス折り返し場に向う道
13道幅狭し


写真では解りにくいと思いますが、普通車同士のすれ違いもちょっと危ない。
何メートルかごとに車逃げのスペースが設けられているので、対向車が見えたらそこで待機してるか、不幸にも鉢合わせちゃったら、どちらかの車がバックで下がるか・・・って大抵はバックが下りになるにぽぽが譲らなくてはならないハメになります、チッ(腹黒にぽぽ登場)。
にぽぽの華麗なドライビングテクニックが冴えるってもんです(かなり強がってます)
バスが折り返してくる時のすれ違いが怖いよー!


バスの折り返し場を過ぎると、日光いろは坂の小型版のようなつづら折を登って、いよいよ普通車も行き止まり。

車止まり
14車どまり


ここから影信山や小仏峠を越えて、相模湖方面へ向うルートがあるのです。
ちなみに、にぽぽの小学校5年の秋の遠足は、高尾山を登って影信山へ、小仏峠を経由して、今ににぽぽが立っている場所へ出て、バスで学校まで戻るというコースでした。

よく歩いたもんだな~、今のにぽぽにもできるかしら・・・イヤ、ムリだし。
複雑な思いで、木立の道をにらみ、仁王立ちのにぽぽなのでした。

この先、旧甲州街道は小仏峠へ
15小仏峠へ


目指せ 踏破!!



・・・・できるのかしら・・・・?




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東京駅 GRANSTAで駅弁を買う

2008年8月27日(水) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=


東京は不定形都市ですね。
ちょっと来ないと、あれ?ここって元はどうなっていたっけ?というような事になります。
過去の様子がまったく思い出せない、以前から当然こうだったというように。

東京駅 GRANSTA
東京駅

GRANSTAは昨年の10月にOPENした東京駅のショッピングスペース。
初めて来てみました。


東京駅もいつも歩いているんですけど、山手線から中央線、中央線から東海道新幹線。
というように、いつも目的に向って歩いているので、GRANSTAのスペースを通ることなど無かったのでした。

で、来てみましたが。
ここのスペースって、以前どうなってましたっけか?
そういえば、しばらく工事していたような・・・・?それにしても、人がいっぱい。
当然以前から使ってました、みたいにお買い物してたり、待ち合わせしてたり。
すごいですねー(感心)

おしゃれなお菓子のお店もたーくさんありますね。
東京のお土産ならここで買ってもいいかな~

って!!

あれあれあれ~!!!
京都のお菓子屋さんとか横浜のお店とか!!!

うんうん、東京って、そういうところだよ。



駅弁も売っています。
何故か沖縄料理のお弁当とか、京のお惣菜とか、横浜の中華とか。
人気があるってことですよね(笑)



せっかくだから、東京のお店のお弁当がいいんじゃないかなー。

浅草 今半のお弁当
今半の駅弁

牛肉弁当
DSCN2321.jpg

お肉たーっぷり入ってます。ご飯もお肉の味が浸みてウマウマですよ♪
なにより、お豆腐がねぇ~、もっと入れてほしいなー♪


お弁当を食べながら、秋の旅行の計画を練っています(笑)




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自宅でネイルサロン♪ 補修の巻!

2008年8月28日(木) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=



にぽぽの弱点


それは爪が弱いことですかね。




にぽぽは両効きなので、鉛筆とお箸は右を使いますが、それ以外は消しゴム、携帯、自動販売機にコインを入れる、鋏、ボールを投げる などなど、全て左を使っているようです。

もともとは左利きだったので、無意識には左を使っているんでしょうね、その結果、よくよく、ほんとによーく、左の人差し指や中指の爪が折れます。


なんですかねー、
蛋白質がたりてないんですかねー
いつも、美味しい物を求めて食いまくっていて、足りない栄養素があるとも思えませんが、いや、
むしろ足りすぎて溜まってるぐらいだからして。
( ̄へ ̄|||) ウーム


今回も順調に爪が伸びてきたところで、ヒビが!
爪の白いところの境目に沿ってビビーっと横割れしてきました!
( ̄▽ ̄;)!!ガーン


今ならまだ、何とかなるかも!

補修剤
補修剤

シルクスクリーン?とかいうヤツです。
買ってきてみました♪
絹の薄い布を爪に接着してヒビを補修します。


行き着けのネイルサロンなんてないので、とりあえず自分でやってみるさ。



補修完了です~!

じゃん♪
補修済み


おおー!(自画自賛)
いいかも、いいかも、大丈夫カモー\(*^▽^*)/
このまま順調に伸びていってくれたまえよ!

アートはシールだしね(笑)
むふふ、最近は便利なネイル小物が沢山あって、嬉しいですね♪

でも
ネイルサロン、行きたいな~
なんか立体のいろんなの!くっつけてもらいたいな~
((o>ω<))o(笑)




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ズイズイ ズッコロバシでお茶一服

2008年8月29日(金) 東京/ 未明の雷雨はハンパなかった・・・




ども (ウンチク)にぽぽ です (=´ー`)ノ



この週末は、少し夏らしい気温に戻るようですが、ほんとうにしばらく涼しくて、めっきりとお茶が美味しかったですね~。


お茶一服



本日は、江戸時代スキスキにぽぽのウンチク話を一つ。



江戸城の将軍様も、お城にばかりいた訳ではなく、鷹狩りに出かけたり、大名家のお庭を見に出かけたりした訳なんですが、さて、将軍がお出ましになるというお触れがでたら、サー大変!


その日、将軍が通る道沿いは全て通行止めはもちろんのこと、道は掃き清められて、街道沿いは、火も炊いちゃいけないから、お風呂屋さんも休業、住民達は、お風呂にも行けず、ご飯の支度もできないという事になります。万が一にも火事など出さないようにという厳重な警戒態勢です。


そればかりでなく、戸という戸、障子の隙間も全てピッチリとふさがなくては、万が一にも、将軍の行列を見ては失礼にあたるということで、厳重に目張りもしなくてはならなかったんですって!



これは将軍だけにとどまらず!

新茶の季節には、京都の宇治から江戸に、将軍へのお茶が届けられます。
これを『お茶壺道中』といって、東海道を通ったり、中山道経由で、甲州街道(2008年8月25日の日記⇒旧甲州街道を行く)を通って運ばれたりしましたが、この『お茶壺』様も将軍と同じ扱いになるんですよ!



♪ズイズイ ズッコロバシ 胡麻味噌ずい
 茶壺に追われて 戸をピッシャン 抜けたーらどんどこしょ♪



の茶壺に追われて 戸をピッシャンとは、お茶壺道中が近づいてきたら、通り抜けるまで、家に入って戸をピッタリと閉めていなくてはならなかった!という事を歌っているんだそうです。



こういう事は、将軍の威光を知らしめる為の、幕府の演出だったんですって!
お茶を飲んでいたら、以前に読んだ本を思い出して、ウンチクしてみました。


また暑さが戻ってくるようですね。
にぽぽとしては、残暑も楽しみたいので、ちょっと嬉しいです♪



本日のウンチクはこちらの本からでした!
徳川将軍家の演出力 (新潮新書 198)徳川将軍家の演出力 (新潮新書 198)
(2007/01/16)
安藤 優一郎

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ゲリラ豪雨の合間に若ちゃんと散歩♪

2008年8月30日(土) 東京/豪雨!⇒




ども にぽぽ です=*^-^*=


おとといから、大荒れな天気に悩んでいます~(泣)
昨日の日記にはお見舞いのコメントもいただきまして、どうもありがとうございます!

昨日未明の八王子地方は、雷が地響きとともに横に走っていくような感じでした。
停電なんて、何年ぶりかに体験しましたよ、パソコン関係は無事でヨカッタ(;^◇^;)ゝ

八王子も大雨の被害がでているようですが、にぽぽの家周辺は無事ですヨ。
みなさん、心配してくれてありがと。



今朝はいいお天気で!
こりゃー洗濯日和だわーと思い、洗濯物を干しだしたらザーーーーっと・・・・ 
空を見上げつつ涙を流すにぽぽです(TmT)ウゥゥ・・・


そしてまた晴れ間が!
1.晴れてきた!


「おーい!」

2.お散歩行こうよ!


初登場ですが、我が家のワンコ(若)です。
「若ちゃん、今のうちにお散歩行ってこようよ!」

散歩?
3・きらりーん!

勢いよく振り向くからブレちゃったよ(笑)




休日はにぽぽとお散歩です。
にぽぽは若ちゃんに家来だと思われているようですが、飼い主ですから(泣)!




5.コスモスまだだね

「毎年ここはコスモスが群生するんだけど、まだ早いみたいだねー、若ちゃん?」


写真撮ってないで、真面目に散歩せんか!
6.真面目に散歩しなさい


と言わんばかりの顔ですね、若ちゃん。
「・・・どうもすいません」




7.秋の気配だよ

「ほらほら若ちゃん!桜の葉が赤くなってきてるよ!秋の気配だねぇ♪」


食えないもんには興味無いぜ!
8.どうでもいいよ




9.曇ってきたよ

「若ちゃん、また曇ってきちゃったよ、そろそろ帰ろうか?」


まだ帰らないよ!
10.帰らないよ




11.ほら降りそうだよ

「でも、雷も鳴ってきたから、ザーっとくるよ!」


帰らないってばぁ!!
12.帰らないってば



・・・なめられている。



結局若ちゃんの思うがままに散歩に付き合わされたにぽぽです。
ダメじゃん・・・( ̄△ ̄;)



また散歩に連れて行ってやってもいいぞ!
13.また行ってやってもいいぞ

なんだその態度は(怒)

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秋の気配に誘われて

2008年8月31日(日) 東京/



ども にぽぽ です=*^-^*=


やっと、気持ちよく晴れましたヽ(^◇^*)/ ワーイ

空も、風にも秋の気配がありますね。



晴れたらお散歩に出かけたいなーと思っていたものの、1週間雨が続くと、なんとなく溜まってしまっている家の雑用があるもんですね(>_< )


でも、晴れた日のお掃除やお洗濯は気持ちいー♪
なんか久しぶりにカラッとさっぱりした気分です。
今日は乾きたてのシーツとカバーで気持ちよく寝るぞ♪



ついでに、ごちゃごちゃになってしまっていたアクセサリーケースの中も整理しました。
にぽぽは趣味がシルバーアクセサリー作りなので、結構な量になってしまうんですよね。
作ってから、コレは失敗だったなーて、使わないものもあるし(汗)

秋冬によさそうなものを出しやすい位置にしてました。
お気に入りの作品をUPしてみます、ハズカシナガラ(〃∇〃)ゝエヘヘ





ハートのネックレス
直穴ネックレス

これは、トップに直接チェーンを通す穴を開ける事が課題の中級作品です。
にぽぽはハートのモチーフが好きなので、よくハートものを作りますが、これは変形にしてみました。

トップもピカピカに磨かないで、くもった感じになるヘアライン仕上げにしました♪




クロスのペンダント
ファンシーキュービック1

これは、シルバーの躯体にハートとか星型のキュービックを入れることが課題の中級作品です。
焼成後サイズ、縦4cm横3cmで、ハートのキュービックは5mmです。
大きめのクロスのペンダントが欲しくって、思い切って粘土をつかったので重量感もあります。

埋っていた秘宝というイメージなので、彫り飾りをいれて、燻して黒くしてみました♪
彫りはもっとアイヌやインカの文様のようにしたかったんですけど、無理でした!彫り苦手なの(涙)




オーバルキュービックのリング
ファンシーキュービック2

これもクロスのペンダントと同じ課題。
キュービックが気に入って一個余分に課題を仕上げたものです。

シャネルのキルティングデザインをぱくって、大きいオーバルのキュービックを入れたリングを作りたかったんです。
そして、琥珀色のキュービックとシルバーを組み合わせたかったの。

イメージではキュービックのところはもっと厚みをつけて、ぷっくりした形のハズだったんだけど、ちょっと失敗・・・(涙)


イメージと作っている時と、焼成後の仕上がりのギャップがなくなってくればいいんですけどね~。
その域はまだまーだ、遠いですね。



この作品も今年の春先に仕上げたものです。
そろそろ、作りたい気持ちが沸いてきたかも~!芸術の秋かも~・・・?






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Author:にぽぽ
東京の西のはじっこに住んでいます。
お散歩したり、まったりしたり、美味しいもの食べて喜んだり。

2010年 江戸文化歴史検定3級・2級合格。
2014年 新選組検定3級・2級合格。
たまに歴史と新選組のオタク日記になります。

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お仕事がとってもとっても忙しくなってしまってReコメできないのが心苦しく、コメントをいただかない設定にしております。

お邪魔しています♪

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