2008年8月29日(金) 東京/


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未明の雷雨はハンパなかった・・・
ども (ウンチク)にぽぽ です (=´ー`)ノ
この週末は、少し夏らしい気温に戻るようですが、ほんとうにしばらく涼しくて、めっきりとお茶が美味しかったですね〜。

本日は、江戸時代スキスキにぽぽのウンチク話を一つ。
江戸城の将軍様も、お城にばかりいた訳ではなく、鷹狩りに出かけたり、大名家のお庭を見に出かけたりした訳なんですが、さて、将軍がお出ましになるというお触れがでたら、サー大変!
その日、将軍が通る道沿いは全て通行止めはもちろんのこと、道は掃き清められて、街道沿いは、火も炊いちゃいけないから、お風呂屋さんも休業、住民達は、お風呂にも行けず、ご飯の支度もできないという事になります。万が一にも火事など出さないようにという厳重な警戒態勢です。
そればかりでなく、戸という戸、障子の隙間も全てピッチリとふさがなくては、万が一にも、将軍の行列を見ては失礼にあたるということで、厳重に目張りもしなくてはならなかったんですって!
これは将軍だけにとどまらず!
新茶の季節には、京都の宇治から江戸に、将軍へのお茶が届けられます。
これを『お茶壺道中』といって、東海道を通ったり、中山道経由で、
この前の甲州街道を通って運ばれたりしましたが、この『お茶壺』様も将軍と同じ扱いになるんですよ!
♪ズイズイ ズッコロバシ 胡麻味噌ずい
茶壺に追われて 戸をピッシャン 抜けたーらどんどこしょ♪
の茶壺に追われて 戸をピッシャンとは、お茶壺道中が近づいてきたら、通り抜けるまで、家に入って戸をピッタリと閉めていなくてはならなかった!という事を歌っているんだそうです。
こういう事は、将軍の威光を知らしめる為の、幕府の演出だったんですって!
お茶を飲んでいたら、以前に読んだ本を思い出して、ウンチクしてみました。
また暑さが戻ってくるようですね。
にぽぽとしては、残暑も楽しみたいので、ちょっと嬉しいです♪
本日のウンチクはこちらの本からでした!
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
皆様の応援 ポチp(*^-^*)qポチ でとうとう夏を乗り切りました!

ポチっと ありがとうm(。-_-。)m
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ポチっと二つも ありがとう<(_ _ )X( _ _)>
2008年8月25日(月) 東京/

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ども にぽぽ(山女) です( ̄‥ ̄) = =3
街道を行くとか言って、司馬遼太郎さんのような事になってますが、いつか踏破してみようと思っている甲州街道の旧道を、先日下見してきました。
甲州街道は、江戸時代に整備された五街道の一つで、東京・日本橋からにぽぽの住む東京多摩地区を通り、長野県の下諏訪までを結んでいます。現在でいうところのR20です。
ただし、現在はパイパスも整備されて、以前の甲州街道とルートが違っているところもあります。八王子の高尾の辺りには「甲州道中」と呼ばれていた時代の面影を残す旧道が一部残っているのです。
車を走らせてJR中央線の高尾駅付近になると、前方一気に山という景色になってきます。
現在のR20は高尾山を右に見るようにして迂回し、大垂水峠を越えて神奈川県の相模湖に下りていくルートになっていますが、旧甲州街道は高尾山を左に見る現在の中央高速に沿っていて、小仏峠を越えて神奈川県に入るルートでした。
JR高尾駅を過ぎてしばらく行った「小名路」の三叉路を右に入ると、旧甲州街道となります。道幅も狭く、のどかな生活道路という様相です。
旧道をしばらく行くと、駒木野バス停の右手に、小さな公園のようなスペースがあります。
ここは東海道の箱根、中山道の碓氷と並んで「関東の三関」の一つとされた小仏の関所跡です。
小仏の関所跡

建物などは一切残っていませんが、江戸への出入りを厳しく取り締まっていたことを示す手形石と手付石というものが残っています。
手形石と手付石

奥に見える手形石に手形を置き、役人が手形を改めている間、通行人は手前に見える手付石に手を付き頭を下げていたそうです。
小仏の関は明治2年に廃止となりました。
小仏の関を過ぎ車を走らせて行きますと、道の左側には小仏川が平行して流れるようになり、蛇滝口のバス停があります。
蛇滝口

バス停のところに建っている小屋は、昔、蛇滝で修行をする人達の為の宿泊小屋として使われていたそうです。この辺りは水が美味しいと評判で、小屋の手前も湧き水が汲める場所になっています。
湧き水

この辺りに住む人はもとより、ポリタンクをもって汲みにくる人も見られます。
にぽぽも、お茶の初釜に使うからと、ママちゃんに命令されて汲みに来たこともありました。
澄みきった感じの癖のない美味しいお水です♪
蛇滝口のバス停の向いに、“いのはなトンネル供養碑、徒歩5分”という看板があったので、ついでに行ってみる事にしました。道といってもほとんど畦道です。
ちょっと歩くと、畑に突然踏み切りが出現!
踏み切りの反対側まで50mぐらいはありそうな、幅広の踏み切り。
今時めずらしいです。

踏み切りの向こうの構造物は中央高速です、下から見たことなかったけど、すごい高さ!
踏み切りの中央で立ち止まり、電車が来たらどうしようとドキドキしながら、いのはなトンネルを撮ってみました。


ところで、慰霊碑というのは、この場所で起こった“いのはなトンネル列車銃撃事件”のものでした。
昭和20(1945)年8月5日正午過ぎに、満員の新宿発長野行419列車が、アメリカ軍のP−51戦闘機複数機に執拗に爆撃を受け、乗客の多くが犠牲になったという事件があったそうです。
悲しい事件があったとは考えられないほど、今はのどかで静かな場所でした。
車に戻って走り出すと、街道沿いの普通のお家の軒先に
『梅干あります』の札がかかっていました。一瞬通り過ぎましたが、手作りの梅干に憧れるにぽぽ、
車を止めて、梅干ゲット!
この辺りは梅郷としても有名なのです。
梅干あります

街道を進んでいくと、摺指(するさし)へ入っていきます。
この辺りは昔から新規の移住者が少なく、ほとんどのお家が峰尾(峯尾)さんなのだそうです。先祖代々住んでいるんですね。そういえば、にぽぽの高校の同級生や後輩にも峰尾(峯尾)さんがいましたっけ。
そんな摺指の峰尾さんの一軒がお豆腐屋さんをやっています。
するさしの豆腐(峰尾豆腐店)

おいしいお水でつくる、評判のおいしいお豆腐。駐車場には、遠くから買いに来るお客様の車がいっぱいです。寄せ豆腐が美味しいですし、豆乳も分けてくれます。
すぐにお家に帰れないにぽぽは、今日はおからドーナツとおから茶を購入しました!
おからドーナツとおから茶

摺指を過ぎると、いよいよ道幅も狭く、険しくなってくるのですが、おいしい珈琲を飲ませてくれると有名な“ふじだな珈琲”があるので、珈琲を飲みながら一休みを楽しみにしていました。
ふじだな珈琲

Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン お休みでした・・・。
残念ムネン・・・・。
ふじだな珈琲を過ぎると、日陰バス停付近、いよいよ本当に急峻な山道になってきます。
というか、日陰という名前もスゴイし、バスが走る道であるという事がスゴイです。
日陰から小仏のバス折り返し場に向う道

写真では解りにくいと思いますが、普通車同士のすれ違いもちょっと危ない。
何メートルかごとに車逃げのスペースが設けられているので、対向車が見えたらそこで待機してるか、不幸にも鉢合わせちゃったら、どちらかの車がバックで下がるか・・・って大抵はバックが下りになるにぽぽが譲らなくてはならないハメになります、チッ(腹黒にぽぽ登場)。
にぽぽの華麗なドライビングテクニックが冴えるってもんです(かなり強がってます)
バスが折り返してくる時のすれ違いが怖いよー!
バスの折り返し場を過ぎると、日光いろは坂の小型版のようなつづら折を登って、いよいよ普通車も行き止まり。
車止まり

ここから影信山や小仏峠を越えて、相模湖方面へ向うルートがあるのです。
ちなみに、にぽぽの小学校5年の秋の遠足は、高尾山を登って影信山へ、小仏峠を経由して、今ににぽぽが立っている場所へ出て、バスで学校まで戻るというコースでした。
よく歩いたもんだな〜、今のにぽぽにもできるかしら・・・イヤ、ムリだし。
複雑な思いで、木立の道をにらみ、仁王立ちのにぽぽなのでした。
この先、旧甲州街道は小仏峠へ
目指せ 踏破!!・・・・できるのかしら・・・・?
今日も最後まで読んでくれて、どうもありがとう~~~ヾ(^∇^)
大丈夫、きっと歩けるさという励ましの ポチp(*^-^*)qポチ お待ちしております。
にぽぽもおだてりゃ山に登る ぶひ♪

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